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17.私を守る――ただ、それだけ
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ガラガラガラ……という激しい音が耳をつんざく。
目を覚ますと、私はユウに背負われていた。徐々に下降しているのが分かる。
その脇では山が崩れ、木々が次々と薙ぎ倒されていくのが見えた。
「え! 何!」
思わず叫ぶと、ユウがちょっと振り返った。
「……朝日! 気が付いた?」
ユウがにっこりと微笑む。
それはいつもの穏やかな笑顔だけど……背景の凄まじさと全く釣り合っていない。
「何? 何が起こってるの?」
「朝日が気を失っている間に、敵を徹底的に潰しておいた」
「……つぶ……」
「向こうが手段を選ばないから、こちらも遠慮なくやらせてもらった」
そう答えるユウ。何だか、妙に凄みがある。
きっと、この山崩れを引き起こしたのはユウだ。敵全体を、山ごと壊滅させた。
私は、深くは知らない方がいいのかも知れない。
テスラの戦いでは絶対に必要なことだけど……私の知ってる世界とは、あまりにも違いすぎるから。
周りを見渡すと、さっきまであった山や森は完全に崩れてしまい、大量の土砂が海に消えていった。
後に残ったのは、少しの砂浜と土塊。巻き込まれ、薙ぎ倒された樹が所々突き出している。
ユウはその一角に降りると、私を下ろしてくれた。
「それにしても、朝日……よく頑張ったね。闘ったの?」
と言ったユウは、さっきまでの迫力のある表情ではなく、いつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
私は服の汚れをパンパンと叩いて落としながら
「あ、うん。女の子二人。倒すとまではいかなかったけど、一人は気絶させた」
と答えた。
落差が凄すぎて、ユウの顔がまともに見れない。だけど、動揺していることを気づかれたくない。
私は知らないままでいた方がいいんだろう。
そう考えて、咄嗟に取り繕った。
「もう一人から逃げてたときに崖から落ちて……そしたらユウが助けてくれた」
「よく無事だったね……」
「それは……あっ、そうだ!」
そうだ、凄いことがわかったんだった。ユウに言わなくちゃ!
私はユウの腕を掴んで真っ直ぐ見上げた。
「私、フェルが効かないんだって! そういう体質みたい」
「……え?」
ユウは驚いて、そのまま固まってしまった。
意味がわからない、という風だった。
私はここに連れてこられてから起こったことをかいつまんで説明した。
「……それでね。私に、あの……衝撃波?……を打ってきたんだけど、私、何ともなかったの」
ユウはしばらくポカンとしていたけど、そのあと腕を組んで考え込んでしまった。
やっぱり、信じ難いことなのかな。
「……あの、何だったら試してみる? 攻撃していいよ」
「それは、ちょっと、さすがに……。でも、そうか……そういうことか」
ようやく納得したらしい。
でも、まだ何だか難しい顔をしている。
どうしてかな?
私にフェルが効かないってことは、ユウにとっては嬉しくないのかな?
