窓際の距離感 Side:明石忠明

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15. 自覚

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 充が休み時間にトイレに行っている間に、山内が忠明の机を両手でバンッと叩いた。

「ちょっと来て」
「えー、何?」

 山内はぐいぐいと忠明の腕を引っ張って教室の外の人気のない場所に連れてきた。

「昨日、宇治川が松島に友達紹介するって言われてたんだよ」
「え、うん。知ってる」
「ついて行こうぜ」
「え?」
「邪魔すんだよ」
「悪趣味……。行かない」
「またまたー、気になってるんだろ? あいつ、明石には甘いし明石がいたらガチギレはしないだろ? 来てくれ!」
「怒られるってわかってるんじゃん」

 山内のことは悪趣味だと思うものの、気になるのは事実だった。忠明が行くかどうかの返事をせずにいると、山内の死角になる場所にそっと後藤が近づいてくる。

「あとは後藤にバレないようにだけ気を付ければ……」
「バレてるぞ」
「!?」

 コントのようなタイミングだった。結局、忠明はなし崩し的に放課後に山内に連れていかれることになったのだった。
 充と松島の後をつけていくと、二人はファミレスに入った。しばらく窓の外から見ていたが、後藤が店に入ろうと言い出した。

「何人か客が入ってるけど、二人とも入り口を見ない。遅れるって連絡きてるのかも。たぶん店に入ってもバレないよ」
「遅刻魔だもんな」

 山内は誰が来るのか見当がついているような口ぶりだった。
 3人は店に入ることにした。充とは完全に目が合ったが、充は少し眉をひそめただけだった。席は自由に選べたが、近くの席は埋まっていたため松島の死角になる斜め後ろの席を選んだ。

「おれ、何か食べようかな」
「金持ちだな。俺はドリンクバーだけでいいや」

 充は松島と向かい合って座っていて、無言のようだった。

「今のうちに課題するから、相手がきたら教えて」

 課題を終えても忠明が頼んだパフェがきても、松島の友人は現れなかった。沈黙に耐えられなくなったらしい充と松島が何か話していたが、あまりよく聞き取れなかった。
 やがて、松島が席を外し、すぐに誰かを連れて戻ってきた。その子の声はよく通った。

「キョウコなんだけど、杏子って書くのでアンって呼ばれてます。……。あ、宇治川くんだよね! 知ってる! あのね、マッツに紹介してってお願いしたのは理由があって」

 アン。忠明の周りにはあまりいなかった明るいタイプの女の子だ。ボブがよく似合っている。自ら名乗っていたニックネームと薄めのそばかすが、赤毛のアンを連想させた。
 松島が何か言ってアンが座ると、先ほどよりは聞き取りづらくなったものの、アンの声だけは相変わらず聞こえてきた。

「写真を撮らせてほしいんだよね!」

 思わず向かいに座る後藤と目を合わせる。山内を見ると、彼も困惑顔だが、なんだか少し嬉しそうだ。

「え、どういうこと?」
「松島は昨日、宇治川に彼女がいるかって聞いてたんだけど……。彼女がいないなら、友達紹介していいかって」
「え? うん、まぁ、別に嫌いではないけど……、好き? では、ないかなぁ」

 アンが言う。おそらく松島が、充への好意を確認したのだろう。
 好きではないというはっきりした言葉に、山内はますます笑顔で勢い余ってテーブルを叩いていた。
 その後も聞こえてくるアンの声だけを頼りに話を聞いていると、どうやら本当に写真を撮りたいというだけの依頼のようだった。
 忠明は充が断るだろうと思っていたが、明るく華やかな「やったー!」という声が聞こえてきたことに少し驚いた。
 そうこうしているうちに、充が立ち上がってこちらを見た。充が席を立ってこちらに向かってくるのが見えた。

「やべぇ、バレてんじゃん」
「おれはけっこうずっと目が合ってたよ」

 充に押しやられてソファー席の奥にずれる。充は座るとすぐに口を開いた。

「で? 何してんだ?」
「何って、お前がフラれんのを見にきたんだよ!」

 山内が笑顔で言うのをフンと鼻で笑い、後藤を見る。忠明にははっきりと「邪魔をする」と言っていたが、少し変わっていた。

「後藤がそういうの興味あるとは思わなかった」
「いい雰囲気になったら邪魔するっていう山内を止めるためにね、仕方なく」
「忠明は?」
「おれがいたら充がガチギレまではしないからって山内に無理やり」
「山内、お前なぁ」

