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10話 スズメ道とセキレイ道、その後の行方

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 夏の暑い日々が続く。しかしお師匠様と弟子は、夕方に、日々の買い物で外出する事を除けば、おおむね屋敷の中のエアコンの風の下で用を済ますことができた。まあ、弟子は、時々小人になってハクちゃんと外出することもある。弟子にとっては、それが一番過酷と言えば過酷だった。夏のハクちゃんの背中にしがみつく行為は、真夏にダウンジャケットを羽織るようなものなので、熱中症にならないように水分をたっぷりとって気をつけねばならなかった。

 さて、弟子はハクちゃんの背を撫でて小人となるとハクちゃんの背に乗って今日の巡回をする。今日ハクちゃんは自分の縄張りを点検する日らしい。他のハクセキレイに自分の縄張りが侵されていないかを見て歩くようだ。弟子は背中に乗って縄張りの方々について行った。縄張りの北の端にある農場にハクちゃんは異変を感じていた。案の定、別のハクセキレイが飛行しているのが見える。どうやらハクちゃんと同じオスの幼鳥らしい。ハクちゃんはそのハクセキレイを追った。
「チュチューン、チュチューン」
そのハクセキレイの幼鳥は何か話したんだろう。しかし弟子には何を言っているのか分からない。
「ハクちゃん、あのハクセキレイは何を言っているんだい」
とハクちゃんに尋ねた。
「ここの縄張りは俺がもらう」だってさ。
ハクちゃんは地面に下りて、そのハクセキレイに飛び掛かった。
「チュチューン」
「何て言ったの」
「分かった分かった出てゆくよ」だってさ。弟子には通訳がいなければ何を言っているのかさっぱり分からなかった。本当に話の通じるハクセキレイはハクちゃんだけなんだな。ちょっと新鮮な体験だった。
「見回りは終わったよ。どこかへ寄っていく?」
「今日はもういいよ。ほんとに君だけが人間としゃべれることを改めて知った。それだけで十分さ。それより喉が渇いたよ。屋敷に帰って冷たい麦茶でも飲みたいな。ハクちゃんは汗をかかないの。この暑さで」
「ぼくらは汗をかかないんだ口を開けて放熱するのさ」
「着替えなくていいからうらやましいね」

 弟子とハクちゃんはお師匠様の屋敷に向かった。そして弟子は縁側でハクちゃんの背を撫でるとメキメキと背丈は伸びて失神した。しばらくして弟子は気づくともう日が暮れていた。ハクちゃんもいない。お師匠様はまだ執筆していた。弟子に気づいたお師匠様は。「夕飯にしよう」
と席を立った。弟子はお師匠様にこう尋ねた。
「わたしたちはなぜチュビーノやハクちゃんと話せるのですか」
「さー。でも彼らには何か聞きたいことがあるようだから話を聞いてやればいいんじゃないのかな。彼らは人のそばで栄える鳥たちだ。ご飯もあげれば楽に過ごせるだろう。何処まで近づけるのかを見極めているのだと思うよ。でもチュビーノは半分あきらめているようだね。まだスズメに悪さをする人間がいまだにいるようだからね。おれはそんなことしないから、うちの敷地では大丈夫だと思うのだろう。だからうちにはこんなに集まるのだろうけどね」
ハクちゃんはその逃げ足の早さがあるから人に寄って行くこともあるのだろう。ご飯を投げてくれる者もいるからね。どこまで近づけるのかその見極めをぼくらに聞きたいのじゃないのかな。彼らには人間に近ずくメリットもまだまだあるのさ」



 次の日の朝いつもの通りお師匠様は手のひらの上にチュビーノとハクちゃんを乗せていた。お師匠様は弟子に目配せをするとチュビーノの背を撫でた。メリメリと音を立ててお師匠様の背は縮み小人になって気を失っていた。あの目配せはわたしにも小びとになれという事なのかな。弟子もハクちゃんの背を撫でた。メリメリと音を立てて弟子も縮んだ。弟子はお師匠さんに起こされた。
「さあ鳥たちに教えてやろう」
お師匠様は言った。
 チュビーノにお師匠様は何やら話している。
「チュビーノよ残念だがこの辺りではうち以外のの敷地では注意するがよい」
そしてハクちゃんにも声をかけた。
「ハクちゃんよ、その早い逃げ足があれば人間に近づいてもおおむね危険はない。安心して人に近づくがいい」
と予言した。それからはお師匠様はしばらく、チュビーノに乗って散策に出かけた。弟子もハクちゃんに乗って師匠の後を追った。この日にお師匠様が鳥たちに話したことが後のスズメ族とセキレイ族の行動の指針になっていった。つまりスズメ道ではある距離を置いて人に近づくのをやめ。セキレイ道では危険を感じなければある程度人に近づいた。
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