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第1部 還る、トコロ
32.告ぐために(2)-ソータside-
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俺は何日かぶりにヴォダに会い、のんびりとジャスラに向かった。
ハールの海岸に着いたとき、ちょうどレジェルに会った。漁に出るエンカを見送り、浜辺で散歩をしていたところらしい。
「ソータさん! お帰りなさい。思ったより早かったですね」
「あ、うん。ネイアに聞きたいことがあったから、とりあえず戻って来た」
「私はこれから、ヤハトラに向かおうと思っていたんです。ミジェルがセイラ様のところに遊びに行っているので、迎えに行こうと思ってたんですよ」
そう言うと、レジェルは丘の上に止めてある馬車――もとい二頭のウパがつながれているウパ車――を指差した。
「それは助かる。乗せてってくれ」
「はい」
レジェルと一緒に丘を登った。
馬車に乗り込み、のんびりとヤハトラに向かう。
「旅は、大変でしたか?」
「んー……かなり。でも、浄化者も見つかったしな」
「えっ! 本当ですか?」
「うん」
「どんな方なんですか?」
「んー……」
言いかけると、上空からバサバサッという音が聞こえ――同時に元気な声が飛び込んできた。
「あー、見つけた!」
「わー、これがジャスラかー」
「サバンナみたいだー」
「サバンナって何?」
「んー……自然のままのとこ?」
見上げると……ユウが手を振っていて、暁とシャロットがはしゃいでいる。
「……うるさいな」
「ようやく出会えたね……長かった」
「たった五日振りだろう!」
「サンはねー、丸一日で来たよ! 最速で飛んだから」
「それなら俺は絶対乗らない」
「えー……」
「面白かったのにね」
「あ、こんにちはー」
レジェルに気づいたシャロットが上空から手を振って挨拶をする。
「こ……こんにちは」
レジェルが目を白黒させながら返す。
そして俺を見ると
「あの……あの人たちが、浄化者ですか?」
と恐る恐る聞いてきた。
「そう。……ガキ二人の方な」
「えーっ!」
* * *
サンがゆっくりと地面に降り立った。背中から三人が飛び下りる。
「こんにちは。ウルスラの王女、シャロットです」
「テスラから来たユウです」
「オレは……テスラから、でいいのかな? まぁいいや。ユウの息子の暁です」
三人が次々と挨拶した。レジェルは慌てふためいたまま
「えっと……私は……何て説明すればいいでしょう?」
と困ったように俺に聞くので
「この子はジャスラの浄化者のレジェルだ。こっちでの俺の仲間だ」
と代わりに紹介した。
「おおー……また仲間が増えた。RPGっぽいな」
「アキラ、RPGって何?」
「ミュービュリの遊び」
「……ふうん?」
暁とシャロットが脳天気な会話をしている。
俺はちょっと眩暈を覚えながら
「とりあえず、ヤハトラに行くぞ。……サンはどうするんだ?」
とユウに聞いた。
「じゃ、サン。しばらくこの辺で遊んでて」
ユウがそう言うと、サンは「キュウ!」と鳴いて飛び立っていった。
こうして俺達五人は馬車でヤハトラに来て……神官の手によって、地下に案内された。
異国の人間ばかりだし、いきなり神殿に通す訳にもいかないよな、と思い、とりあえず神殿からそう遠くはない部屋を一つ用意してもらった。
レジェルはセイラとミジェルに会いにいくと言ったので、途中で別れた。
「朝日はどうした?」
「……まだ研究に手間取ってるらしい。ゲートで直接来るって言ってたけど……」
不満らしく、ユウがちょっと不機嫌そうに答える。
「ま……忙しそうだからな。じゃあ、俺は先にネイアと会ってくるから……お前たちはこの部屋でおとなしくしてろよ」
「わかった」
「はーい」
「りょーかーい」
恐ろしく元気なガキんちょ達に見送られ、俺は部屋を後にした。
* * *
「……ただいま」
神官に案内されて神殿に入ると、赤ん坊を抱えたネイアがいた。
二人目の娘――ケイトだ。半年ぐらい前に生まれた女の子だった。
もう目が開いていて、奇麗な碧色をしている。
