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放課後 ~後日談~
花束の陰で ~新川透の事情・その2~(後編)
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莉子の母親が、亡くなった。
そのことを知ったとき、俺は医学科の6年で卒業試験の真っ只中。とてつもなく忙しい時期だった。
莉子のアパートも知っている。会うだけならすぐにでも会いに行ける。
だけど俺は莉子の知り合いですらなく、彼女に会いに行ったところで彼女のためにできることなど何一つない。
学校ではどんな様子なのかタケに聞こうにも、タケには莉子のことは何も知らせておらず、どう話したらいいか分からない。
莉子の母親が働いていたもう一つの会社、さくらライフサポート。確か、社長の桜木という人は、母娘と懇意だったはずだ。
清掃先は光野予備校……身体が空いていれば、アルバイト講師として入り込むこともできるのに。
いや待て、俺の部屋の掃除でも依頼してみようか。そうすれば、そこから何か情報が得られるだろうか……。
卒業試験の勉強も手に付かずパソコンの画面を睨んでいたそのとき、スカイプの着信があった。
そう言えばノアからは三日前にも連絡が来ていた。莉子の事情を知った直後で心が乱れていて受信する気になれず、代わりに
『今は忙しい。すまない』
とだけメールを送っておいたんだが。
さすがに続けて無視する訳にもいかない。今度はちゃんと顔を合わせた上で謝らなくては。
そう考えて受信すると、髭面で青い眼鏡姿のノアが画面に映った。
いつも通りの仏頂面。特に怒っている感じではないが……。
“トール”
『ノア。悪い、今は……』
“リコ、調べた”
ノアがパソコンを操作している様子が映る。それと同時に、メールの着信マークがついた。
調べた? 莉子を?
『リコが在籍していた学校のデータ、見た。九月二十五日付で退学している』
『えっ……』
高校を退学? 莉子が?
莉子のお母さんが亡くなったのは、九月十五日だと聞いている。
初七日を終えて、すぐに退学届を出したのか。何てことだ。
高校を辞めてどうする気なんだ。今もあのアパートにいるのか。これから一体……。
『馬鹿なことを! 俺が……』
“彼女は決断した。トールには関係ない”
『か……』
“悔やむぐらいなら、さっさと手に入れておけばよかった”
『お前には言われたくない!』
結局のところ、イザベルを恋人にはできてないじゃないか。
カッとして怒鳴り返すと、青いレンズの向こうのノアの瞳がスッと細く、険しくなった。
“僕は、イザベルの9割は支配している”
たとえ触れられなくても。イザベルのそれが、男女の情愛でなくても。
イザベルの心におけるノアの占める割合は、確かに大きいに違いない。
それが、ノアの核になっている。
ノアの本気の威圧に、少し心が怯む。
思わず画面から目を逸らした。
“リコは、トールを知らない”
『……だから、物事には順序があって。俺の状況とか彼女の年齢とか……』
“関係ない”
『関係ないって……』
“リコの望み、じゃない。すべて、トールの事情”
『……』
“勝手に待つことに決めたのは、トールだ”
ノアの言葉は、まるで死刑宣告のようだった。
確かにそうだ。背後を調べ、莉子の状況を把握し――そうやって情報を集めるだけ集めて、安心していた。
莉子が大人になるまで、ちゃんと恋愛することを考えられる年齢になるまで待とうと……莉子が高3、自分が社会人になる来年になったら、と勝手に決めて。
いつ出会うか、どうやって出会いを演出しようか、などと本当にどうでもいいことを考えていた。
俺は、またうぬぼれていたのだ。出会いさえすれば後はどうにかなる、俺ならどうとでもできるだろうと。
先を見通したつもりになり、既に手に入れた気になっていた。他人の人生は、チェスの駒のようにはいかないというのに。
『……悪かった』
怒鳴ったこと、一瞬でもノアを侮辱したこと……諸々の意味を込めてそう言うと、ノアは
“ん。許す”
と言って頷いた。
“それに、トールの女神のこと。仕方がない”
『……すまない』
ノアに当たるようでは、俺もまだまだだ。少し落ち着こう。
それにしても、なぜノアはこのタイミングで連絡を寄越したのか。
確かにノアには、莉子の話はしていた。しかしノアに与えた情報といえば「七歳下」で「リコ」という名前ぐらいだったはずだが。
いや、ノアならその気になればどれだけでも情報は集められる。でも、これまでそんな素振りは一度も見せたことがなかったのに。
……そうか、俺の様子がおかしかったからか。ノアの着信に応じなかったことは、過去に一度もなかったから。
“『Cute Kitten』は『Cool Panther』だった”
ノアは独り言のように呟くと、
“あとはソレ、見て”
と顎でしゃくった。
ソレ……ああ、メールか。
溜息をつきながら、ノアが送ってくれたファイルを開く。
高校の諸々のデータ。Y大建築志望……まずまずの成績だ。理数系が弱いけど、これからの努力次第ではどうにでもできただろう。どうして高校を辞めたりなんかしたんだ……。
ん? 莉子は高校に単位取得証明書の申請をしたのか。
そして、さくらライフサポートの業務記録。ノアはこんなところまで調べてくれたのか。名簿には『仁神谷莉子』の名前がある。
つまり、莉子は高校を辞めたあと、さくらライフサポートの清掃員として働き始めたということだ。まぁ、桜木社長のお世話になるところまでは、予想通りだが。
しかし何故だ? 高校を辞めざるを得ないほど、財政状況が切迫していたんだろうか。
単位取得……そうか、高認か!
