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第六話
懺悔と独白①
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少しの間ハルヒコさんと話をした後、彼氏さんはこの場所を立ち去った。
彼氏さんが車に乗り込む際に見せた顔は、憑き物が落ちたかのような、晴れ晴れとしたものに見えた。
全部、終わったんだな。
何を指して全部と言うのかは判然としなかったけれど、なんとなく、そう思った。
すぐそばにいたのにも関わらず、二人が何を話しているのかをしっかりと聞いてはいなかった。
それでも、最後の彼氏さんの表情がわたしにとっては何よりも的確な答えだった。
もう、彼と夜話に興じることはできない。
寂しくは感じたけれど、悲しくはなかった。
今のわたしは、彼氏さんと同じ表情をしているのだろう。
彼氏さんも、わたし自身も否定はしていたのだけれど、もしかすると、彼は幽霊さんというものにとり憑かれていたのかも知れない。
良い関係という呪いの中で、苦しんでいたのかも知れない。
胸の花束を見下ろす。
これが、何よりの証拠。
彼氏さんが彼女さんとの仲を修復できずにいたのは、きっと、わたしが彼氏さんのことを大切に思うあまり、悪霊の少女のことをないがしろにしてしまっていたのと同じなのだ。
ハルヒコさんがタクシーの助手席に戻ると、今度は運転席側のドアが開き、見覚えのある白髪がちの運転手さんが姿を現した。
太ってはおらず、かといって細すぎることもない上半身が、顔から受ける印象よりも彼を若く感じさせる。
足は短く、以前に彼の姿を目にした際には意識していなかったけれど、身長はわたしよりも少し低いようだった。
運転手さんはやはり緩慢な動きで自動販売機まで歩み寄り、以前と同じようにペットボトルの緑茶を買った。
「モモイくん、私がおごるから、何か飲むといい」
モモイというのは、ハルヒコさんの苗字だろうか。
運転手さんが自動販売機と向き合ったまま大声で言うと、ハルヒコさんがいかにも面倒くさそうな顔をしてタクシーを降りて来た。
「除霊はやらないんじゃあなかったんですか。あいつ……友達は帰らせたんですし、おれたちもとっとと帰りましょうよ。こんな、心霊スポット」
「怖いのか、君らしくもない」
「ウラマチさんが除霊おっぱじめないか、心配なだけですよ。さっきも言いましたけどね、おれは、ここの幽霊を退治されたらあいつに恨まれるんです」
相手が年長者だからなのか、生意気さは残しながらも弱腰な態度のハルヒコさん。
彼の口ぶりからすると、ウラマチさんと呼ばれた男性は、幽霊を退治することのできる人物であるらしい。
友人にとり憑く幽霊を退治するために、その道の人を連れて参上したということなのだろうか。
それにしては、ウラマチさんの格好は制帽に制服、手袋までをも装着した、文句なしのタクシー運転手にしか見えない。
「なに、君らの友情を壊すような真似はしないさ。ほら、ブラックでも良いのかね」
「待ってくださいよ、自分で選びますって」
のろのろと自動販売機に向かうハルヒコさん。
ウラマチさんはにやりと笑って、ボトルのキャップを開けた。
「この辺りは昔、心霊スポットでねぇ」
ハルヒコさんがメロンソーダのボタンを押すのと同時に、ウラマチさんが独り言のようにして言った。
街灯の発する、淡い光のような口調だった。
「そんなの、今もじゃないですか」
「いやいや、当時はもっと凄かったらしい」
間髪入れずの茶々に呵々と声をあげながらも、ウラマチさんの話は続く。
「信号待ちをしていたら、こう、どん、と」
言いながら、ウラマチさんは受取口に手を入れていたハルヒコさんの背中を、どん、と押した。
バランスを崩したハルヒコさんは自動販売機に頭を打ちつけてしまう。
「なにするんですか。うわ、腫れますよ、これ」
「はは、済まない済まない。それで……つまり、こうやって背中を押されるわけだ。危ないだろう」
「まったくですよ。分かっているならやめてください」
取り出した缶で、打ちつけた額を冷やすハルヒコさん。
彼氏さんといる時とはまるで違う彼の一面に、わたしは気の毒に思いながらもくすりと笑ってしまった。
