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1章 三浦幸子 23歳 新婚時代

2話 妻の半日(2)

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(どうしたんだよ?言ってみろよ?言わないと分からないだろう?)

現代の誠は幸子に尋ねるが当然聞こえていない。


「……何でもない。何作ったら良いかな?」

「何でも良い。お前が作るご飯は何でも美味しいと母さんは言ってる。」


「……そう、言ってるの……?」

「ああ。」


過去の誠は最低限の言葉しか発しない。どうやら現在の誠とは性格が違うようだ。


幸子はまた黙り込み二人は食事を終わらせる。



時刻は十時前、幸子は片付けをし始めて誠はお風呂に入る。


……20分程経ち誠はお風呂から上がって来るが、幸子はまだ食器を洗っている。

(疲れた……、帰って来てから座ったの食事の30分だけじゃないか。何して来たんだよ?休ませろよ……。)


その考えが昔の幸子に聞こえたのか手を止める。

(伝わった?よし、良いぞ!30分休憩だ!)


幸子は「とっくり」と「おちょこ」を出し、シンク下の収納スペースから日本酒を出す。「とっくり」に日本酒を入れると鍋で温めて始める。

そしてかまぼこを切り始める。


(うわあ、包丁!)

誠は包丁を握った事がない。よって恐怖を感じる。

(終わったか。包丁は勘弁してくれよ……。)


こうしている間に日本酒が温まる。おつまみととっくり、おちょこを誠の元に持って行く。その後も幸子は食器を洗い続ける。



十時半、食器を洗い終えやっとお風呂に入り休めると誠は思うが、幸子は冷蔵庫から野菜数個を取り出す。

(……は?こんな時間から何するんだ?)


その疑問に答えるように、幸子は野菜を刻み始める。

(うわあ!怖い怖い!)


誠はやはり手早い包丁捌きに恐怖を感じる。幸子は当然、反応する事もなく野菜を順番に刻んでいきタッパーに詰める。使った包丁やまな板をまた洗い、台拭きでコンロ周りの掃除、排水溝の受け皿の生ゴミを捨てシンクを綺麗に洗い始める。

(そんなのいいだろう!早く風呂に入らせてくれ!)


そんな願いが叶ったのか、幸子は手を洗い台所の電気を消し脱衣所に向かう。

(やっと風呂だ。)


しかし幸子は洗濯カゴを持ち、リビングに向かう。先程取り込んだ洗濯物をハンガーから外しカゴに入れ始める。

(まさか……。)


カゴに入れた洗濯物を一枚ずつ出し、丁寧に畳み始める。

(明日やれよ!)

現在の誠は落胆する。


幸子は洗濯物が残り半分になった所でウトウトしだす。

(……眠い……。お前、今日何時に起きたんだ?明日はゆっくり寝ろよ……。)


「寝る。」

過去の誠は寝室に行く。


「はい。」

幸子は返事をする。



(昔の俺、手伝ってくれ……。眠いんだよ……。)

当然、現在の誠の声は聞こえておらず過去の誠は寝てしまい幸子は最後まで洗濯物を畳み片付ける。そしてやっとお風呂に入れる。


(やっと風呂だ!っておい!何やってるんだ!)

幸子は服を脱ぎ始める。当然だ、入浴するのだから。


(いやいやいや!脱ぐな!俺が居るんだ!おい!おい!)

当然幸子は止めない。


誠は止めたいが幸子の体に魂が宿っているだけ。幸子の考えに反して体を動かす事は出来ないのだ。


(神様!止めて下さい!妻が良からぬ事を!)

神は時間を止めない。必要性のない事だと思ったからだ。


誠は目を逸らしたいが、幸子の体は一切動かせない。ただ、黙って見ているしかない。


(神様は見ないで下さいね!)

『……分かっている。』

神は半分呆れている。夫婦なのに何を動揺してるいるのかと……。



誠の思考はその後も乱れている。かなり動揺しているが、しばらくしやっと慣れて来たようだ。


(温い……。何でこんな温いお湯入ってるんだ?お湯追加しろよ?)


……しばらくし眠くなっていく。

バシャ!

「きゃあ!」

(何だ!)