私はちょっとはしゃいで
「私にフェルが効かないってことは、ユウは私を庇う必要がないんだよ。楽だよね?」
と明るく言ってみた。すると
「そんな簡単な話じゃない」
と今度はちょっと怒ってしまったようだった。
おかしいな。ユウも喜んでくれると思ったのに。
ユウは私の両肩に手を置き、じっと私を見つめた。
「例えば……朝日が高い樹の上にいるとする。朝日に直接攻撃ができなくても、樹を倒せば、朝日は落ちる」
「あ……」
「そうなったら、一人では無理だよね?」
「……そっか……」
確かに。ただ効かないってだけで、私は他に身を守る手段を持ってないもんね。
だからあの女の子は、私が渡る道を潰して落とそうとした訳だから。
「やっぱり、私はどうあってもユウに助けてもらうしかないんだね……」
思わず言ってしまった。
言っても仕方がないことを言ってしまったという後悔の念と、どうしてもユウに負担をかけてしまうんだという不甲斐なさで俯いてしまう。
でもユウは
「僕は朝日のガードだから、それでいいんだよ」
と言って、優しく私の肩をたたいた。
ユウは、二言目には「朝日のガードだから」と言う。
「朝日のガードだから」守るのは当然。
「朝日のガードだから」いつも傍にいる。
「朝日のガードだから」自分のことは気にしなくていい。
じゃあ私って、ただそれだけの存在なのかな……という気持ちになってしまう。
どう言ったらいいかわからないけど……その台詞を言われるたびに、とても淋しく感じた。
私の沈黙を、ユウがどう解釈したのかはわからない。
だけど……私たちは言葉を交わすことはなく、しばらく黙って海を眺めていた。
* * *
「何回か闘ってみて分かったんだけど……ディゲの連中は、精神のかなり深い所でカンゼルに支配されているな」
――しばらく経って、ユウがポツリと言った。
「改心させるとか、そういう問題じゃないってことがよくわかったよ」
「……」
ユウは、「フェルが効かないから」と楽観的に考えたら駄目だってことを、私に言いたいのかな。
別に、楽観的に考えてたわけではなくて、少しでもユウの負担を減らせる……つまり、ユウの役に立てるって言いたかっただけなんだけど。
私が言葉を返せずにいると、ユウは
「だから……朝日にとってはキツいかもしれないけど……これからも、こういう血生臭い戦いがあるかもしれない」
と困ったように私の顔を見た。
「……怖い? 俺のこと……」
「……」
そうか。
今回の戦いで、私が怯えるんじゃないかって心配してるんだ。
キエラに対してだけじゃなくて……ユウに対しても。
しばらくユウの顔を見つめると、私は黙って首を横に振った。
だって私は……知っている。
ユウが自分のことを『俺』というのは、素に戻っている時だから。
今、ユウは、何も取り繕っていない本当の気持ちを喋ってくれている。
「怖くないよ……」
そう言って、私はユウの腕にしがみついた。不思議なことに、私がユウを守らなくちゃ、という気持ちになっていた。
ユウが私に何かを言おうとした、そのとき……。
バラバラバラ……という激しい音が上空から聞こえてきた。
ハッとして見上げると、ヘリコプターだった。ぐんぐん下降している。
私たち二人は慌てて土塊から突き出た樹の陰に隠れた。
ヘリコプターが辺りに激しい風を巻き起こしながら、砂浜に着陸した。
中から現れたのは、夜斗だった。
私とユウは、驚いて思わず顔を見合わせた。
「朝日! いないのか?」
夜斗が辺りを見回している。手には小型のパソコンみたいなものを持っていた。
「おかしい……GPSだとこの辺のはずなのに。……無事なのか?」
どうやら私の携帯を追って探しにきてくれたみたいだ。
姿を見せた方がいいんじゃないかな?
そう思ってユウの顔を見ると、ユウは「いいよ」と言って頷いてくれた。
私たちはゆっくりと樹の陰から姿を現した。
「……朝日!」
夜斗は私の姿を見つけると、ものすごい勢いで駆け寄ってきた。
「それに、ユウも! 無事だったか? 大丈夫か?」
「うん……何とか」
「とにかく戻ろう」
そう言うと、夜斗はヘリコプターを指差した。
ヘリコプターなんてこんな近くで初めて見た、と内心驚きながら、夜斗についていく。
「別荘に戻る。頼む」
夜斗がそう言うと、運転士が黙って頷いた。
「……これ、夜斗の?」
