トイレのミネルヴァは何も知らない・おまけ

加瀬優妃

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待ち合わせ(前編)

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いよいよ莉子が大学に入学しました。
前後編になっています。後編は明日投稿。d( ̄▽ ̄*)
―――――――――――――――――――――――――

 大学の受講ガイダンスも終わり、分厚い単位取得の説明書や登録のためのマークシートを片づける。
 明日には仮登録が始まるし、マンションに帰ったらじっくり見てみないとなあ。
 
 そんなことを考えながら講義室を出て建物の外に出たところで、

「あっ、あの、仁神谷さん。帰りにお茶でも……!」

と、背後から女の子に声をかけられた。
 これが男なら「古いナンパかな」と怪訝に思うところだけど、女の子の声だったので足を止める。

 建築学科の男女比はだいたい3:1といったところ。40人ずつぐらいでいくつかのクラスに分かれていて、ザーッと見たところ、女子は8人と少なめだった。
 ガイダンスの席は自由だったから、何となく女子は同じ場所に一塊になっていて、せっかくだからと軽く自己紹介はしたっけ。
 私の名前を知っているということは、その中の一人のはず。

 でもよく覚えてるなあ、と思いながら振り返ると、長身の女の子がモジモジしながら立っていた。
 黒の肩出しトップスに花柄プリントのタイトスカート、赤いパンプスという、なかなかのイケイケファッション。
 真っ黒でまっすぐな髪はおでこ全開にし、サイドとまとめて後ろでくるりと6の字を作っている。耳には金の細い輪っかのイヤリングがキラリ。メイクもちょっと濃いめ。

 いや、服装と仕草が全然合ってないです、お嬢さん……。
 ものすごい美人、という訳じゃないけど、目がウルウルしてて、唇もポテッとしてて、何か色っぽい子だなあ。
 胸が大きいのが恥ずかしいのか、肩をちょっといからせて両腕で隠すようにしている。これだけプロポーション抜群なら、もっと背筋を伸ばして堂々としていればカッコいいのに。
 服はその色っぽい顔によく似合ってるとは思うけど、あまり着慣れてはいないような?

 割と地味目の恰好が多い中でこの子は明らかに浮いているなあ、とその自己紹介のときも思ったんだった。
 名前、何だったっけ?

「えーと……」
根本ねもと美沙緒みさおと申します。あの、よろしくお願いいたします」

 名前を憶えていない私に気分を害した様子もなく、彼女はすっと頭を下げた。
 私も
「よろしく……」
と応えて頭を下げたものの、何だか不思議な感じがしてまじまじと彼女の姿を見つめた。

 彼女のお辞儀は、身体の前で手を重ねてきっちりと身体を折った、随分と丁寧なもの。その所作はとても優雅だ。
 和服姿の料亭の若女将のようなお辞儀。本当に同い年なんだろうか。

「でも、何で私?」

 この子が座っていた場所は、私からはちょっと離れていた。他の女子は素通りして、なぜわざわざ私に声をかけたんだろう。走って追いかけてきてまで。

「あの、仁神谷さんの服が可愛いから……」
「……は?」
「メイクも上手だし、きっとファッションに詳しいんだろうな、と思って……」

 今日の私の服装は、白いTシャツにベージュのぶかぶかカーディガン、それにデニムのスカートという、超普段着だった。
 そんなにお洒落した覚えもないんだけど……。
 だけどまぁ、これから同じ講義を受けるんだろうし、悪い子ではなさそうだし、お茶ぐらいなら……。

 そう返事をしようとしたところで、私のスカイブルーの鞄がブルルッと振動を伝えてきた。
 メールかな、と思ったけど長い。所々剥げかけたピンクのガラケーを開いてみると、新川透からの電話だった。

 こ、怖いな。タイミングがぴったりだ。
 ガイダンス終了時間は確かに伝えたような気もするけど、ひょっとして私の姿が見えてるんじゃないかと思うときがあるよ。

「もしもし?」

 根本さんに「ごめんね」のジェスチャーをして電話に出る。根本さんはというと、黙って頷き、二、三歩私から離れた。
 多分、会話はなるべく聞かないようにします、という意思表示だろう。やっぱり恰好とは違って、かなり控えめな人柄なんだと思う。

“莉子、……っと、今日はもう、終わった?”

 歩きながら喋っているのか、ところどころ吐息みたいなものが混じる。

「あ、うん」

 とりあえず返事はしたものの、若干顔が赤くなるのが分かる。
 やめてくれませんか、隙なくフェロモン放出するの……。ただでさえ新川透って、電話の声がイイのよ。
 本当に、無自覚って怖いな。

“待ち合わせしよう、東京駅で”
「はぁ?」

 新川透が通う大学は東京の葛飾にあるけど、住んでるのは同じ横浜じゃないの。しかも歩いて3分もかからないぐらいご近所なんだから、こっちに戻ってきてから会えばいいのに。

「何でわざわざ……」
“やってみたいんだよ、待ち合わせ”
「何でまた……あっ、まさか……」
“そうそう、『莉子とやりたいことリスト』の1つ”
「……」

 新川透がいったい何から情報を仕入れて妄想を膨らませているのか、一度膝を突き合わせて問い詰めたいなあ。
 やっぱり少女漫画かな。しかもちょっと古めの。

“じゃあ、17時に東京駅の地下一階広場で”
「地下一階?」
“銀色の鈴が飾られてる場所。有名だから、ググれば分かるよ。タブレット持ってるでしょ?”