来年春の高卒認定試験さえ通れば、莉子は大学受験をすることができる。高校に通わなくても。
『なる、ほど……』
“彼女は、諦めていない”
どうやら日本の入試制度まで調べたのか、ノアが何もかも解った様子で頷いた。
“恐るべし決断力。トールの女神は強くて危険”
『強くて危険?』
“孤独を恐れない。一切顧みない。トールと似ている”
『え……』
“独りで在り続けるか……知らぬ間に壊れるか”
* * *
ノアが莉子のデータの向こうに何を見たのかは解らないが。
とにかく俺としてはがむしゃらに……だが慎重に保護しに行くしかなかった訳で。
そして実際、莉子は本当に危険だった。どれだけ気をつけても、その範疇を超えた行動をする。
盗撮事件で囮になったと聞いた時には、頭に血が昇って一瞬本気で監禁しようかと思った。何だってそんな突拍子もないことをしでかすのか……。
こうして今――やっと『両想い』と認識させるところまで来た訳だが、ちっとも安心できやしない。俺のことを、いったいどう思っているのか。
こうして莉子の身を案じている人間がいることを、もう少しちゃんと自覚してほしいものだ。
ちなみにノアが俺に情報をくれたのはこのとき限りで、俺が依頼するようなこともノアが勝手に調べるようなこともない。
そんなことをしたら、莉子の前に正々堂々と立てなくなる。
昔の俺ならば、どんな手を使ってでも自分の思い通りに事を動かしただろうが。
◆ ◆ ◆
画面の前のバスローブ姿のノアは、ズズズッと音をさせながらトマトジュースを飲み干すと、満足そうに息をついた。
“ふう、格別”
『それは良かったな。……だがノア、間食もほどほどにしないとイザベルに愛想を尽かされるぞ』
“溜まるものは仕方がない。それに、いつかの為”
『あ、そう』
幼少時から一途に思い続けるが間食もするノアと、策略を巡らしながらも身綺麗なまま虎視眈々とその日を待っている俺。
それはピュアなのか不気味なのか、どっちだろう。
『イザベルは今、恋人は?』
“いる。でもそろそろ終わる。還ってくる頃”
ノアは憮然としながらそう言うと、何やら小箱を取り出した。ピンクの包装紙で綺麗にラッピングされた、1辺7㎝ぐらいの立方体の小箱。
恐らくピアスだろう。イザベルが仕事中も身に付けてくれる、日常的に愛用してもらえる宝飾品となると、それが一番適しているだろうし。
“僕は、バレンタインを他の男に譲ったことはない”
『ほう』
とは言いつつ、今日はもう2月10日。
イザベルを引き戻すために何らかの手を下すんだろうが、不安なんだろうか。
それで俺に連絡を取ってきたのかな、と思うと妙に可愛らしくて、可笑しい。
“トールは、どうする?”
『いや、日本では……』
女性が男性にするもの、と言いかけて言葉が止まった。
国公立前期試験まで、あと二週間。莉子が何かしてくれる可能性は、ゼロに近い。クリスマスイブでさえ、俺には時間をくれなかったし。
莉子に少しでも俺のことを考えてもらうとしたら、ひたすら畳みかけるしかないか。何しろこの点に関しては、正攻法でいくしかないのだから。
『花……だっけ』
“バレンタインと言えば、そうだ”
『莉子に贈ろうと思う。何がいいかな』
“えっ?”
