窓際の距離感 Side:明石忠明

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12.2学期のはじまり

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「さぁ諸君、2学期だね」

 担任の飯野は、2学期初日のショートホームルームで妙に元気だった。

「2学期のメインイベントは、11月の文化祭です。今日の6限目にホームルームがあるから、その時間でクラスの出し物を決めます。ちょっとだけ考えててね」
「先生、席替えしたいです」

 誰かが言うと、何人かが賛同の声をあげる。

「ああ、そうだね。さすがに他の先生たちも顔と名前が一致したと思うし、2学期から月1で席替えしよっか。6限目、くじ作ってくるね」
(あ、一応理由あったんだ)

 席替えがないなぁとは思っていたが、充とは席が近いのでいいかと思っていた。

「はーい、それでは先に出し物を決めます。文化祭は自主性・協調性・創造性を高めることや、文化芸術に触れることを目的としたものです。ただのお祭りじゃないってことを念頭において出し物を第三希望まで決めてください」

 ホームルームが始まると、飯野は一気に説明した。予算3万円、だめなものは公序良俗に反するもの、危険なもの、と黒板に書いていく。

「それでは、ここから自主性に任せるので、クラス委員の進行でお願いします。まったく案が出ないようなら過去の例を教えるけど一度は自分たちで考えてね」

 クラス委員は男女1名ずついて後藤と馬場だ。二人は慣れた様子で進行を始めた。中学でも引き受けてきたのかもしれない、と忠明は思った。

「それじゃ、まずは案がある人は挙手して――……って、挙手するわけないよね。投票用紙を配るので、一人一案書いて投票してください」

 小学生の高学年くらいから挙手をするのは気恥ずかしいという風潮がある。それを深く理解しているような馬場の言葉に、誰も特に反対しなかった。
 忠明はカフェと書いて提出した。無難で楽そうなもの、と考えたときに思いついたものだ。
 投票をして、開票していく。
 カフェという意見は多かったが、ただのカフェと猫耳カフェ、メイドカフェなどカフェの種類で別の票として集計されたのでカフェは伸び悩んだ。
 結果は、劇だ。組織票を感じさせる多数の票により、劇に決まった。
 それどころか――……。

「明石くんをお姫様役に推薦します!」

 そんな声があがり、すぐさま賛同の声が上がる。賛同の声はほぼ女子で、間違いなく既に結託している。

(お……おれは、確かに可愛いけれども……!)

 忠明は戸惑っていた。教室全体が忠明の返事を待っている。

「……おれは、おれをバカにしたいためにやれって言われてるならしない」

 忠明がはっきり言うと、教室はシンと静まり返った。

「そんなことない!」
「明石くん、本当に似合うと思うから!」
「見たいの!」

 次々と女子たちから声が上がる。しかし、その熱意が返って忠明の警戒心を強めた。心臓が小刻みに鳴り、手のひらに嫌な汗が浮かぶ。

「それでは、明石くんが主役に賛成の人は――……」

 どうやったら断れるのか、そればかり考えていたら「俺は」と後ろから声が聞こえてきた。振り返ると、充が真っすぐに進行の二人を見ていた。

「俺はやるやらないは本人が決めることだと思うけど」

 立ちもせず、ポケットに手を突っ込んだままぼそりと言う。忠明の視線を追ってクラスメイトたちの視線が充に集まる。

「劇なんて本当に成功させようと思ったら、やりたい人がやるべきだろ。見世物じゃねぇんだから」

 充のその言葉に、忠明は少し安堵した。充はそれきり何も言わず、窓の外に広がる廊下を見ていた。

(充がいるから、大丈夫――……)
「それで、見世物にしたいんじゃないなら、どうしておれなの? 本当のことを話してくれるなら少しは考える」
「わ、私が、手芸部なんだけど、ドレスを作ってみたくて。それで、みんなはそれで協力してくれてて……」

 女子の一人、望月が立ち上がって顔を真っ赤にして発言する。忠明は彼女がこんなに喋るところを見たことがなかった。

「明石くんを選んだのは、その……本当に似合うと思ったからで……」

 望月がますます顔を赤くする。

「み、見世物にしたいとかバカにしたいとか……そんなこと本当に思ってなくて……」

 最後の方は声が震えていた。ほとんど泣き出しそうだ。

(これ断ったら、おれ悪者じゃん……)
「嫌なら流されんなよ」

 後ろからボソリと言われて、「そこまで嫌じゃないんだよな」と返事してしまった。さらりと出てきた言葉だったが、本心だった。

「望月さんがおれをモデルにしてドレスが作りたいってことだよね。いいよ、それなら」
「えっ、いいのか!?」

 クラスを代表するように山内が言う。

「おれが可愛いのは本当だし……。でもおれ、他人から可愛いって言われるの嫌いなんだよ。似合ってるはいいけど、誰も可愛いって言わない条件なら、いいよ」
「美しいは?」
「いいよ」
「いいんだ……」
「あと似合う前提なんだな……」

 クラスの男子たちがどよめく中、「もう一つ条件がある」と言った。

「脚本は充がチェックする。こいつなら誰にも気を使わないから」
「えっ」

 後ろから声が聞こえたが、気にしない。

「それじゃあ、えっと、条件は可愛いって言わないことと、宇治川くんが脚本をチェックすること? みんないい?」

 そうして何の劇なのかも決まっていないのに、忠明が姫役ということだけ決まってしまった。服飾担当リーダーが望月、脚本リーダーが坂東という女子に決まり、脚本チームが次回のホームルームまでにあらすじを決めてくるというところまで決定してホームルームは終わった。
 ホームルームの内容について、飯野は何も言わなかった。

