赤信号が変わるまで

いちどめし

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第六話

静色の花束②

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「ああ、なるほど。じゃあ、受け取っておきますね」

 芝居がかった動きで、なるほど、と手を打つ。

 実際に、それは芝居だった。
 落胆なんかしていませんよ、という演技でもしなければ、とても直前までの笑顔を保っていられる自信がなかった。

「はい、ありがとうございます」

 言いながらも、彼氏さんの顔を見ることができない。
 花束に引き寄せられるようだった視線は、今や逃げるようにして仕方なしに花束に向けられている。

 何を期待していたんだろう。
 自分のことが、嫌になる。
 どうして、あんなことを期待してしまったんだろう。
 わたしの腕の中に辿り着いた花束は、わたしの気持ちなどお構いなしに瑞々しく微笑んでいる。

「だけど、ちょっとショックだなぁ」

 控えめで、決して派手ではないとはいえ、わたしの目には美しい花束だったのに。
 彼氏さんにとっては、地味な仏花に過ぎなかったということなのだろうか。

 だとすれば、こんな演出は残酷すぎる。

「わたし、死人だって意識されないように、明るくしてるのになぁ」

 咲き誇る花々に恨み言をこぼした。

「そうじゃなくても、わたし、自分のことを死人っぽくないなあって思ってるのに」

 少なくとも、他愛のない夜話をしている間、わたしは死霊なんかじゃない、幽霊さんという一人の友人として、あなたに見られていると思っていたのに。

「だけど……生きてる人から見ると、やっぱりわたし、死人ですか?」

 花束に逃がしていた視線を持ち上げる。
 彼氏さんは、陸に上げられた魚のごとく焦点の合わない目を見開き、何かを言いたげに口を動かしていた。

 もとより、彼氏さんを困らせたいがための発言だった。
 腕の中のお供えに、いつかの指輪の影を重ねてしまっていた、これは、そんなみっともない幽霊のささいな復讐。
 お門違いであることは百も承知していたけれど、彼氏さんの言動が思わせぶりだったことは紛れもない事実だ。

「あの、えっと、ちょっと、からかってみただけですよ」

 返す言葉もない、といった感じの彼氏さん。
 やってしまった、と書いてある顔を見て、わたしの気持ちは収まったようだった。
 やりすぎたかな、とも思った。

 だから、これで恨み言はおしまい。
 いつまでもこんな態度をとっていたら、せっかくの花束も、用意してくれた彼氏さんもかわいそうだ。
 期待を裏切られてショックを受けたとはいえ、やっぱり紫の花束はわたしにとっては美しく、そこに込められた真心はきっと真実なのだから。

「せっかくお花、持って来てくれたのに、意地悪なこと言って、あの、ごめんなさい」

 頭を下げながら、上目遣いに彼氏さんと向き合った。
 花束の仄かな香りが顔の周りに漂っている。
 無反応な彼氏さんの目が、彼を困らせていたはずのわたしのことを逆に不安にさせた。

「幽霊さんのことを、そんな、死人っぽいとか幽霊っぽいとかーー」

 凄味を持った声が、謝罪の言葉を脇に避ける。

「そんな風に見ているわけ、ないじゃないですか」

 大きな声ではなかったけれど、意を決したように彼氏さんが放つ一言一句には、わたしから言葉を奪ってもまだ余りある力を持っていた。
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