俺に相談されるとは思ってもみなかったのだろう。いつも無表情でボソボソと喋るノアが、ぽかんと口を開けた。
だがすぐにスッとその表情はかき消え、いつもの仏頂面に戻る。
“十代の女の子ならチューリップ、かも”
『へぇ』
“2月の誕生花で、花言葉も良い”
『ふうん……じゃ、調べてみるか。ありがとう、ノア』
“ん。……じゃあ”
心なしか照れたような顔をしたノアは、こくんと頷く。そしてプツン、と画面から消えた。
さて……莉子は、どんな反応をするのやら。
サプライズは好きではないようなことを言っていたが……恥ずかしがり屋だから、二人きりの時に渡すようにすれば問題ないだろう。
喜んでくれれば、いいのだが。
* * *
「……おやすみなさい」
莉子を、玲香さんの家の前まで車で送る。
助手席でチューリップの花束を抱えた莉子が、その陰に隠れるようにしながらポソッと言った。
思いのほか莉子の反応が良く、チョコまで用意してくれたとあって浮かれて暴走してしまった。
いや、あれは莉子が悪い。……と思うのだが、俺が悪いのだろうか?
プロポーズもフライングだったし、じゃあコッチも……という訳にはいかないか。残念だが、致し方ない。
むしろ止めてくれてよかった、とちょっと安心している自分もいる。
やっぱり莉子は、ギリギリのところで俺を止めてくれる人、なのだと思う。
……しかし頬をつねったぐらいで男が止まってくれると思っているところは、迂闊というかアホ可愛いというか。
危機管理についてそのうちきちんと言い聞かせないといけないな、とは思うけれど、俺に対する防御力も上がってしまうので今は黙っておくことにしよう。
「おやすみ。でも、ちゃんと眠れそう?」
「寝るもん!」
莉子はイーッと歯を剥き出すと乱暴にドアを開けて車から降りた。莉子がドアを閉めるのを確認し、軽く手を上げて玲香さんの家の前から走り去る。
バックミラーを見ると、莉子は家の前にポツンと立ったまま、じっと俺の車を見送っている。寒いんだから早く中に入ってくれていいのに、とは思うもののそういう律義な莉子がたまらなく可愛い。
俺にとって唯一の、大切な恋人。
……と、いつになったら自信を持って言えるようになるんだろうか。
俺の先が本当に思いやられる、と思わず溜息をついた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今回のテーマ、『類は友を呼ぶ』。d( ̄▽ ̄*)
そのことを知ったとき、俺は医学科の6年で卒業試験の真っ只中。とてつもなく忙しい時期だった。
莉子のアパートも知っている。会うだけならすぐにでも会いに行ける。
だけど俺は莉子の知り合いですらなく、彼女に会いに行ったところで彼女のためにできることなど何一つない。
学校ではどんな様子なのかタケに聞こうにも、タケには莉子のことは何も知らせておらず、どう話したらいいか分からない。
莉子の母親が働いていたもう一つの会社、さくらライフサポート。確か、社長の桜木という人は、母娘と懇意だったはずだ。
清掃先は光野予備校……身体が空いていれば、アルバイト講師として入り込むこともできるのに。
いや待て、俺の部屋の掃除でも依頼してみようか。そうすれば、そこから何か情報が得られるだろうか……。
卒業試験の勉強も手に付かずパソコンの画面を睨んでいたそのとき、スカイプの着信があった。
そう言えばノアからは三日前にも連絡が来ていた。莉子の事情を知った直後で心が乱れていて受信する気になれず、代わりに
『今は忙しい。すまない』
とだけメールを送っておいたんだが。
さすがに続けて無視する訳にもいかない。今度はちゃんと顔を合わせた上で謝らなくては。
そう考えて受信すると、髭面で青い眼鏡姿のノアが画面に映った。
いつも通りの仏頂面。特に怒っている感じではないが……。
“トール”
『ノア。悪い、今は……』
“リコ、調べた”
ノアがパソコンを操作している様子が映る。それと同時に、メールの着信マークがついた。
調べた? 莉子を?
『リコが在籍していた学校のデータ、見た。九月二十五日付で退学している』
『えっ……』
高校を退学? 莉子が?