「それではこのままショートホームルームをやって、それから席替えのくじ引きをします」

 席替えでは、充とは席が離れてしまった。
 忠明は窓際の一番後ろと、これまでの廊下側の一番前の席とは対角の位置への移動になった。隣の席に本郷、前の席に衛藤が座った。

「あの、明石くん」
「?」

 望月がもじもじと立っていた。何か話があるのかと思えば、もじもじしているばかりで何も言わない。

「あー、あの、役のことなら気にしてないよ。それじゃ」
「あのっ、そうじゃなくて」
「……何?」
「採寸……、させてほしくて」
「今?」
「あっ、用があるなら、明日でも」
「用はないけど」

 要領を得ない望月に、だんだん忠明の言葉数が減っていく。ふと横を見ると、充が声をかけるのを待っていそうな様子でこちらを窺っている。話しかけろ、と目で合図すると充は短くため息をついて話しかけてきた。

「忠明、帰ろう」
「それじゃ。おれ帰るから、……てか、劇の内容決まってからにしてくれる?」
「う、うん」
(けっこう面倒かもしれない……)

 その予想は、的中してしまうのだった。
 文化祭の出し物が決まった翌日から、昼休みになるたびに女子たちに呼び止められた。脚本のアイデア出しに、衣装の打ち合わせに、と理由は様々だ。今日も脚本チームが呼んでいた。脚本はゼロから書くつもりはないらしく、元になる話をアレンジするとのことだった。

(文化祭までまだ2ヶ月あるんだけど!?)

 とはいえ、唯一出演が決まっている忠明の意見を尊重してくれるのはありがたかった。

「……いいとは言ったけどさ、おれ演技はできないよ。姫は主役じゃなくてもいいんじゃないかと思うんだけど」
「あぁ、そっか。あくまでもアヤカのドレスのために出てくれるってことね」

 正確には自分のためだ、と思ったが忠明は何も言わなかった。断った方が面倒そうだったから、などと坂東に言ったらそれも面倒なことになりそうだ。結託した女子というのは、とにかく受け流すに限る。
 忠明が何も言わない間にも坂東は「それなら元ネタの幅も広がるか」と考え込んでいた。

「それか、他にも出演する人を決めて考えるのはどう? メインで役をやりたいって人いないのかな。坂東さんは女子で誰か聞いてないの?」
「……自ら男子のお姫様の引き立て役をやりたい女子がいると思う?」

 その言葉に(やられた!)と思った。坂東の言葉の裏に潜む本当の意図が、急に見えてきた。

「……えっ、じゃあ女子は誰も出るつもりないの?」
「いいじゃない。歌舞伎とかは男性が女形もやるし」

 忠明はそこで確信した。望月のドレス作りなんて、ただの切り口に過ぎなかったのだ。女子たちは最初から全員裏方に回るつもりで、望月のドレスという大義名分を使って忠明を巻き込んだ。そしてその流れで男子全員を舞台に立たせる。誰も引き立て役はやりたくないという口実で、演技は全員男子の役。そうすれば、女子は恥ずかしい思いをすることなく、ドレスづくりや脚本など、自分たちのやりたい表現ができる。
 忠明が引いている気配を察してか、坂東は一度わざとらしく咳ばらいをして「それじゃ、授業が始まるからまたあとで」と言った。
 忠明はその日の体育のとき、早めに更衣室に移動するように要請してクラスメイトの男子に呼びかけた。

「女子は文化祭の劇出る気ないらしいんだよ」

 忠明が事情と推測を説明すると、「そういうことかよー」と口々に嘆く。

「劇なら、当日の拘束時間短いしな」
「でも恥ずかしいのは嫌だから、作戦立てたってことか」
「うわー、明石くんはその計画のために女装役を押し付けられたってこと?」
「そう。男子の引き立て役なんか嫌って言って断るつもりみたいだ」

 ほぼ全員が口々に文句を言う中、後藤が「……え、でもよくね?」と言った。一気に後藤に視線が集まる。注目されることに慣れていない後藤は一瞬緊張したような様子を見せたが、すぐに考えを口にした。

「俺たちが全員出て、準備は女子に任せればいい。俺たち、それまではセリフとフリ覚えるだけ、当日恥かくだけで終わりだし」
「恥かくのは普通に嫌だけど……」
「全員でならいいだろ」
「音響とか照明の機材を運んだり大道具づくりしたりする方が大変だと思うけどな」

 充が言うと、「そうか、高校はそういうの自分たちでやるのか」と誰かが言った。

「え、みんな中学でやんなかった? おれの中学、照明とか幕の操作が人気だったな」

 忠明が記憶を手繰り寄せながら問う。忠明の通っていた野田中では、照明担当は男子に大人気だった。

「西中では音響照明は先生がやってたな」
「中央中も。たぶん壊した代があったんだよな」
「晴沢市内の中学は大体そうだろうな」

 男子の結論は、本郷が言った「じゃあ、大変な方をやってもらおうぜ」でまとまった。

「男子全員出るなら、舞踏会があるしシンデレラがいいなー。坂東さんにシンデレラ希望ついでに言っとくな」
「あくまでも女子が嫌がってるなら仕方なくって感じでな」
「おれの演技力が試されるな」

 忠明が少しズレた気合を入れて臨んだ放課後、坂東に「男子は全員で出たいって」と伝えると特に不審に思われることもなくあっさりと了承された。

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