「よく戻ったな、ソータ。客人がいるということは……浄化者が見つかったのだな」
「そうなんだが……それは、後でまた相談する」
「……?」
不思議そうな顔をしているネイアをよそに、俺は背中にしょっていた神剣を下ろした。
「それで、ネイア……これが神剣なんだが」
そう言いながら黒い布を取った瞬間――ネイアが目を見開き、俺からパッと離れた。
「……やっぱりネイアもそういう反応になるか」
「何故そんな不安定な状態になっておるのだ。ソータが持っているにも関わらず……ちっとも収まっておらんではないか!」
ひしっとケイトを抱きながら、ふるふると肩を震わせている。
「この鞘は偽物なんだ。剥き出しだと危ないから、とユズルが用意してくれた」
「ユズル……トーマの友人だな」
「そうだ。それで……今、本物の鞘はミュービュリにあるらしい」
「――何だと?」
ネイアが信じられない、という顔で俺を見た。俺は力強く頷いた。
「テスラの女王の託宣だ。……間違いないと思う」
「……」
「で、ネイアに頼みたいことの一つ目は……この神剣の過去を視てほしいってことなんだが……」
「無理だ! 近づくこともできぬのだぞ」
「……みたいだな。じゃあ……こっちの黒い布は?」
俺は剣を覆ってあった布を見せた。
「ずっと神剣に巻きつけてあったらしい。こっちはどうだ?」
「うーん……まあ……それなら……できるかも知れぬ」
ネイアはそれでもあまり気は進まないらしく、深い溜息をついた。
「ただ……恐らくかなり消耗することになると思う。日を改めてくれぬか」
「……そうだよな」
どうせ次元の穴が開くのはまだ先だ。急いでも仕方がない。
「じゃあ……二つ目。テスラの女王と謁見したんだが……条件を出された」
「条件?」
「今は国として動くことはできない。情報が少なすぎるって。一応、俺からジャスラの状況と見てきたウルスラの状況は説明したが……俺の口からじゃなくて、ネイア自身の言葉で勾玉の記憶を教えてくれって」
「わらわの……か」
「テスラでも伝承としては残ってるんだろうけど……確かなところが知りたいんだろうな。でないと、国として協力は無理だと……だから、宝鏡の話も保留になってる」
「ふむ……」
ネイアは少し考え込むと、クスリと笑った。
「さすがは一国を統べる女王だな。女神テスラの系譜は確実に受け継がれている。感情には流されず……理性的に判断する女王であったわ」
「うーん……確かに」
女王もその母も、瞳は奇麗な青色だった。多分……女王の純粋性はきちんと保たれているんだろう。――ウルスラとは違って。
「わかった。本当はわらわが出向いて直々に説明してもよいのだが……まだセイラにすべてを任せることはできん」
「まあ、そりゃそうだろ」
「……書か、何かに込めるか……しかしそれも、かなり時間を要するな。何しろ内容が膨大だ。……しばし待っていてくれ」
「ああ、それは構わない。しばらくジャスラにいようと思っていたし……」
答えながら神剣を元のように背負うと、ネイアはホッとしたように肩から力を抜いた。
どうやら相当イヤな波動を出しているようだな、この神剣は。
「それで――ウルスラの女王はどうだったのだ?」
「物凄い美女だった」
「誰もそんなことは聞いておらん」
ネイアが少し呆れたような顔をした。
「神剣を託されたのならうまくいったのだろうが……どういう風に迎えられたのか、ということだ」
「去年即位したばかりの、かなり若い女王なんだ。それに俺が行った時はちょうど闇が暴れ出そうとしている所で……それを鎮めたから、とても感謝された」
「ふうむ……そうか」
「テスラとは違って国の象徴として存在しているから……何と言うか、華やかな、そこに存在することに意味があるというか……そういう感じかな」
「ずいぶん褒めるな。――ミズナの前だぞ」
俺はちょっとギクッとして神殿の水那を見たけど……水那は祈り続けたまま、ピクリとも動かなかった。
「……女王は、トーマと相思相愛なんだ。他意はないよ。……まあ、いろいろ複雑な事情があるけど」
「な……」
「女神ウルスラに生き写しだった。力もかなり強い、ちょっと特別な女王だと思う。浄化者も、女王の血族だしな」
「何だと!」
ネイアが驚いて大声を出す。ケイトがビクッとして泣き出した。
