16 / 209
君を見つける瞳
窓の外を、ぼんやりと眺めていた。
中庭を横切る学生たち。回廊を行き交うローブの色。
風に揺れる木々の葉が、午後の光を受けてきらきらと反射している。
……いつもなら。
こうして外を見ていると、無意識に探すのはヴィルだった。
背が高くて、赤茶の髪で、歩き方に癖があって。
訓練帰りなら、遠目でもすぐにわかる。
なのに最近は。
(……あ)
自分でも驚くほど自然に、別の人影を見つけてしまう。
青い髪。
すっと伸びた背筋。
無駄のない所作。
(エルンストだ)
見つけた瞬間、胸の奥がきゅっと鳴る。
理由は、まだよくわからない。
(さすがだわ……本当に、かっこいい)
騎士科の訓練を終えて戻るところなのか、少し汗を含んだ髪が光を受けている。
その姿を目で追っている自分に気づいて、はっとした。
――いけない、いけない。
私はモブ。
私はモブ令嬢。
恋愛イベントは観察する側。
そう言い聞かせて、視線を逸らす。
けれど。
回廊で、すれ違った時。
ほんの一瞬、顔を上げただけだった。
それなのに。
目が、合った。
(……っ)
心臓が、変な跳ね方をする。
すぐに逸らそうとしたのに、間に合わなかった。
エルンストの瞳が、確かにこちらを捉えていた。
(……あ、いい香りした)
すれ違いざま、ふわりと届いた匂い。
革と金属と、石鹸みたいな、清潔な香り。
なんでこんなことまで意識してるの!?
内心で慌てながら、足早にその場を離れた。
合同訓練の合間。
治癒魔術科が待機している端の方で、
魔力調整をしながら周囲を確認していると。
(……あっ)
また、視界に入る。
剣を構えるエルンスト。
額にうっすら汗を浮かべながら、相手の動きを冷静に見据えている。
(あっ、エルンストだ)
名前を思い浮かべただけで、胸の奥が少し熱くなる。
その時だった。
エルンストが、こちらを向いた。
真正面から、視線が重なる。
(……瞳……)
あんな色をしていたんだ。
薄い青。
澄んでいて、深くて。
氷のようなのに、不思議と冷たさを感じない。
(……綺麗な色してるな……)
次の瞬間。
エルンストが、ふっと口元を緩めた。
ニコッ。
それは、ほんの小さな笑みだった。
戦場では見せないであろう、柔らかい表情。
胸の奥が、きゅっと持ち上がる。
(……っ)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
気づいたら、私も笑っていた。
無意識だった。
止める暇なんてなかった。
すると、エルンストが軽く手を挙げた。
(……え?)
誰に?
周囲を見渡す。
……方角的に。
どう考えても。
(こっち……?)
彼は、少し首を傾げる。
その仕草が、思った以上に自然で。
(……かわいいな)
――いやいやいや!!
何を考えてるの私!!
さらに、エルンストは右手の二本指を目元に当て、
そのまま、こちらへ向けた。
(……あ)
それ、知ってる。
訓練でやった。
騎士科と治癒魔術科で共有している、簡易の手信号。
「目を離すな」
「見ている」
「こちらを確認しろ」
つまり。
(……え、私!?)
声に出す前に、身体が反応してしまった。
ガタッ!
盛大な音を立てて、椅子から立ち上がる。
周囲の視線が、一斉に集まる。
先生が、わざとらしく咳払いをした。
「ゴホン……お手洗いかな?」
「わ、わ、わ、わ、わ……そうです!!」
自分でも何を言っているかわからないまま、
アイナは勢いよく全力でその場を飛び出した。
走る。
とにかく走る。
目的地は――女子トイレ。
回廊を駆け抜け、扉を開け、個室に駆け込む。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
心臓が、うるさい。
呼吸が整わない。
背中を預けて、ずるりと座り込んだ。
「……え?」
息を整えながら、頭を抱える。
「なんで……?」
頬が、熱い。
耳まで赤い気がする。
そうだ。
当たり前のことなのに、今さら気づいてしまった。
目が合う、ということは。
――相手も、こちらを見ているということだ。
それを、私はずっと、
「自分が見ているだけ」だと思っていた。
(……見られてた、の?)
そう考えた瞬間、
胸の奥が、また小さく跳ねた。
アイナは、深く息を吸い込む。
(……落ち着こう)
私はモブ。
私は観察者。
これはただの、偶然。
そう、言い聞かせながら。
けれど。
その事実が、今になって、じわじわと胸に広がっていった。
その日の午後。
窓の外を見るたびに、
無意識に青い髪を探してしまう自分がいることを、
まだ、認める勇気はなかった。
中庭を横切る学生たち。回廊を行き交うローブの色。
風に揺れる木々の葉が、午後の光を受けてきらきらと反射している。
……いつもなら。
こうして外を見ていると、無意識に探すのはヴィルだった。
背が高くて、赤茶の髪で、歩き方に癖があって。
訓練帰りなら、遠目でもすぐにわかる。
なのに最近は。
(……あ)
自分でも驚くほど自然に、別の人影を見つけてしまう。
青い髪。
すっと伸びた背筋。
無駄のない所作。
(エルンストだ)
見つけた瞬間、胸の奥がきゅっと鳴る。
理由は、まだよくわからない。
(さすがだわ……本当に、かっこいい)
騎士科の訓練を終えて戻るところなのか、少し汗を含んだ髪が光を受けている。
その姿を目で追っている自分に気づいて、はっとした。
――いけない、いけない。
私はモブ。
私はモブ令嬢。
恋愛イベントは観察する側。
そう言い聞かせて、視線を逸らす。
けれど。
回廊で、すれ違った時。
ほんの一瞬、顔を上げただけだった。
それなのに。
目が、合った。
(……っ)
心臓が、変な跳ね方をする。
すぐに逸らそうとしたのに、間に合わなかった。
エルンストの瞳が、確かにこちらを捉えていた。
(……あ、いい香りした)
すれ違いざま、ふわりと届いた匂い。
革と金属と、石鹸みたいな、清潔な香り。
なんでこんなことまで意識してるの!?