中を見回す。何となく後部座席がギュウギュウなイメージだったけど、そうでもなかった。夜斗によると、これは5人乗りらしい。
それにしても、財閥ってヘリも持ってるんだ……。
そりゃそうか。前、テレビで見たときには小型セスナをタクシー代わりにしている日本の大金持ちがいたっけ。
「まあな。正確には親父のだけど」
夜斗が溜息をついた。
「朝日が消えたあとユウに迎えに行ってやってくれって言われたから……とにかく場所を探さなきゃと思って別荘に戻ったんだよ。友達が消えた、なんて言えないからどうしようとは思ったけど。それで慌ててたら、理央に問い詰められてさ。朝日がどっかいっちゃったから携帯で居場所を調べたいんだって言ったらコレで調べてくれたんだ。母親もうまく言いくるめてくれてさ」
夜斗はそこまで早口に捲し立てると、ペットボトルのお茶を一気に飲んだ。
そして「あ、二人も飲みたいよな」と言って私たちにもお茶をくれた。
「そしたら場所がこんなとこだったんで、すごく驚いたよ」
「ここ、どこだったの?」
「小笠原諸島より東の海の上。地図にも載っていないようなところ」
「……」
「それでヘリコプターを用意してもらってさ……はぁ、くたびれた」
夜斗は二本目のお茶をごくごくと飲んだ。
「……本当に、びっくりした。どういうことなんだ?」
夜斗がテスラと関係あるのかないのかは分からない。
でも、私の身を案じてくれた気持ちは本当だと思った。
目の前で消えればそれは聞きたくなるよね。
でも……。
私はちょっと笑って
「ごめんね。話せないの。助けに来てくれたのに……ごめんなさい」
と答えた。
夜斗は予想済みだったようで、あまり驚かなかった。今度はユウの方を見て
「ユウは?」
と聞く。
ユウは少し考えて
「僕も話せない。だけど、僕は朝日を守るために傍にいるってことだけは、言えるかな」
と答えた。
ユウが夜斗にそんなこと言うなんて……。
私はちょっと驚いて二人の顔を見比べた。
「……」
「……」
夜斗とユウの間に奇妙な間があった。
「……わかった。もう聞かないよ」
夜斗はそれだけ言うと、そっぽを向いて窓の外を眺めたまま、何も言わなくなってしまった。
機嫌を悪くした……訳ではないみたいだけど、ちょっと気まずい空気になった。
何か言わなくちゃ、と思ったけどどう言っていいかわからず、私はそのまま俯いていた。
そして知らず知らずのうちに――寝てしまった。
◆ ◆ ◆
「……すぅ……」
ヘリコプターの中はかなり音が響くのだが……やはり疲れたのか、朝日はそのうち眠ってしまった。
ユウは朝日の肩を抱いて、自分の方に引き寄せた。
(瞬間移動を初めて経験して、しかもそのあとディゲと闘ったんだから、それは疲れるよね。本当に、朝日にはいつも驚かされるよ。フェルティガが効かないって言ったって、食らったのは確かだろうし)
ユウの、朝日の肩を抱く手に力が籠る。
(やっぱり、俺がしっかり守らないと……)
しかし立て続けにゲートを越え、しかもかなり力を開放して闘ったユウも、気を失いそうになっていた。
しかし夜斗がもし別の敵だったら……という警戒心から、ユウは目をつむって体を休めつつも、意識を飛ばさないように必死で耐えていた。
(朝日を背負っていたときから感じていたが……朝日に触れていると、なぜか癒されるような気がする。手を当てて癒してくれた、ヤジュ様を思い出す。……なぜだろう……)
「……お前……」
ふと、夜斗が急に話しかけてきた。
ユウは目を開けると「何?」とだけ素っ気なく答えた。
「いや……二人、仲いいんだな、と思って」
「……まあね」
何が言いたいのか分からなかったので、ユウは無難な返事をした。
『夜斗って、ユウのことよく見てるし』
ふと、昨日朝日が言っていたことを思い出す。
(夜斗は俺のことを女として見ている、と朝日は思っているみたいだったが……。こいつがシロならそうかもしれないだろう。だけど、もしクロなら俺の正体を探っているということになる。迂闊な返事はできないな)
ユウがそんなことを考えていると、夜斗は
「何か……羨ましいな……」
とポツリと言って、再び窓の方を向いてしまった。
予想外のことを言われたのでどう返したらいいかわからず、ユウは口を開けたまままじまじと夜斗を見つめた。表情は一切見えない、だけど何を考えているのか少しでも悟ることはできないか、と。
(いったい何が羨ましかったんだよ。俺と朝日の二人が? ――それとも俺が?)