「そんな悪さを繰り返す霊がね、ここには住んでいたわけだ。いわゆる、悪霊というやつかな」
不平を無視されたハルヒコさんが口を尖らせている。
彼氏さんが車に乗り込む際に見せた顔は、憑き物が落ちたかのような、晴れ晴れとしたものに見えた。
全部、終わったんだな。
何を指して全部と言うのかは判然としなかったけれど、なんとなく、そう思った。
すぐそばにいたのにも関わらず、二人が何を話しているのかをしっかりと聞いてはいなかった。
それでも、最後の彼氏さんの表情がわたしにとっては何よりも的確な答えだった。
もう、彼と夜話に興じることはできない。
寂しくは感じたけれど、悲しくはなかった。
今のわたしは、彼氏さんと同じ表情をしているのだろう。
彼氏さんも、わたし自身も否定はしていたのだけれど、もしかすると、彼は幽霊さんというものにとり憑かれていたのかも知れない。
良い関係という呪いの中で、苦しんでいたのかも知れない。
胸の花束を見下ろす。
これが、何よりの証拠。
彼氏さんが彼女さんとの仲を修復できずにいたのは、きっと、わたしが彼氏さんのことを大切に思うあまり、悪霊の少女のことをないがしろにしてしまっていたのと同じなのだ。
ハルヒコさんがタクシーの助手席に戻ると、今度は運転席側のドアが開き、見覚えのある白髪がちの運転手さんが姿を現した。
太ってはおらず、かといって細すぎることもない上半身が、顔から受ける印象よりも彼を若く感じさせる。
足は短く、以前に彼の姿を目にした際には意識していなかったけれど、身長はわたしよりも少し低いようだった。
運転手さんはやはり緩慢な動きで自動販売機まで歩み寄り、以前と同じようにペットボトルの緑茶を買った。
「モモイくん、私がおごるから、何か飲むといい」
モモイというのは、ハルヒコさんの苗字だろうか。
運転手さんが自動販売機と向き合ったまま大声で言うと、ハルヒコさんがいかにも面倒くさそうな顔をしてタクシーを降りて来た。
「除霊はやらないんじゃあなかったんですか。あいつ……友達は帰らせたんですし、おれたちもとっとと帰りましょうよ。こんな、心霊スポット」
「怖いのか、君らしくもない」
「ウラマチさんが除霊おっぱじめないか、心配なだけですよ。さっきも言いましたけどね、おれは、ここの幽霊を退治されたらあいつに恨まれるんです」
相手が年長者だからなのか、生意気さは残しながらも弱腰な態度のハルヒコさん。
彼の口ぶりからすると、ウラマチさんと呼ばれた男性は、幽霊を退治することのできる人物であるらしい。
友人にとり憑く幽霊を退治するために、その道の人を連れて参上したということなのだろうか。
それにしては、ウラマチさんの格好は制帽に制服、手袋までをも装着した、文句なしのタクシー運転手にしか見えない。
「なに、君らの友情を壊すような真似はしないさ。ほら、ブラックでも良いのかね」
「待ってくださいよ、自分で選びますって」
のろのろと自動販売機に向かうハルヒコさん。
ウラマチさんはにやりと笑って、ボトルのキャップを開けた。
「この辺りは昔、心霊スポットでねぇ」
ハルヒコさんがメロンソーダのボタンを押すのと同時に、ウラマチさんが独り言のようにして言った。
街灯の発する、淡い光のような口調だった。
「そんなの、今もじゃないですか」
「いやいや、当時はもっと凄かったらしい」
間髪入れずの茶々に呵々と声をあげながらも、ウラマチさんの話は続く。
「信号待ちをしていたら、こう、どん、と」
言いながら、ウラマチさんは受取口に手を入れていたハルヒコさんの背中を、どん、と押した。
バランスを崩したハルヒコさんは自動販売機に頭を打ちつけてしまう。
「なにするんですか。うわ、腫れますよ、これ」
「はは、済まない済まない。それで……つまり、こうやって背中を押されるわけだ。危ないだろう」
「まったくですよ。分かっているならやめてください」
取り出した缶で、打ちつけた額を冷やすハルヒコさん。
彼氏さんといる時とはまるで違う彼の一面に、わたしは気の毒に思いながらもくすりと笑ってしまった。
「そんな悪さを繰り返す霊がね、ここには住んでいたわけだ。いわゆる、悪霊というやつかな」
不平を無視されたハルヒコさんが口を尖らせている。
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