幸子はウトウトしていたようで、浴槽で寝てしまう。バランスを崩した事により目を覚ます。


(眠い……、とにかく眠い……。早く上がって寝ろよ……。)

幸子は目覚め、洗い場に行き髪や体を洗う。

(女の髪は長いんだな…、こりゃすぐ上がって来ないわけだ……。)


化粧を落とし始める。

(女はめんどくさいな……。)


お風呂から上がった後も化粧水や乳液などの肌のケアに始まり、髪を保湿するクリームを塗りドライヤーかけ、下着を付けなど男はあまりしない事をしている。

(服来てくれた、やっと落ち着いたよ……。下着なんて初めて付けた。なんでこんなキツイ物するんだ?何時にベッドで寝れるんだ?教えてくれよ……。)

現代の誠の体力はもう限界だった。


その願いが通じたのか、幸子はやっと洗面所から台所に向かう。

このアパートはお風呂、洗面所、台所、リビング、寝室と繋がっており、寝室に行く為には台所とリビングを通る必要がある。

リビングにもテレビがあり、その前にソファーとミニテーブルが配置されている。


リビングを通りかかった幸子だが、ミニテーブルに置きっぱなしになっている「とっくり」「おちょこ」おつまみ用の小皿、箸がそのまま置いてあるのを見かける。

幸子は黙ってそれらを台所に運び洗い始める。

(こんなの放っておけよ!明日で良いだろう?)

現代の誠は疲れで動けないのに幸子の体は勝手に動き制御出来ない。あの日、食べて置きっぱなしにした自分を恨む。


そしてやっと幸子、(誠)はベッドで横になる。横になった瞬間に意識を手放し眠りに入る。

(もう寝たの?まさに一瞬。)

幸子が寝た為か、誠が感じていた眠気や疲れが徐々に取れていく。




『どうだ?なかなか妻の生活も大変だろう?』

神の声が聞こえる。


(神様、さっきはどうして止めてくれなかったのですか!)

『お主はいつも妻に風呂が長いと言っていた。女というものを知る必要があると考えたからだ。』

誠はぐうの音も出ない。確かに言っていたからだ。


(見ていませんよね?)

『人間の体など見飽きている。我は神だぞ?』

(しかし!)

誠は思考を止める。思い余って変な思考をしてしまいそうだからだ。


『妻の体などどうでも良い。それより本日の妻を見てどう思った?』

(どうでも良くない!あいつは俺の……!)

誠は思考を停止させる。


(……まあそうですね。でも主婦なんてそんなものですよ。)

『どうゆう意味だ?』

(主婦なんだから食事と洗濯物ぐらい。)


『……お主は……、やはり忘れているのか……?』

(何を……ですか?)


『いや、帰って来てからの慌ただしさを見れば分かると思ったが駄目だな。お主は明日一日の妻の生活をしろ。そしたら見えてくるものもあるはずだ。』

(見えてくるもの?それは?)

『我の口から言っても分からないだろう。経験してこい!離婚理由の大半は日々の積み重ねだからな!』

(はい、……あとこの足腰の痛みや疲れを何とかしてもらえませんか?50歳で20代の動きをすると体に応えまして……。)

神は誠の考えに黙り込む。


『……明日、一日経験したら分かる……。』


神の声が聞こえなくなる。どうやら誠の前から去ったようだ。意味が分からないまま誠も考えるのを止め意識を鎮める。

……神は何を経験させようとしているのか……?それを明日誠は思い知る事になる。









………

……





一 現在 一


ピーポー、ピーポー、ピーポー。

倒れた誠は意識不明の中救急車に乗せられ、受け入れ先の病院に運ばれる。酸素マスクを付けており、血圧、酸素濃度を測定されながら慎重に。

「患者は三浦誠さん55歳。通報者の話によりますと倒れる一時間前から様子がおかしく病院に連れて行こうとしていた所だったそうです。以前より頭を抑える様子が見られ、倒れた時も後頭部を抑え声を出し倒れたようです。ですから疑われる病状としては……。」

救急隊員が受け入れ先の救命医に連絡を取っている。誠の状態は一刻を争う状態であり、救急隊員達は「ある病気」を疑っており早く病院に連れて行きたいが慎重な搬送を心がけており、運転している者も緊迫の表情をしている。

そんな中、誠の手を握る人物がいる。付き添いを許可された営業部の課長だ。

「部長、しっかりして下さい。今、奥様に連絡をしています。奥様と娘さんがすぐに来てくれますよ。だから……。」

部下は言葉に詰まる。誠の血圧が一向に下がらないからだ。

(早く……、早く病院に着いてくれ。)


部下はただ誠が助かる事だけを願っている。





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