「おお、ケイト……すまぬの。――ちょっと動揺してしもうた」
ネイアがあやすとケイトはほどなく泣きやみ、にこっと笑った。
ほっと安心したようにネイアも微笑むと、俺の方を見た。
「……すまぬの」
「いや……。それで、多分……ウルスラの女王の純粋性は失われている。その分、力は強いみたいだが……」
「ふうむ……」
「神剣も管理できていなかったしな。その辺りの経緯も、あの黒い布を視ればわかるんじゃないかとは思うが……」
「……わかった。心してかかろう」
ネイアは力強く頷いた。
「あ、ウルスラの浄化者はシャロットって名前の、先代女王のひ孫だ。今日連れてきた。あとは、テスラの浄化者とその保護者がいる。そいつらが差し当たって協力してくれることになっている」
「協力……?」
「テスラの女王が、国としては動けないが、協力者を二人つけてくれたんだ」
「……そうか。立場を重んじながらも、最大限の配慮をしてくれた訳だな」
「ああ」
「そうなると、わらわも応えなくてはなるまいな……」
ネイアはそう言うと、俺の持っている黒い布をじっと見つめ……またもや大きな溜息をついた。
……相当気が進まないようだ。それほど、神剣の放つ力の波動は凄まじいらしい。
俺はジャスラに来てからネイアに頼りっきりだな……。何だか、申し訳ない気持ちになる。
「じゃ、浄化者に会いに行くか? 別室に待たせてあるが……」
とりあえず話題を変えようとそう言うと、ネイアは
「いや、待て。それより、ソータの勾玉の方が先だ」
と言ってケイトを神官に預け、心配そうに俺を見つめた。
「俺の?」
「ジャスラの闇をずっと抱えたままではよくないと言ったであろう。神剣を手に入れたのであれば、もう勾玉は必要あるまい。神剣から勾玉に繋げれば、連絡は取れるのだからな」
前に水那がトーマの持つ神剣と勾玉を繋げたように……か。でも……。
「……やだ」
「何?」
ネイアがピクッと眉を震わせた。俺の身体を心配してくれているのはわかる。
だが……。
俺の胸の中にある勾玉の欠片……ここから、水那の気配を感じる。声を聞くときも、ここから聞ける。
それは……離れていてもずっと一緒にいるようで――今からさらに何年も待たなければならない俺にとっては、とても大事なことだった。
「……ふむ」
俺の気持ちがわかったのか、ネイアはそれ以上追及しなかった。そして諦めたような声で
「ならば、自分に剣の宣詞を使うことだな」
と言った。
「自分に……宣詞……え?」
「神剣によって勾玉の欠片からジャスラの闇を切り離す。恐らく、この神殿の勾玉に移せるはずだ。わらわが補佐する」
「は……」
人にさんざん使ってきたけど、いざ自分に使うとなると……ちょっと怖いな。
「それが嫌なら勾玉の欠片ごと奉納するがよい。それが一番確実だ」
「いや……やるよ」
俺は鞘から神剣を抜くと、顔の前で構えた。
ネイアが俺の命に関わるような提案をするとは思えない。多分、気をしっかり持ってちゃんとやれば可能なのだろう。
ネイアは少し溜息をつくと、神殿の前で両手を合わせ、目を閉じた。集中力を高めているようだ。
『――ヒコヤイノミコトの名において命じる。汝の聖なる剣を我に。我の此処なる覚悟を汝に。――闇を断つ浄維刃を賜らん……!』
言い終わると……神剣から光の刃が現れ、俺の身体を貫いた。想像以上の衝撃に、膝から崩れ落ちる。
「くっ……」
光の刃が俺の中からジャスラの闇を攫い……宙を舞う。ネイアが両手を広げ、神殿の勾玉へと大きく振った。
すると――神殿の奥へ一斉に吸い込まれていく。その光が、祈り続けている水那の姿を一瞬明るく照らした。
『水那……!』
闇がすべて神殿の勾玉の中へ消え……辺りに静寂が戻る。
『水那……ごめん』
俺は思わず呟いた。
自分のエゴで、水那の負担を増やした気がしたからだ。
『まだ、何年もかかるんだ。だから、どうしても近くにいてほしかった。だから……ごめん』
“――ふふっ……”
水那の声が……胸の中と目の前の姿から聞こえた。
見ると……水那がうっすらと瞳を開けていた。
『起きたのか。……そりゃそうか。あれだけの衝撃があればな』
“……”
水那が少し微笑む。
『……ごめん』
“どうして……謝るの?”