 じゃあ楽しみにしてるね、と言ったあと『ちゅっ』とリップ音を響かせ、電話はプツリと切れた。

 お、お前はハリウッド俳優か――! 電話の向こうで照れさせてどうすんだ! 
 あー、アメリカ仕込みですかねぇ。はぁ、熱ぅ。

 あ、そうか、タブレット。GPS付いてるもんねー。そうか、これが動き始めたから電話したのかな。
 ……ちょっとまさか、スマホ眺めてずっと待ってたんじゃないよね?

「……あの、彼氏さんですか?」
「あ、えっ……」

 しまった、根本さんのこと忘れてた。
 お茶に誘ってくれてたのに、うっかり待ち合わせの約束しちゃったよ。

「えっと、まぁ……」
「わ、真っ赤です。仲睦まじいんですね」
「そ、そんなことはないんだけど」

 こういうやりとり、慣れないなぁ。
 それになぜ、私は会ったばかりの人にイジられているのでしょう?
 しかもその羨望の眼差しは何だ。そしてなぜ敬語なんだ。

「あの、ごめんなさい。17時に待ち合わせしてて、お茶はちょっと……」

 本当は根本さんの誘いの方が先だったのに、悪いことをした。
 申し訳なく感じて頭を下げると、根本さんは「いえいえ」と少し微笑みながら右手を振った。全然気にしていない様子だ。

「それはいいんですけど……仁神谷さんの彼氏さんは、どんな方なんですか?」
「えーと……」

 イケメンチートだけどストーカーでちょっとだけ変態です。
 ……とはさすがに言えない。

「ごめんなさい、時間がないから、また今度……。本当にごめんなさい!」

 悪い人ではなさそうだが、なぜ他人の彼氏の話を聞きたがるんだ。
 急に不信感が募ってきて、私は根本さんの質問には答えず会釈だけし、慌てて走り出した。

 時計を見ると、もう15時半。本当はマンションに帰って着替えたかったけど、そんな時間はなさそう。
 どうしてそんなギリギリの時間に設定するのかな、と思いながら、私はキャンパスを出てJRの駅に向かって走り始めた。


   * * *


 確かに、いわゆる『待ち合わせ』というものはしてないな、と列車に揺られながら思った。
 地元にいたときは、いつもアパートの近くのコンビニに迎えに来てもらって目立たないようにさっと車に乗り込む、という感じだったよね。私が埋没していたのもあるけど、新川透ってあの田舎じゃ目立つし……。

 新川透が言っていた東京駅の地下一階広場というのは、待ち合わせ場所の超・定番らしい。
 まぁ東京駅なら人もたくさんいるだろうし、紛れちゃって逆に人目も気にならないだろうし、いいかもしれない。


 ――そう考えていた私は、相当甘かった。
 東京駅についたのは16時20分頃。思ったより余裕があるな、と思いながら迷いつつも調べておいた待ち合わせ場所の近くまで行って……ビタッと歩みを止めてしまった。

 白の丸首Tシャツにブルージーンズ、ベージュのシングルトレンチコートという、特に目立つはずもない恰好をした新川透だったけど――通り過ぎようとしている女子、および同じ待ち合わせをしている風の女子達の注目を一身に集めていた。
 当然ながら新川透はそんな視線は全く意に介さず、明らかな人待ち顔でキョロキョロしている。階段かエスカレーターから来ると踏んで、私が来るのを今か今かと待ち構えている、といったところだ。

 私は迷ったせいで遠回りしてしまったから、新川透の予想とは違うところから来てしまったんだけどね。
 でも、おかげで姿を見つけられなかったし、ある意味助かった。

 え、何で新川透に見つけられると困るかって?
 見つかって
「莉子~」
と満面の笑みを向けられたら、この場が地獄と化すからですよ!

 だってね、女子の皆さんが「いったいどんな女が来るのかしら」とでも言いたげに新川透をチラチラ見てるんだもん!
 だいたい待ち合わせは17時で、今はまだ16時30分を過ぎたところだ。スタンバイ早すぎだよ!
 一体いつからいたのか……周囲の視線が熱すぎる。

 何なの、この半端ない期待値の高さ。こんな状況で
「待った?」
「ううん、ちっとも」
なーんてできないよ!
 絶対、「何であんなのが!?」と思われる! しかも、今日はただの普段着だし!
 ああ、どうして遅刻覚悟でちゃんと盛らなかったのか……。時間に厳しい性格が災いしてしまった。

 ……あっ、また通り過ぎようとしていた女子二人が新川透を見て何かゴニョゴニョ会話してる。
 お願い、そのままスルーして立ち去ってもらえませんか……。
 ああっ、何やら目配せしながら頷いて待ち合わせの人達の中に入ってしまったー! またギャラリーが増えた!
 男の友人が来るかもしれないじゃないか、なぜ待ち構える?

 ……と言いたいところだけど、新川透は妙に嬉しそうだし、そわそわしてるし、どう見てもデートの待ち合わせにしか見えないもんねぇ……。
 お前の期待値も高いな! 待ち合わせにどれだけ幻想を抱いてるんだ!

 人目なんて気にするなって? 無理だよー!
 これはアレよ、新川透にスポットライトが当たってるも同然なんだよ。女子特有の視線と雰囲気で分かるんです。
 どんな女が来るのか見届けてやろうじゃないの、という完全な値踏みモードになってるんだから!

 こういうとき、日陰女子はどうしたらいいのでしょう。
 困ったなあ……。
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