モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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筋肉と気合いと

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学園の石畳を踏みしめるたび、脚がじわじわと抗議してくる。
夕方の空は茜色に染まり、回廊の影が長く伸びていた。
昼間の喧騒が嘘のように、今は風の音と自分の呼吸だけがやけに大きい。

 正直に言おう。
 今日は、限界だ。

「……つ、つかれた……」

声に出した瞬間、どっと疲労が押し寄せる。
頭の奥では、なぜか先生の声が反響していた。

(気合いです! 最後は気合い! 魔力は気迫!)

――やめてほしい。
もう十分、脳内で反復再生されている。

「き……筋肉が……」

歩きながら、ふらりとよろける。
視界がぐらつく。

「ニンニク……ちがう……筋肉……」

「おい、呪文詠唱みたいになってるぞ」

隣を歩くヴィルが、肩越しにこちらを見て苦笑した。
騎士科の訓練帰りでも平然としているあたり、さすがだ。

「相当、堪えてるな」

「……クッ……」

悔しいけれど否定できない。
私は治癒魔術師科。
前線に立たない代わりに、倒れた人を“確実に”救う役目だ。
わかってはいた。
わかってはいたけど――。

「入学時の準備の時、配られた教材の中に……ダンベル……ダンベルがあった意味が……今……わかった……」

絞り出すように言うと、
ヴィルが一拍置いてから――。

「ぶはっ」

盛大に吹き出した。

「や、やっぱりか!
 俺、あれ見た時『治癒魔術師科も大変だな』って思ったんだよ!」

「笑うなぁぁ……!」

力なく拳を振り上げるが、全然怖くない。
むしろ、悔しいくらいに楽しい。

そんなやり取りをしていると、不意にヴィルが立ち止まった。

次の瞬間、頭に温かい重み。

「今日はお疲れ様。よく頑張ったな。偉いぞ~」

わしゃわしゃと、遠慮なく頭を撫で回される。

「ふっ……ふはははは!!」

変な笑いが出た。

「もっと撫でろ!!」

「ははは! やっぱりアイナだな!」

その言葉に、ふと笑いが止まる。

「……は?」

「いや、こっちの話」

ヴィルは照れたように視線を逸らし、再び歩き出した。
夕暮れの光が、その背中をやわらかく照らす。

――幼馴染。
ただそれだけの関係のはずなのに、こういう瞬間が妙に心に残る。

寮の門が見えてきた。
治癒魔術科の寮は、白い壁と蔦に覆われた静かな建物で、どこか病院にも似た安心感がある。

「じゃ、また明日」

「おう。また明日な」

短い別れの言葉。
それだけで、十分だった。

部屋に戻ると、まず鞄を放り出し、靴を脱ぎ捨てる。
身体はバキバキ。
肩も背中も脚も、全部が主張してくる。

それでも――。

「……ベッド……」

ふわふわのベッドに倒れ込んだ瞬間、世界が溶けた。

日記帳を引き寄せ、半ば反射で開く。
今日の出来事が、次々と頭に浮かぶ。

(合同訓練、想像以上に過酷。
 ビンタは本当に必要。
 筋肉は裏切らない。たぶん)

ペン先が紙の上を滑り、文字が少し歪む。
それでも、書くのをやめなかった。

(でも……楽しい)

その一言を書いたところで、瞼が限界を迎える。

「……こりゃ……堪らん……」

わっふー、と意味不明な声を残して、意識が沈んでいく。

外では、学園の鐘が静かに一日の終わりを告げていた。
アイナの一日は、筋肉痛と一緒に、穏やかに幕を下ろした。

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