 松島とアンが席を立って近付いてくる。見つめ合う――というほど甘い状況ではないが、睨み合う充と山内は気付いていないようだった。

(今日こういうの見るの、2回目だな――……)
「最低だね」

 足を止めて早々に松島がバッサリと切り捨てる。山内が息を止めるように黙り込むと、少し遅れて充も松島をみた。
 山内は、首を傾げるアンをチラチラと見て髪を少し整えた。

(あ、もしかして山内って……)

 後藤に目配せし山内とアンを見ると、後藤は小さく頷いた。

(だから邪魔を……?)
「友達の足を引っ張ろうとする人に惹かれる人間なんていないよ」
「松島さん、もうそのへんで」
「顔も性格も悪くてどうすんのよ」
「おっとこれはオーバーキル……」

 止めようとした忠明に構うことなく松島が手痛い言葉を吐き捨てた。後藤はどちらかというとこれを止めたかったのかもしれない、と両手で顔を覆う後藤を見て思った。
 アンはというと、状況を理解していない様子で首を傾げていた。

「や、山内もいいとこあるからさ、ほら、忠明の次に気軽に話しかけてくれたのが山内だったし。俺はそこまで怒ってないっつーか」

 先ほどまで苛立っていた充が慌ててフォローしていたが、山内はお金を置いて帰ってしまった。
 気まずい空気の中、とりあえず水を飲む。

「おれたちも出よっか」

 忠明が言うと、後藤が頷き充も立ち上がった。前と松島とアンが歩き、話が聞こえない程度の距離を保って3人で歩く。

「ごめんな、俺がもっと強く山内を止めれたらよかったんだけど」
「後藤は悪くないよ」
「山内がちょっと可哀想ではあったけど」
「あー……、あいつ中学のときもあんな感じで女子にガツンと言われてヘコんだことあるけど1週間後には復活してたから、あんま心配しなくて大丈夫だよ。ちょっとは学習してほしいよ」

 やれやれ、というように後藤が言う。クラス委員だから山内のことを気にかけているのかと思っていたが、どうやら中学の頃からこの関係のようだった。

「山内と中学一緒なんだっけ? 彼女たち二人も?」
「そう。憎めないやつなんだけど女子ウケは悪いよね」
「軟派な奴だもんなぁ」

 充がいうと、後藤はハハハと乾いた笑いを返した。

「確かに、ちょっと言動が軽いよな。一途と真逆の行動に見える。女好きって感じで……」
「あー、笹野さんが、そういうのがかっこいいって中学の頃に言ったことがあって」

 笹野というのはアンの名字らしい。忠明は(フルネームは笹野杏子、か)とインプットした。

「それって、けっこう不幸な空回りしてない?」
「まぁ、そういうわけで、本当に最悪な事態はどうにか止めたくて小言の一つや二つ言いたくなるんだよ」
「放っておくほど嫌な奴でもないもんね」
「俺に対してはけっこう嫌な奴だけどな」

 充がボヤいたあたりで、ちょうど駅前の分かれ道になった。

「あ、じゃあ、おれと充はこっちだから」
「うん。それじゃまた明日。二人とも、送るよ」

 後藤がさっと松島と笹野のもとへ駆け寄る。
 充と二人で歩くのは、少しだけ気まずかった。何を話そうか迷っていると忠明の家の近くまできていた。シンプルに思ったことが口からこぼれる。

「……彼女できなかったな」
「できなかったな」
「いやもう、完全にそれしかないと思ったんだけどな……。前フリが『彼女いるの? え、いないなら友達紹介していい?』だもん」
「充もそういうので浮かれるんだなーって、なんか安心した」
「笑うなって」

 充が軽く肘で小突く。

(おれが、嫌だと思ったなんて言えるわけもないけど)