内心で慌てながら、足早にその場を離れた。
合同訓練の合間。
治癒魔術科が待機している端の方で、
魔力調整をしながら周囲を確認していると。
(……あっ)
また、視界に入る。
剣を構えるエルンスト。
額にうっすら汗を浮かべながら、相手の動きを冷静に見据えている。
(あっ、エルンストだ)
名前を思い浮かべただけで、胸の奥が少し熱くなる。
その時だった。
エルンストが、こちらを向いた。
真正面から、視線が重なる。
(……瞳……)
あんな色をしていたんだ。
薄い青。
澄んでいて、深くて。
氷のようなのに、不思議と冷たさを感じない。
(……綺麗な色してるな……)
次の瞬間。
エルンストが、ふっと口元を緩めた。
ニコッ。
それは、ほんの小さな笑みだった。
戦場では見せないであろう、柔らかい表情。
胸の奥が、きゅっと持ち上がる。
(……っ)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
気づいたら、私も笑っていた。
無意識だった。
止める暇なんてなかった。
すると、エルンストが軽く手を挙げた。
(……え?)
誰に?
周囲を見渡す。
……方角的に。
どう考えても。
(こっち……?)
彼は、少し首を傾げる。
その仕草が、思った以上に自然で。
(……かわいいな)
――いやいやいや!!
何を考えてるの私!!
さらに、エルンストは右手の二本指を目元に当て、
そのまま、こちらへ向けた。
(……あ)
それ、知ってる。
訓練でやった。
騎士科と治癒魔術科で共有している、簡易の手信号。
「目を離すな」
「見ている」
「こちらを確認しろ」
つまり。
(……え、私!?)
声に出す前に、身体が反応してしまった。
ガタッ!
盛大な音を立てて、椅子から立ち上がる。
周囲の視線が、一斉に集まる。
先生が、わざとらしく咳払いをした。
「ゴホン……お手洗いかな?」
「わ、わ、わ、わ、わ……そうです!!」
自分でも何を言っているかわからないまま、
アイナは勢いよく全力でその場を飛び出した。
走る。
とにかく走る。
目的地は――女子トイレ。
回廊を駆け抜け、扉を開け、個室に駆け込む。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
心臓が、うるさい。
呼吸が整わない。
背中を預けて、ずるりと座り込んだ。
「……え?」
息を整えながら、頭を抱える。
「なんで……?」
頬が、熱い。
耳まで赤い気がする。
そうだ。
当たり前のことなのに、今さら気づいてしまった。
目が合う、ということは。
――相手も、こちらを見ているということだ。
それを、私はずっと、
「自分が見ているだけ」だと思っていた。
(……見られてた、の?)
そう考えた瞬間、
胸の奥が、また小さく跳ねた。
アイナは、深く息を吸い込む。
(……落ち着こう)
私はモブ。
私は観察者。
これはただの、偶然。
そう、言い聞かせながら。
けれど。
その事実が、今になって、じわじわと胸に広がっていった。
その日の午後。
窓の外を見るたびに、
無意識に青い髪を探してしまう自分がいることを、
まだ、認める勇気はなかった。
あなたにおすすめの小説
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~
百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!?
男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!?
※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)
miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます)
ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。
ここは、どうやら転生後の人生。
私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。
有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。
でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。
“前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。
そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。
ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。
高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。
大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。
という、少々…長いお話です。
鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…?
※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。
※ストーリーの進度は遅めかと思われます。
※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。
公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。
※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中)
※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。
ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。
これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。
そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ!
そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――?
おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!?
※小説家になろう・カクヨムにも掲載
心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。
三月べに
恋愛
古川七羽(こがわななは)は、自分のあか抜けない子どもっぽいところがコンプレックスだった。
新たに人の心を読める能力が開花してしまったが、それなりに上手く生きていたつもり。
ひょんなことから出会った竜ヶ崎数斗(りゅうがざきかずと)は、紳士的で優しいのだが、心の中で一目惚れしたと言っていて、七羽にグイグイとくる!
実は御曹司でもあるハイスペックイケメンの彼に押し負ける形で、彼の親友である田中新一(たなかしんいち)と戸田真樹(とだまき)と楽しく過ごしていく。
新一と真樹は、七羽を天使と称して、妹分として可愛がってくれて、数斗も大切にしてくれる。
しかし、起きる修羅場に、数斗の心の声はなかなか物騒。
ややヤンデレな心の声!?
それでも――――。
七羽だけに向けられるのは、いつも優しい声だった。
『俺、失恋で、死んじゃうな……』
自分とは釣り合わないとわかりきっていても、キッパリと拒めない。二の足を踏む、じれじれな恋愛模様。
傷だらけの天使だなんて呼ばれちゃう心が読める能力を密かに持つ七羽は、ややヤンデレ気味に溺愛してくる数斗の優しい愛に癒される?
【心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。】『なろうにも掲載』