ユウの複雑な気持ちをよそに……朝日は幸せそうに、寝ていた。
目を覚ますと、私はユウに背負われていた。徐々に下降しているのが分かる。
その脇では山が崩れ、木々が次々と薙ぎ倒されていくのが見えた。
「え! 何!」
思わず叫ぶと、ユウがちょっと振り返った。
「……朝日! 気が付いた?」
ユウがにっこりと微笑む。
それはいつもの穏やかな笑顔だけど……背景の凄まじさと全く釣り合っていない。
「何? 何が起こってるの?」
「朝日が気を失っている間に、敵を徹底的に潰しておいた」
「……つぶ……」
「向こうが手段を選ばないから、こちらも遠慮なくやらせてもらった」
そう答えるユウ。何だか、妙に凄みがある。
きっと、この山崩れを引き起こしたのはユウだ。敵全体を、山ごと壊滅させた。
私は、深くは知らない方がいいのかも知れない。
テスラの戦いでは絶対に必要なことだけど……私の知ってる世界とは、あまりにも違いすぎるから。
周りを見渡すと、さっきまであった山や森は完全に崩れてしまい、大量の土砂が海に消えていった。
後に残ったのは、少しの砂浜と土塊。巻き込まれ、薙ぎ倒された樹が所々突き出している。
ユウはその一角に降りると、私を下ろしてくれた。
「それにしても、朝日……よく頑張ったね。闘ったの?」
と言ったユウは、さっきまでの迫力のある表情ではなく、いつもの穏やかな笑顔を浮かべていた。
私は服の汚れをパンパンと叩いて落としながら
「あ、うん。女の子二人。倒すとまではいかなかったけど、一人は気絶させた」
と答えた。
落差が凄すぎて、ユウの顔がまともに見れない。だけど、動揺していることを気づかれたくない。
私は知らないままでいた方がいいんだろう。
そう考えて、咄嗟に取り繕った。
「もう一人から逃げてたときに崖から落ちて……そしたらユウが助けてくれた」
「よく無事だったね……」
「それは……あっ、そうだ!」
そうだ、凄いことがわかったんだった。ユウに言わなくちゃ!
私はユウの腕を掴んで真っ直ぐ見上げた。
「私、フェルが効かないんだって! そういう体質みたい」
「……え?」
ユウは驚いて、そのまま固まってしまった。
意味がわからない、という風だった。
私はここに連れてこられてから起こったことをかいつまんで説明した。
「……それでね。私に、あの……衝撃波?……を打ってきたんだけど、私、何ともなかったの」
ユウはしばらくポカンとしていたけど、そのあと腕を組んで考え込んでしまった。
やっぱり、信じ難いことなのかな。
「……あの、何だったら試してみる? 攻撃していいよ」
「それは、ちょっと、さすがに……。でも、そうか……そういうことか」
ようやく納得したらしい。
でも、まだ何だか難しい顔をしている。
どうしてかな?
私にフェルが効かないってことは、ユウにとっては嬉しくないのかな?