 腕が触れ合うほどの距離で並んで歩くと、心臓がとくんと鳴る。

(それにこれが体の拒否反応なのか心の反応なのか、わからないけど――……)

 左手でそっと心臓のあたりに手を置いてみる。

(おれは、充に一番近いこの場所は誰にも譲りたくないみたいだ)

 そんなことを忠明が考えているなど微塵も思っていないような笑顔で充は忠明を見た。
 翌日から、放課後の劇の練習がないときはカメラを持った笹野が常に傍にいるようになった。笹野がきたときは、高確率で山内も寄ってくる。充は早い段階で笹野のことを気にせずに過ごし始めていたが、忠明の方が参ってしまいそうだった。
 モヤモヤしていたところで忠治から連絡があり、久しぶりに実家に帰った。どうやら忠明の誕生日を一足先に祝いたかったらしい。前日は友達と祝うだろうから1週前でと言われたが、特に予定はなかった。
 自分から誕生日を祝ってくれとも言えないなぁと考えながら登校した月曜日、河合が話しかけてきた。

「ねぇ、これ明石くん? 宇治川くんとサンモいた?」
「サンモ……、サンライズモール? 充とサンモなんて行ったことないけど」

 河合が見せてきた携帯電話の画面には、充と恵が写っていた。どこか、細い通路にあるベンチで笑って話している。

「あ、これおれのイトコの恵。元々こいつが充と友達で、その繋がりで充と話すようになったんだよ」

 通りすがりの本郷がのぞき込んでくる。

「あー、この写真、俺も回ってきた」
「え」
「なんか、明石が女装してるっつって」
「いや別人なんだけど」
「宇治川といるからそうとしか見えないのはあるかもな……」
(ていうか、なんで充と恵が出かけてるんだよ。しかもこの恵の服、かなり頑張ってんじゃん……)

 モヤモヤっと心臓のあたりが苦しくなる。自分の知らないところで噂が回っていることも嫌だし、充と恵がデートしているというのも嫌だった。

「……とりあえず、体育祭のときにおれと恵と充の3人で撮った写メがあるから、訂正してもらったりできる?」
「あー、体育祭! そういえば明石くんに似てる女の子見たかも」
「俺にも送って。訂正送っとくから」

 河合と本郷にメールを送ると、二人は「似てるね」と不要な感想を述べた。
 充には問いただせなかった。付き合っていると認められたら、どう反応していいかわからなかった。
 ずっとモヤモヤしていた放課後、また笹野が撮影しにきた。昼のこともあり、もう限界だった。

「もうシャッター音聞きたくない……」

 楽しく話していても、ふとカシャッという音がすると盛り下がるような気がしていた。

「忠明、今日は先に帰るか?」
「うん……。充は、撮影が早く終わるようにあの子に協力して」
「協力っつても、撮りたいのは自然体らしいからなぁ。まぁ、頑張ってみる」

 一人で帰るのは久しぶりだった。ほぼ毎日忠明の家に来ていた充は笹野がいる間はまっすぐ本来の家の方に帰るようになった。

(……静かだな)

 一人の家で膝を抱えて、静まり返った部屋で時計の秒針が刻む音を聞く。充が置いていった部屋着に気付いて、それを抱きしめていたら、いつの間にか寝落ちていた。
 起きたときに抱きしめたままだったそれに、忠明は一人で「あー!」と声を上げた。起き抜けでかすれていたので、近所迷惑ではなかったと信じたいところだ。

「変態か、おれはっ」

 部屋着を洗濯機に突っ込んでから学校へ向かう。朝は、笹野がいない時間だ。

「忠明」

 充は、朝に忠明を見つけるといつも大きな犬のように駆け寄ってくる。そんないつもの光景に、忠明は「ふっ」と笑った。

(あー、会えると嬉しいとか、もう完全に好きなんじゃん)

 充は女性が好きな男性だ。それは最近、痛いほど知った。
 忠明を見て男は可愛くないと言ったことも、忠明には嬉しいことだった。しかしそれは、好かれないことと同義だった。
 ジクジクと痛む胸の奥が、少しだけ重くなる。
 男嫌いの男が恋に落ちたのは、男だった。

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