莉子のお母さんが亡くなったのは、九月十五日だと聞いている。
初七日を終えて、すぐに退学届を出したのか。何てことだ。
高校を辞めてどうする気なんだ。今もあのアパートにいるのか。これから一体……。
『馬鹿なことを! 俺が……』
“彼女は決断した。トールには関係ない”
『か……』
“悔やむぐらいなら、さっさと手に入れておけばよかった”
『お前には言われたくない!』
結局のところ、イザベルを恋人にはできてないじゃないか。
カッとして怒鳴り返すと、青いレンズの向こうのノアの瞳がスッと細く、険しくなった。
“僕は、イザベルの9割は支配している”
たとえ触れられなくても。イザベルのそれが、男女の情愛でなくても。
イザベルの心におけるノアの占める割合は、確かに大きいに違いない。
それが、ノアの核になっている。
ノアの本気の威圧に、少し心が怯む。
思わず画面から目を逸らした。
“リコは、トールを知らない”
『……だから、物事には順序があって。俺の状況とか彼女の年齢とか……』
“関係ない”
『関係ないって……』
“リコの望み、じゃない。すべて、トールの事情”
『……』
“勝手に待つことに決めたのは、トールだ”
ノアの言葉は、まるで死刑宣告のようだった。
確かにそうだ。背後を調べ、莉子の状況を把握し――そうやって情報を集めるだけ集めて、安心していた。
莉子が大人になるまで、ちゃんと恋愛することを考えられる年齢になるまで待とうと……莉子が高3、自分が社会人になる来年になったら、と勝手に決めて。
いつ出会うか、どうやって出会いを演出しようか、などと本当にどうでもいいことを考えていた。
俺は、またうぬぼれていたのだ。出会いさえすれば後はどうにかなる、俺ならどうとでもできるだろうと。
先を見通したつもりになり、既に手に入れた気になっていた。他人の人生は、チェスの駒のようにはいかないというのに。
『……悪かった』
怒鳴ったこと、一瞬でもノアを侮辱したこと……諸々の意味を込めてそう言うと、ノアは
“ん。許す”
と言って頷いた。
“それに、トールの女神のこと。仕方がない”
『……すまない』
ノアに当たるようでは、俺もまだまだだ。少し落ち着こう。
それにしても、なぜノアはこのタイミングで連絡を寄越したのか。
確かにノアには、莉子の話はしていた。しかしノアに与えた情報といえば「七歳下」で「リコ」という名前ぐらいだったはずだが。
いや、ノアならその気になればどれだけでも情報は集められる。でも、これまでそんな素振りは一度も見せたことがなかったのに。
……そうか、俺の様子がおかしかったからか。ノアの着信に応じなかったことは、過去に一度もなかったから。
“『Cute Kitten』は『Cool Panther』だった”
ノアは独り言のように呟くと、
“あとはソレ、見て”
と顎でしゃくった。
ソレ……ああ、メールか。
溜息をつきながら、ノアが送ってくれたファイルを開く。
高校の諸々のデータ。Y大建築志望……まずまずの成績だ。理数系が弱いけど、これからの努力次第ではどうにでもできただろう。どうして高校を辞めたりなんかしたんだ……。
ん? 莉子は高校に単位取得証明書の申請をしたのか。
そして、さくらライフサポートの業務記録。ノアはこんなところまで調べてくれたのか。名簿には『仁神谷莉子』の名前がある。
つまり、莉子は高校を辞めたあと、さくらライフサポートの清掃員として働き始めたということだ。まぁ、桜木社長のお世話になるところまでは、予想通りだが。
しかし何故だ? 高校を辞めざるを得ないほど、財政状況が切迫していたんだろうか。
単位取得……そうか、高認か!