『いや……だって……』
“颯太くんが……自分のためだけに我儘言ったの……初めて……”
『……え……』
“だから……嬉しかった……”
水那はそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。意識がだんだん遠ざかっていくのがわかる。
『……ありがとう……』
こういう時は「ごめん」じゃなくて「ありがとう」だろ、と親父にもよく言われた気がする。
それを思い出して……俺はそっと呟いた。
水那はもう何も答えなかったけど……祈り続けるその表情は、さっきまでよりも柔らかい気がした。
ハールの海岸に着いたとき、ちょうどレジェルに会った。漁に出るエンカを見送り、浜辺で散歩をしていたところらしい。
「ソータさん! お帰りなさい。思ったより早かったですね」
「あ、うん。ネイアに聞きたいことがあったから、とりあえず戻って来た」
「私はこれから、ヤハトラに向かおうと思っていたんです。ミジェルがセイラ様のところに遊びに行っているので、迎えに行こうと思ってたんですよ」
そう言うと、レジェルは丘の上に止めてある馬車――もとい二頭のウパがつながれているウパ車――を指差した。
「それは助かる。乗せてってくれ」
「はい」
レジェルと一緒に丘を登った。
馬車に乗り込み、のんびりとヤハトラに向かう。
「旅は、大変でしたか?」
「んー……かなり。でも、浄化者も見つかったしな」
「えっ! 本当ですか?」
「うん」
「どんな方なんですか?」
「んー……」
言いかけると、上空からバサバサッという音が聞こえ――同時に元気な声が飛び込んできた。
「あー、見つけた!」
「わー、これがジャスラかー」
「サバンナみたいだー」
「サバンナって何?」
「んー……自然のままのとこ?」
見上げると……ユウが手を振っていて、暁とシャロットがはしゃいでいる。
「……うるさいな」
「ようやく出会えたね……長かった」
「たった五日振りだろう!」
「サンはねー、丸一日で来たよ! 最速で飛んだから」
「それなら俺は絶対乗らない」
「えー……」
「面白かったのにね」
「あ、こんにちはー」
レジェルに気づいたシャロットが上空から手を振って挨拶をする。
「こ……こんにちは」
レジェルが目を白黒させながら返す。
そして俺を見ると
「あの……あの人たちが、浄化者ですか?」
と恐る恐る聞いてきた。
「そう。……ガキ二人の方な」
「えーっ!」
* * *
サンがゆっくりと地面に降り立った。背中から三人が飛び下りる。
「こんにちは。ウルスラの王女、シャロットです」
「テスラから来たユウです」
「オレは……テスラから、でいいのかな? まぁいいや。ユウの息子の暁です」
三人が次々と挨拶した。レジェルは慌てふためいたまま
「えっと……私は……何て説明すればいいでしょう?」
と困ったように俺に聞くので
「この子はジャスラの浄化者のレジェルだ。こっちでの俺の仲間だ」
と代わりに紹介した。
「おおー……また仲間が増えた。RPGっぽいな」
「アキラ、RPGって何?」
「ミュービュリの遊び」
「……ふうん?」
暁とシャロットが脳天気な会話をしている。
俺はちょっと眩暈を覚えながら
「とりあえず、ヤハトラに行くぞ。……サンはどうするんだ?」
とユウに聞いた。
「じゃ、サン。しばらくこの辺で遊んでて」
ユウがそう言うと、サンは「キュウ!」と鳴いて飛び立っていった。
こうして俺達五人は馬車でヤハトラに来て……神官の手によって、地下に案内された。
異国の人間ばかりだし、いきなり神殿に通す訳にもいかないよな、と思い、とりあえず神殿からそう遠くはない部屋を一つ用意してもらった。
レジェルはセイラとミジェルに会いにいくと言ったので、途中で別れた。
「朝日はどうした?」
「……まだ研究に手間取ってるらしい。ゲートで直接来るって言ってたけど……」
不満らしく、ユウがちょっと不機嫌そうに答える。
「ま……忙しそうだからな。じゃあ、俺は先にネイアと会ってくるから……お前たちはこの部屋でおとなしくしてろよ」
「わかった」
「はーい」
「りょーかーい」
恐ろしく元気なガキんちょ達に見送られ、俺は部屋を後にした。
* * *
「……ただいま」
神官に案内されて神殿に入ると、赤ん坊を抱えたネイアがいた。
二人目の娘――ケイトだ。半年ぐらい前に生まれた女の子だった。
もう目が開いていて、奇麗な碧色をしている。
「よく戻ったな、ソータ。客人がいるということは……浄化者が見つかったのだな」
「そうなんだが……それは、後でまた相談する」