私はちょっとはしゃいで
「私にフェルが効かないってことは、ユウは私を庇う必要がないんだよ。楽だよね?」
と明るく言ってみた。すると
「そんな簡単な話じゃない」
と今度はちょっと怒ってしまったようだった。
おかしいな。ユウも喜んでくれると思ったのに。
ユウは私の両肩に手を置き、じっと私を見つめた。
「例えば……朝日が高い樹の上にいるとする。朝日に直接攻撃ができなくても、樹を倒せば、朝日は落ちる」
「あ……」
「そうなったら、一人では無理だよね?」
「……そっか……」
確かに。ただ効かないってだけで、私は他に身を守る手段を持ってないもんね。
だからあの女の子は、私が渡る道を潰して落とそうとした訳だから。
「やっぱり、私はどうあってもユウに助けてもらうしかないんだね……」
思わず言ってしまった。
言っても仕方がないことを言ってしまったという後悔の念と、どうしてもユウに負担をかけてしまうんだという不甲斐なさで俯いてしまう。
でもユウは
「僕は朝日のガードだから、それでいいんだよ」
と言って、優しく私の肩をたたいた。
ユウは、二言目には「朝日のガードだから」と言う。
「朝日のガードだから」守るのは当然。
「朝日のガードだから」いつも傍にいる。
「朝日のガードだから」自分のことは気にしなくていい。
じゃあ私って、ただそれだけの存在なのかな……という気持ちになってしまう。
どう言ったらいいかわからないけど……その台詞を言われるたびに、とても淋しく感じた。
私の沈黙を、ユウがどう解釈したのかはわからない。
だけど……私たちは言葉を交わすことはなく、しばらく黙って海を眺めていた。
* * *
「何回か闘ってみて分かったんだけど……ディゲの連中は、精神のかなり深い所でカンゼルに支配されているな」
――しばらく経って、ユウがポツリと言った。
「改心させるとか、そういう問題じゃないってことがよくわかったよ」
「……」
ユウは、「フェルが効かないから」と楽観的に考えたら駄目だってことを、私に言いたいのかな。
別に、楽観的に考えてたわけではなくて、少しでもユウの負担を減らせる……つまり、ユウの役に立てるって言いたかっただけなんだけど。
私が言葉を返せずにいると、ユウは
「だから……朝日にとってはキツいかもしれないけど……これからも、こういう血生臭い戦いがあるかもしれない」
と困ったように私の顔を見た。
「……怖い? 俺のこと……」
「……」
そうか。
今回の戦いで、私が怯えるんじゃないかって心配してるんだ。
キエラに対してだけじゃなくて……ユウに対しても。
しばらくユウの顔を見つめると、私は黙って首を横に振った。
だって私は……知っている。
ユウが自分のことを『俺』というのは、素に戻っている時だから。
今、ユウは、何も取り繕っていない本当の気持ちを喋ってくれている。
「怖くないよ……」
そう言って、私はユウの腕にしがみついた。不思議なことに、私がユウを守らなくちゃ、という気持ちになっていた。
ユウが私に何かを言おうとした、そのとき……。
バラバラバラ……という激しい音が上空から聞こえてきた。
ハッとして見上げると、ヘリコプターだった。ぐんぐん下降している。
私たち二人は慌てて土塊から突き出た樹の陰に隠れた。
ヘリコプターが辺りに激しい風を巻き起こしながら、砂浜に着陸した。
中から現れたのは、夜斗だった。
私とユウは、驚いて思わず顔を見合わせた。
「朝日! いないのか?」
夜斗が辺りを見回している。手には小型のパソコンみたいなものを持っていた。
「おかしい……GPSだとこの辺のはずなのに。……無事なのか?」
どうやら私の携帯を追って探しにきてくれたみたいだ。
姿を見せた方がいいんじゃないかな?
そう思ってユウの顔を見ると、ユウは「いいよ」と言って頷いてくれた。
私たちはゆっくりと樹の陰から姿を現した。
「……朝日!」
夜斗は私の姿を見つけると、ものすごい勢いで駆け寄ってきた。
「それに、ユウも! 無事だったか? 大丈夫か?」
「うん……何とか」
「とにかく戻ろう」
そう言うと、夜斗はヘリコプターを指差した。
ヘリコプターなんてこんな近くで初めて見た、と内心驚きながら、夜斗についていく。
「別荘に戻る。頼む」
夜斗がそう言うと、運転士が黙って頷いた。
「……これ、夜斗の?」
中を見回す。何となく後部座席がギュウギュウなイメージだったけど、そうでもなかった。夜斗によると、これは5人乗りらしい。