来年春の高卒認定試験さえ通れば、莉子は大学受験をすることができる。高校に通わなくても。
『なる、ほど……』
“彼女は、諦めていない”
どうやら日本の入試制度まで調べたのか、ノアが何もかも解った様子で頷いた。
“恐るべし決断力。トールの女神は強くて危険”
『強くて危険?』
“孤独を恐れない。一切顧みない。トールと似ている”
『え……』
“独りで在り続けるか……知らぬ間に壊れるか”
* * *
ノアが莉子のデータの向こうに何を見たのかは解らないが。
とにかく俺としてはがむしゃらに……だが慎重に保護しに行くしかなかった訳で。
そして実際、莉子は本当に危険だった。どれだけ気をつけても、その範疇を超えた行動をする。
盗撮事件で囮になったと聞いた時には、頭に血が昇って一瞬本気で監禁しようかと思った。何だってそんな突拍子もないことをしでかすのか……。
こうして今――やっと『両想い』と認識させるところまで来た訳だが、ちっとも安心できやしない。俺のことを、いったいどう思っているのか。
こうして莉子の身を案じている人間がいることを、もう少しちゃんと自覚してほしいものだ。
ちなみにノアが俺に情報をくれたのはこのとき限りで、俺が依頼するようなこともノアが勝手に調べるようなこともない。
そんなことをしたら、莉子の前に正々堂々と立てなくなる。
昔の俺ならば、どんな手を使ってでも自分の思い通りに事を動かしただろうが。
◆ ◆ ◆
画面の前のバスローブ姿のノアは、ズズズッと音をさせながらトマトジュースを飲み干すと、満足そうに息をついた。
“ふう、格別”
『それは良かったな。……だがノア、間食もほどほどにしないとイザベルに愛想を尽かされるぞ』
“溜まるものは仕方がない。それに、いつかの為”
『あ、そう』
幼少時から一途に思い続けるが間食もするノアと、策略を巡らしながらも身綺麗なまま虎視眈々とその日を待っている俺。
それはピュアなのか不気味なのか、どっちだろう。
『イザベルは今、恋人は?』
“いる。でもそろそろ終わる。還ってくる頃”
ノアは憮然としながらそう言うと、何やら小箱を取り出した。ピンクの包装紙で綺麗にラッピングされた、1辺7㎝ぐらいの立方体の小箱。
恐らくピアスだろう。イザベルが仕事中も身に付けてくれる、日常的に愛用してもらえる宝飾品となると、それが一番適しているだろうし。
“僕は、バレンタインを他の男に譲ったことはない”
『ほう』
とは言いつつ、今日はもう2月10日。
イザベルを引き戻すために何らかの手を下すんだろうが、不安なんだろうか。
それで俺に連絡を取ってきたのかな、と思うと妙に可愛らしくて、可笑しい。
“トールは、どうする?”
『いや、日本では……』
女性が男性にするもの、と言いかけて言葉が止まった。
国公立前期試験まで、あと二週間。莉子が何かしてくれる可能性は、ゼロに近い。クリスマスイブでさえ、俺には時間をくれなかったし。
莉子に少しでも俺のことを考えてもらうとしたら、ひたすら畳みかけるしかないか。何しろこの点に関しては、正攻法でいくしかないのだから。
『花……だっけ』
“バレンタインと言えば、そうだ”
『莉子に贈ろうと思う。何がいいかな』
“えっ?”
俺に相談されるとは思ってもみなかったのだろう。いつも無表情でボソボソと喋るノアが、ぽかんと口を開けた。
だがすぐにスッとその表情はかき消え、いつもの仏頂面に戻る。
“十代の女の子ならチューリップ、かも”
『へぇ』
“2月の誕生花で、花言葉も良い”
『ふうん……じゃ、調べてみるか。ありがとう、ノア』
“ん。……じゃあ”
心なしか照れたような顔をしたノアは、こくんと頷く。そしてプツン、と画面から消えた。
さて……莉子は、どんな反応をするのやら。
サプライズは好きではないようなことを言っていたが……恥ずかしがり屋だから、二人きりの時に渡すようにすれば問題ないだろう。
喜んでくれれば、いいのだが。
* * *
「……おやすみなさい」
莉子を、玲香さんの家の前まで車で送る。
助手席でチューリップの花束を抱えた莉子が、その陰に隠れるようにしながらポソッと言った。
思いのほか莉子の反応が良く、チョコまで用意してくれたとあって浮かれて暴走してしまった。
いや、あれは莉子が悪い。……と思うのだが、俺が悪いのだろうか?
プロポーズもフライングだったし、じゃあコッチも……という訳にはいかないか。残念だが、致し方ない。
むしろ止めてくれてよかった、とちょっと安心している自分もいる。
やっぱり莉子は、ギリギリのところで俺を止めてくれる人、なのだと思う。
……しかし頬をつねったぐらいで男が止まってくれると思っているところは、迂闊というかアホ可愛いというか。
危機管理についてそのうちきちんと言い聞かせないといけないな、とは思うけれど、俺に対する防御力も上がってしまうので今は黙っておくことにしよう。
「おやすみ。でも、ちゃんと眠れそう?」
「寝るもん!」
莉子はイーッと歯を剥き出すと乱暴にドアを開けて車から降りた。莉子がドアを閉めるのを確認し、軽く手を上げて玲香さんの家の前から走り去る。
バックミラーを見ると、莉子は家の前にポツンと立ったまま、じっと俺の車を見送っている。寒いんだから早く中に入ってくれていいのに、とは思うもののそういう律義な莉子がたまらなく可愛い。
俺にとって唯一の、大切な恋人。
……と、いつになったら自信を持って言えるようになるんだろうか。
俺の先が本当に思いやられる、と思わず溜息をついた。
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今回のテーマ、『類は友を呼ぶ』。d( ̄▽ ̄*)
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