「……?」
不思議そうな顔をしているネイアをよそに、俺は背中にしょっていた神剣を下ろした。
「それで、ネイア……これが神剣なんだが」
そう言いながら黒い布を取った瞬間――ネイアが目を見開き、俺からパッと離れた。
「……やっぱりネイアもそういう反応になるか」
「何故そんな不安定な状態になっておるのだ。ソータが持っているにも関わらず……ちっとも収まっておらんではないか!」
ひしっとケイトを抱きながら、ふるふると肩を震わせている。
「この鞘は偽物なんだ。剥き出しだと危ないから、とユズルが用意してくれた」
「ユズル……トーマの友人だな」
「そうだ。それで……今、本物の鞘はミュービュリにあるらしい」
「――何だと?」
ネイアが信じられない、という顔で俺を見た。俺は力強く頷いた。
「テスラの女王の託宣だ。……間違いないと思う」
「……」
「で、ネイアに頼みたいことの一つ目は……この神剣の過去を視てほしいってことなんだが……」
「無理だ! 近づくこともできぬのだぞ」
「……みたいだな。じゃあ……こっちの黒い布は?」
俺は剣を覆ってあった布を見せた。
「ずっと神剣に巻きつけてあったらしい。こっちはどうだ?」
「うーん……まあ……それなら……できるかも知れぬ」
ネイアはそれでもあまり気は進まないらしく、深い溜息をついた。
「ただ……恐らくかなり消耗することになると思う。日を改めてくれぬか」
「……そうだよな」
どうせ次元の穴が開くのはまだ先だ。急いでも仕方がない。
「じゃあ……二つ目。テスラの女王と謁見したんだが……条件を出された」
「条件?」
「今は国として動くことはできない。情報が少なすぎるって。一応、俺からジャスラの状況と見てきたウルスラの状況は説明したが……俺の口からじゃなくて、ネイア自身の言葉で勾玉の記憶を教えてくれって」
「わらわの……か」
「テスラでも伝承としては残ってるんだろうけど……確かなところが知りたいんだろうな。でないと、国として協力は無理だと……だから、宝鏡の話も保留になってる」
「ふむ……」
ネイアは少し考え込むと、クスリと笑った。
「さすがは一国を統べる女王だな。女神テスラの系譜は確実に受け継がれている。感情には流されず……理性的に判断する女王であったわ」
「うーん……確かに」
女王もその母も、瞳は奇麗な青色だった。多分……女王の純粋性はきちんと保たれているんだろう。――ウルスラとは違って。
「わかった。本当はわらわが出向いて直々に説明してもよいのだが……まだセイラにすべてを任せることはできん」
「まあ、そりゃそうだろ」
「……書か、何かに込めるか……しかしそれも、かなり時間を要するな。何しろ内容が膨大だ。……しばし待っていてくれ」
「ああ、それは構わない。しばらくジャスラにいようと思っていたし……」
答えながら神剣を元のように背負うと、ネイアはホッとしたように肩から力を抜いた。
どうやら相当イヤな波動を出しているようだな、この神剣は。
「それで――ウルスラの女王はどうだったのだ?」
「物凄い美女だった」
「誰もそんなことは聞いておらん」
ネイアが少し呆れたような顔をした。
「神剣を託されたのならうまくいったのだろうが……どういう風に迎えられたのか、ということだ」
「去年即位したばかりの、かなり若い女王なんだ。それに俺が行った時はちょうど闇が暴れ出そうとしている所で……それを鎮めたから、とても感謝された」
「ふうむ……そうか」
「テスラとは違って国の象徴として存在しているから……何と言うか、華やかな、そこに存在することに意味があるというか……そういう感じかな」
「ずいぶん褒めるな。――ミズナの前だぞ」
俺はちょっとギクッとして神殿の水那を見たけど……水那は祈り続けたまま、ピクリとも動かなかった。
「……女王は、トーマと相思相愛なんだ。他意はないよ。……まあ、いろいろ複雑な事情があるけど」
「な……」
「女神ウルスラに生き写しだった。力もかなり強い、ちょっと特別な女王だと思う。浄化者も、女王の血族だしな」
「何だと!」
ネイアが驚いて大声を出す。ケイトがビクッとして泣き出した。
「おお、ケイト……すまぬの。――ちょっと動揺してしもうた」
ネイアがあやすとケイトはほどなく泣きやみ、にこっと笑った。
ほっと安心したようにネイアも微笑むと、俺の方を見た。
「……すまぬの」
「いや……。それで、多分……ウルスラの女王の純粋性は失われている。その分、力は強いみたいだが……」
「ふうむ……」
