モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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エルンスト

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胸の奥が、どくん、と強く鳴った。
危険を察知した時の鼓動とは、まるで違う。
さっきまで身体を縛っていた恐怖が、別の熱に塗り替えられていく。

視線が合った瞬間だった。

路地の向こう、夕方の光を背にして立つ青年。
整った姿勢、騎士特有の無駄のない動き。
青い髪がわずかに風に揺れ、薄い青の瞳が静かにこちらを捉えた。

――エルンスト。

喉が勝手に名前を作ってしまった。

「エルンスト……」

口に出した瞬間、はっと我に返る。
今のは完全に独り言だ。
けれど彼は、穏やかに首を傾げてこちらを見た。

「うん?」

近い。
距離も、声も、思っていたよりずっと近い。

アイナは慌てて一歩下がり、深く頭を下げた。

「あ、あの! 本当にありがとうございます! 助けていただいて……本当に……!」

言葉が溢れて、上手く整わない。
それでも、胸の奥から出てきた感情は全部本物だった。

「気にするな」

彼は淡々と、けれど冷たくはない声でそう言った。
視線は真っ直ぐで、余計な感情を含まない。

「無事でよかった。この通りは、人目が少ない。女性ひとりで通るべき場所じゃない」

「はい……物珍しくて……」

自分でも、軽率だったと思う。
異世界散策に浮かれすぎた。
治癒魔術科で叩き込まれた「判断力」が、完全に置き去りだった。

「気を付けるといい」

それだけ言って、彼は一歩引いた。
距離を詰めすぎない、完璧な線引き。

そのときだった。

「アイナ! どうした!?」

防具屋を覗いていたはずのヴィルが、こちらへ駆け寄ってくる。
状況を一目見て察したらしく、表情が一気に険しくなった。

「……もう大丈夫だ」

エルンストが短く言う。
それ以上の説明は不要だと言わんばかりだった。

「では」

軽く会釈をして、彼はその場を去っていく。
背中は真っ直ぐで、迷いがない。

「あ! 本当に、ありがとうございました!」

思わず追いかけるように声をかけると、彼は一瞬だけ振り返り、微笑んだ。

それは、騎士としての礼儀の中にある、ほんの少しの柔らかさだった。

――行ってしまった。

緊張が一気に抜け、膝が少し笑う。

その肩に、ヴィルの手が置かれた。

「……大丈夫か?」

「うん」

頷いた直後、胸の奥から別の感情が噴き出す。

「カッコイイ!!」

「……は?」

「さすがだわ……あの対応、あの距離感、あの声……完璧すぎる……」

ぶつぶつと感想を垂れ流し始めたアイナを見て、ヴィルが一瞬固まった。

(ビクッ)

「……もう平気そうだな」

「うん! めちゃくちゃ元気!!」

さっきまでの恐怖は、どこかへ消えていた。
代わりに残ったのは、胸がじんわり熱くなる感覚。

街の喧騒に戻り、並んで歩き出す。
いつもの道、いつもの距離。

それでも世界が少しだけ違って見えた。

(エルンスト……)

攻略対象。
乙女ゲームの中では、誠実で王道な騎士枠。

――でも今は。

現実に生きていて、確かに私を助けてくれた人。

ふと、遠くの通りに視線を向けると、見覚えのある二人組が目に入った。

桃色の髪が揺れ、隣に並ぶ銀髪の青年。
一定の距離を保ちながら歩く姿は、まるで一枚の絵画のようだった。

(あっ、ヒロイン)

「相変わらず、絵になる二人だなぁ……」

正直、王子様ルートを全力で眺めたかった。
壁ドンも、裏庭イベントも、全部特等席で見たかった。

「甘いお菓子が食べたい!!」

「さっき食べてただろ」

「別腹だよ!」

ヴィルの呆れ顔を横目に
スイーツ屋を目指して歩き出した。

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