モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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治癒魔術科

学科ごとに分かれる導線は、思っていた以上に明確だった。
正門から中庭へ伸びる回廊を境に、十二の学科はそれぞれ異なる方向へ流れていく。
制服の色味や装飾、持っている道具の違いで、誰がどの学科か一目でわかるのが面白い。

治癒魔術科は、魔術科と騎士科に挟まれるような位置にあった。

理由は明白だ。

怪我をするのは、主にこの二科。
特に騎士科は――言うまでもない。

中庭を抜け、池のある回廊を左に折れると、治癒魔術科の講義棟が見えてきた。
白を基調とした落ち着いた建物で、窓が多く、柔らかな光が差し込んでいる。

(……思ったより、病院っぽい)

そんな感想を抱きつつ、教室に入る。
席は自由。
私は窓際の後ろ寄りを選んだ。
視界が広いと落ち着くし、何かあった時に観察しやすい。

寮生活組の生徒は意外と多く、同じ寮の顔もちらほら見える。
ヴィルとは学科が違うから、今頃は騎士科で剣でも振っているのだろうか、と思った瞬間。

――カツン。カツン。

廊下の向こうから、重たい足音と笑い声。
覗かなくてもわかる。

(騎士科だ……)

この距離感。
近すぎず、遠すぎない。

“すぐ呼べる位置”に配置されているのが、治癒魔術科なのだと、初日から理解させられた。

ほどなくして、教壇に初老の先生が立った。
白衣ではなく、どこか軍医のような服装。
背筋が伸び、目つきは鋭い。

「――詠唱とは心!
 魔法とは気合い!
 魔力とは気迫である!」

教室が、しん……と静まり返る。

(……根性論!?)

思わず心の中で突っ込んだ。

「心と思考だけでは“届かぬ場所”があるのです。最後に背中を押すのは、気合いです」

先生の声は低く、よく通る。
ただの精神論ではない、と直感的にわかった。

「治癒魔術師に必要なものは五つ。体力、気力、魔力、技術、判断力」

板書されていく言葉を、私は真剣に書き写す。

(……医療現場は過酷、だよね)

前世の知識が、ひっそりと重なる。
患者の命がかかる場面で、冷静さと同時に踏み込む覚悟が必要になることを、私は知っている。

「座学だけで人は救えません。基礎体力、怠るなかれ」

続く授業は、容赦なかった。
魔力循環の理論説明の後、すぐに軽いランニングとストレッチ。

(魔術学園……だよね? ここ……)

汗をかきながらも、不思議と嫌ではなかった。
むしろ、納得できる。

「そして――」

先生は教壇に戻り、ゆっくりと周囲を見渡した。

「騎士科とは、切ってもきれない科です」

その一言で、廊下の騒がしさが頭をよぎる。

「前線に立つ者が倒れた時、
 最後に命を繋ぐのは誰か。
 あなた方です」

胸の奥が、静かに熱くなる。

(……守りたい)

父や母、辺境で働く騎士や領民の顔が浮かぶ。
綺麗事ではない。
でも、だからこそ、この道を選んだ。

授業の合間、窓の外を見ると、中庭を挟んで騎士科の訓練場が見えた。

剣を振るう姿。真剣な眼差し。

(……あ、ヴィルいる)

すぐに見つけてしまうのが、幼馴染の不思議なところだ。
彼は、私に気づくはずもなく、仲間と笑いながら剣を構えている。

(お互い、違う場所にいるんだな)

でも、それでいい。
騎士科と治癒魔術科は、交わる運命にある。

私は、モブ令嬢として生きる。
だけど、誰かの命を繋ぐ“役割”は、決してモブではない。

教室に戻る足取りは、思ったよりも軽かった。
少しだけ、未来が楽しみになっていた。

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