「神剣も管理できていなかったしな。その辺りの経緯も、あの黒い布を視ればわかるんじゃないかとは思うが……」
「……わかった。心してかかろう」
ネイアは力強く頷いた。
「あ、ウルスラの浄化者はシャロットって名前の、先代女王のひ孫だ。今日連れてきた。あとは、テスラの浄化者とその保護者がいる。そいつらが差し当たって協力してくれることになっている」
「協力……?」
「テスラの女王が、国としては動けないが、協力者を二人つけてくれたんだ」
「……そうか。立場を重んじながらも、最大限の配慮をしてくれた訳だな」
「ああ」
「そうなると、わらわも応えなくてはなるまいな……」
ネイアはそう言うと、俺の持っている黒い布をじっと見つめ……またもや大きな溜息をついた。
……相当気が進まないようだ。それほど、神剣の放つ力の波動は凄まじいらしい。
俺はジャスラに来てからネイアに頼りっきりだな……。何だか、申し訳ない気持ちになる。
「じゃ、浄化者に会いに行くか? 別室に待たせてあるが……」
とりあえず話題を変えようとそう言うと、ネイアは
「いや、待て。それより、ソータの勾玉の方が先だ」
と言ってケイトを神官に預け、心配そうに俺を見つめた。
「俺の?」
「ジャスラの闇をずっと抱えたままではよくないと言ったであろう。神剣を手に入れたのであれば、もう勾玉は必要あるまい。神剣から勾玉に繋げれば、連絡は取れるのだからな」
前に水那がトーマの持つ神剣と勾玉を繋げたように……か。でも……。
「……やだ」
「何?」
ネイアがピクッと眉を震わせた。俺の身体を心配してくれているのはわかる。
だが……。
俺の胸の中にある勾玉の欠片……ここから、水那の気配を感じる。声を聞くときも、ここから聞ける。
それは……離れていてもずっと一緒にいるようで――今からさらに何年も待たなければならない俺にとっては、とても大事なことだった。
「……ふむ」
俺の気持ちがわかったのか、ネイアはそれ以上追及しなかった。そして諦めたような声で
「ならば、自分に剣の宣詞を使うことだな」
と言った。
「自分に……宣詞……え?」
「神剣によって勾玉の欠片からジャスラの闇を切り離す。恐らく、この神殿の勾玉に移せるはずだ。わらわが補佐する」
「は……」
人にさんざん使ってきたけど、いざ自分に使うとなると……ちょっと怖いな。
「それが嫌なら勾玉の欠片ごと奉納するがよい。それが一番確実だ」
「いや……やるよ」
俺は鞘から神剣を抜くと、顔の前で構えた。
ネイアが俺の命に関わるような提案をするとは思えない。多分、気をしっかり持ってちゃんとやれば可能なのだろう。
ネイアは少し溜息をつくと、神殿の前で両手を合わせ、目を閉じた。集中力を高めているようだ。
『――ヒコヤイノミコトの名において命じる。汝の聖なる剣を我に。我の此処なる覚悟を汝に。――闇を断つ浄維刃を賜らん……!』
言い終わると……神剣から光の刃が現れ、俺の身体を貫いた。想像以上の衝撃に、膝から崩れ落ちる。
「くっ……」
光の刃が俺の中からジャスラの闇を攫い……宙を舞う。ネイアが両手を広げ、神殿の勾玉へと大きく振った。
すると――神殿の奥へ一斉に吸い込まれていく。その光が、祈り続けている水那の姿を一瞬明るく照らした。
『水那……!』
闇がすべて神殿の勾玉の中へ消え……辺りに静寂が戻る。
『水那……ごめん』
俺は思わず呟いた。
自分のエゴで、水那の負担を増やした気がしたからだ。
『まだ、何年もかかるんだ。だから、どうしても近くにいてほしかった。だから……ごめん』
“――ふふっ……”
水那の声が……胸の中と目の前の姿から聞こえた。
見ると……水那がうっすらと瞳を開けていた。
『起きたのか。……そりゃそうか。あれだけの衝撃があればな』
“……”
水那が少し微笑む。
『……ごめん』
“どうして……謝るの?”
『いや……だって……』
“颯太くんが……自分のためだけに我儘言ったの……初めて……”
『……え……』
“だから……嬉しかった……”
水那はそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。意識がだんだん遠ざかっていくのがわかる。
『……ありがとう……』
こういう時は「ごめん」じゃなくて「ありがとう」だろ、と親父にもよく言われた気がする。
それを思い出して……俺はそっと呟いた。
水那はもう何も答えなかったけど……祈り続けるその表情は、さっきまでよりも柔らかい気がした。
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