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序章 三浦 誠 55歳

序章(2) 妻からの離婚要求

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一 次の日 一


ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ……。

スマホのアラーム音が鳴り響く。朝、一回目になる目覚ましの音だ。誠はリビングで寝ており、周りには日本酒の瓶が多数散乱している。……どうやらヤケ酒をし、そのまま寝落ちしてしまったようだ。


(……寒!頭が痛い……、飲み過ぎか……。)

スマホのアラームを消そうと手に取る。

「……あれ?」


誠は驚く。スマホの画面が二重に見えたからだ。誠は目を擦り周りを見渡すがやはり物が二重に見える。そして強い吐き気も感じる。

(昔はこれぐらい全然いけたのに……、年と言う事か……。)

誠は俯き苦笑いする。


「……あ、時間!」

アルコールを抜こうとシャワーを浴び、朝食も摂らずに出勤する。駅で軽食ぐらい買う事は出来たが食欲なんて無かった……。




そして昼休み、いつもは妻の作ってくれたお弁当があるが今日はない。昨日の空になったお弁当箱を出して中身が空っぽだという事に気付く。


「あれ?部長お昼は?」

部下が何気なく話しかける。


「いや、今日は買って来る予定だった。」

笑いながら誠は会社を出て行く。



誠は会社近くのコンビニに行くが何も食べたい気持ちにならない。食べたという事にして会社に戻ろうとするが、やたら心臓がバクバクと鼓動を打つ。

(最近、動悸が激しいな……。これじゃあ仕事に支障が出る。)


誠はドラッグストアに行き、血液循環が改善すると謳われる薬を買いに行く。商品を手に取り効力の欄を見ようとするが、ぼやけて見える。

(……目まで悪くなったのか……。本当に俺は……。)

誠は眼鏡の度を上げる事に溜息を吐きながら、店員に薬の効力を聞き薬を購入する。


こうして何も食べずに午後の仕事が終わり帰宅する誠だが、妻はやはり帰って来ていない。

誠は考える。しかし、どれほど考えても妻が離婚要求してくる理由が分からなかった。そして考えれば考える程に頭が痛くなる。だから考える事を止めひたすらに働いた。……妻が出て行った事を忘れる為にただ懸命に……。




一 一ヶ月後 一


「ただいま。」

誠は雪が降る中、仕事から帰って来る。花屋に売っていた小さな花束を携えて。しかしそれを渡す相手はいない。


そう妻は戻って来なかった……。離婚届を受け取りに来ると言っていたのにだ。誠は自分から連絡する事もなくただ仕事に打ち込んでいた。現実から逃げるように……。






そして、「この日」はとうとう来てしまう。


仕事をしている誠を部下達が異様な目で見てくるのだ。いつもの尊敬の目ではなく、「何か」を危惧するような眼差しで。意を決した部下達は行動に出る。


「部長、来て欲しい所があります。お願いします。」

「どこかな?新しい取引先かい?」


「病院です。お疲れみたいですから……。」

「何を言っているんだい?それより、そろそろ新しい取引先の開拓が必要だと思うんだ、私は……。」

誠は黙り込む。まただ、言葉が出て来ない。言いたい事は頭で分かっているのに。


「だから……。」

今度は部下の名前が出てこない。20年以上一緒に働いて来た信頼をおける部下なのに……。


「あ!!」

突然激しい痛みが誠を襲う。いつもの我慢出来る痛みとは全然違い、頭を鈍器か何かで殴られたような激しい痛みが。


バタン!!

その瞬間、誠は倒れる。

「部長!!しっかりして下さい!部長!!」

誠は部下の呼びかけに返事出来ない。


「き、救急車だ!」

倒れた誠に寄り添う者、救急車を呼ぶ者、救命処置をする者、皆誠の為に必死だった……。















……




………





誠の意識は暗闇の中に確かに存在していた。


(体が動かない……。いや体がない!俺は死んだのか……?)

(頭痛かった……。死ぬかと思うぐらい……。いや、死んだのか……?)

(俺の最期はこれか……。今まで頑張って来たのに……。)

誠は思考を続ける。


(みんな悪いな、俺が倒れたせいで……。死んだせいで迷惑かけて……。最期に必死に呼びかけてくれた事も救命処置してくれた事も覚えているよ。本当にありがとう。……俺みたいにならないでくれ……。)


(……柚、独り立ちしてくれて良かった……。立派な看護師になれよ。お前の花嫁姿が見れなかったのが無念だ……。お前は俺達みたいな夫婦になるなよ……。)


そして妻への思いを巡らせる。

(……俺は死んだ……。離婚しなくて済んだな。最後のやり取りが離婚だとは思わなかったけどな。……共に、白髪になるまで共に過ごすと決めていたのに……。)

誠の中に人生の悔いが出てくる。


(……何故だよ……。何故離婚なんて言うんだ!何故出て行ったんだよ!何故!何故だよ……。)


誠は妻が出て行って、初めて自分の本音を吐き出す。ずっと吐き出せなかった本音が……。





『……分からないのか……?』




誠の心に呼びかける声がする。男性の声で低く、穏やかな声色だった。


(……誰だ……?)

誠は驚き不意に思う。


『我か?我は人間達が俗に言う神と言う者だな。』

(……神……様?……そうか、やっぱり死んだんだな……。)


誠は覚悟していたが突然の死を受け入れられない。込み上げてくる感情を抑え、しばらく黙り込み、死を受け入れる。


(神様……、私を迎えに来てくださったのですか?あの世があるなら連れて行って下さい。)

誠は冷静に話す。まだ死は受け入れられないが、神を待たす訳にはいかないと考えたのだ。


『……駄目だ、お主はまだ己の人生に未練があるだろう?迷いがある者を連れて行く事は出来ない。』

(……今更、死んだ身で何を?未練など誰にでもありますよ。)

誠はそう神に伝える。……自身に言い聞かせるように……。


『妻が別れを告げ、出て行った理由が知りたいのだろう?』

誠の思考は一気に乱れる。図星だったからだ。

(違います!妻なんて……、どうでも……。)


『我はお主の思考を読んでいるから下手な嘘は要らぬ。』

また誠の思考は乱れる。嘘を必死に吐くが相手は自分の思考全てを読んでいる。誠はようやく悟る、嘘は通じないと……。


(神様、妻が何故離婚要求をして来たのか教えて下さい。)


『……駄目だ。』

(お願いします!……これを冥土の土産にします……。だからお願いします。)



誠は必死に懇願する。……もう死んだ自分を受け入れ始めているようだ。

『我から聞いても意味がない。だから経験し考えてくるのだ。それしか妻の……、いや相手の思いは分からないからな。』


(妻の……、思い……?)

誠は妻が今までどんな気持ちでいたか想像出来ない。それどころか、この31年の結婚生活すらはっきり思い出せないのだ。


『どうする?相手の気持ちを知るのは辛い……。傷付くしな。お主はどうする?』


誠は神の言葉に考える。自分を上司だと慕ってくれた部下、自立した娘、それで良いじゃないかと。



……しかし……。


(神様……、お願いします。妻の気持ちを教えて下さい。)


『……その願い受け止めた。では参ろうか。』

(はい、お願いします。)



妻から離婚を告げられた夫は、ある日突然倒れ死を悟った。出てきた悔いは「妻からの離婚要求の理由が知りたい」だった。神の力にて妻の気持ちを知ると決めた誠は妻の本心と向き合うと決意する。

果たして妻の離婚要求の理由は?神は何故現れてくれたのか?何を誠に伝えたいのか?不器用な男の物語が今始まる……。










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