モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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治癒に好意をのせる

合同訓練は、いつの間にか「特別」ではなくなっていた。
まだ五ヶ月にも満たないのに、身体も心も、この場の空気に慣れてしまったらしい。

「初めは、ほんとに死にかけてたのにね」
「俺、今じゃ新しいダンベル選びにハマってる」
「回復した姿を見ると、達成感がすごいよね」

B班の仲間たちの会話には、笑いが混じる。
恐怖で固まっていた最初の頃とは違う。
あの野外訓練を越えてから、騎士科も治癒魔術科も、顔つきが変わった。覚悟と自信が、はっきりと宿っている。

――来る。

感覚が先に告げる。

ドーーンッ!

「右!」
声が飛ぶより早く、身体が動いた。
重りのついた足でも、自然に跳べる。

「わっしょーい! また飛んできたー!」
「いきます!」

「構え……展開!」

白い光が広がり、慣れたリズムで治癒が回る。
回復の波が安定していくのが、はっきりとわかる。

その中で――
惚けた目をした騎士科の男子が、ふらりとこちらに向かってきた。

「……アイナ嬢……俺と……」

伸びてくる手。
反射的に、ビンタの構えに入る――はずだった。

ドンッ、カラン……。

え?

視界の端に、見慣れた影。
エルンストが、間に入っていた。

「――っ!」

間髪入れず、B班の女子が前に出る。
バシバシバシバシバシーン!

「戻ってこい!」
「意識! 今どこ行ってた!」

「いってぇ……はぁ……」

騎士科の男子が正気に戻るのを横目に、エルンストがこちらへ歩いてくる。

「治癒を頼めるか?」

低く落ち着いた声。
それだけで、胸が小さく跳ねた。

「は、はい!」

詠唱に意識を集中させる。
――治れ。治れ。

近づいた瞬間、ふわりと香りがした。
鉄と風と、どこか温度のある匂い。

(……この香り)

胸の奥が、じんわりと熱を持つ。

(好き……)

自覚する前に、感情が先に流れ込んでいた。

(あなたが……好き……)

光が広がる。
いつもより、柔らかくて、どこか淡い色が混じる。

エルンストの目が、はっきりと見開かれた。

「……」

はっと我に返る。

「ビ、ビンタいきます!」

ペチン。

……軽い。
あまりにも、軽すぎる。

エルンストは一瞬きょとんとして、それから片手で口元を隠し、視線を逸らした。

「……感謝する」

短くそう言って、背を向ける。
その耳が、ほんのり赤い。

(……え?)

気づいた瞬間、今度はこっちの顔が熱くなる。

「アイナ! 左へ飛んで!」

「はい!」

反射的に跳ぶ。

ドキャッ!

また誰かが吹っ飛んできた。

「危なかったぁ! ありがとう!」
「いえいえ! 次、来ます!」

息を整えながら、配置を確認する。
気を抜く暇はない。

けれど――
治癒を流すたび、胸の奥に残る感覚が、少しだけ変わっていた。

ただ命を繋ぐための魔術。
そこに、確かに、感情が乗ってしまった。

それが良いことなのか、悪いことなのか。
まだ、わからない。

ただひとつ確かなのは。

今日の合同訓練は、いつも以上に――
心まで、気が抜けない一日になりそうだ、ということだった。


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