それにしても、財閥ってヘリも持ってるんだ……。
そりゃそうか。前、テレビで見たときには小型セスナをタクシー代わりにしている日本の大金持ちがいたっけ。
「まあな。正確には親父のだけど」
夜斗が溜息をついた。
「朝日が消えたあとユウに迎えに行ってやってくれって言われたから……とにかく場所を探さなきゃと思って別荘に戻ったんだよ。友達が消えた、なんて言えないからどうしようとは思ったけど。それで慌ててたら、理央に問い詰められてさ。朝日がどっかいっちゃったから携帯で居場所を調べたいんだって言ったらコレで調べてくれたんだ。母親もうまく言いくるめてくれてさ」
夜斗はそこまで早口に捲し立てると、ペットボトルのお茶を一気に飲んだ。
そして「あ、二人も飲みたいよな」と言って私たちにもお茶をくれた。
「そしたら場所がこんなとこだったんで、すごく驚いたよ」
「ここ、どこだったの?」
「小笠原諸島より東の海の上。地図にも載っていないようなところ」
「……」
「それでヘリコプターを用意してもらってさ……はぁ、くたびれた」
夜斗は二本目のお茶をごくごくと飲んだ。
「……本当に、びっくりした。どういうことなんだ?」
夜斗がテスラと関係あるのかないのかは分からない。
でも、私の身を案じてくれた気持ちは本当だと思った。
目の前で消えればそれは聞きたくなるよね。
でも……。
私はちょっと笑って
「ごめんね。話せないの。助けに来てくれたのに……ごめんなさい」
と答えた。
夜斗は予想済みだったようで、あまり驚かなかった。今度はユウの方を見て
「ユウは?」
と聞く。
ユウは少し考えて
「僕も話せない。だけど、僕は朝日を守るために傍にいるってことだけは、言えるかな」
と答えた。
ユウが夜斗にそんなこと言うなんて……。
私はちょっと驚いて二人の顔を見比べた。
「……」
「……」
夜斗とユウの間に奇妙な間があった。
「……わかった。もう聞かないよ」
夜斗はそれだけ言うと、そっぽを向いて窓の外を眺めたまま、何も言わなくなってしまった。
機嫌を悪くした……訳ではないみたいだけど、ちょっと気まずい空気になった。
何か言わなくちゃ、と思ったけどどう言っていいかわからず、私はそのまま俯いていた。
そして知らず知らずのうちに――寝てしまった。
◆ ◆ ◆
「……すぅ……」
ヘリコプターの中はかなり音が響くのだが……やはり疲れたのか、朝日はそのうち眠ってしまった。
ユウは朝日の肩を抱いて、自分の方に引き寄せた。
(瞬間移動を初めて経験して、しかもそのあとディゲと闘ったんだから、それは疲れるよね。本当に、朝日にはいつも驚かされるよ。フェルティガが効かないって言ったって、食らったのは確かだろうし)
ユウの、朝日の肩を抱く手に力が籠る。
(やっぱり、俺がしっかり守らないと……)
しかし立て続けにゲートを越え、しかもかなり力を開放して闘ったユウも、気を失いそうになっていた。
しかし夜斗がもし別の敵だったら……という警戒心から、ユウは目をつむって体を休めつつも、意識を飛ばさないように必死で耐えていた。
(朝日を背負っていたときから感じていたが……朝日に触れていると、なぜか癒されるような気がする。手を当てて癒してくれた、ヤジュ様を思い出す。……なぜだろう……)
「……お前……」
ふと、夜斗が急に話しかけてきた。
ユウは目を開けると「何?」とだけ素っ気なく答えた。
「いや……二人、仲いいんだな、と思って」
「……まあね」
何が言いたいのか分からなかったので、ユウは無難な返事をした。
『夜斗って、ユウのことよく見てるし』
ふと、昨日朝日が言っていたことを思い出す。
(夜斗は俺のことを女として見ている、と朝日は思っているみたいだったが……。こいつがシロならそうかもしれないだろう。だけど、もしクロなら俺の正体を探っているということになる。迂闊な返事はできないな)
ユウがそんなことを考えていると、夜斗は
「何か……羨ましいな……」
とポツリと言って、再び窓の方を向いてしまった。
予想外のことを言われたのでどう返したらいいかわからず、ユウは口を開けたまままじまじと夜斗を見つめた。表情は一切見えない、だけど何を考えているのか少しでも悟ることはできないか、と。
(いったい何が羨ましかったんだよ。俺と朝日の二人が? ――それとも俺が?)
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