モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

文字の大きさ
36 / 209

放課後のお出掛け

放課後の街は、学園とはまるで別の顔をしていた。
石畳は夕陽を反射して淡く輝き、人の声や店先の呼び込みが重なって、どこか浮き立つ空気が漂っている。

夏季休暇に実家へ帰る準備。
その名目で、私とヴィルは街へ繰り出していた。

両親へのお土産はもちろん、辺境を守っている騎士団の方々、屋敷でお世話になっているメイドや執事たちの分も考えると、量はなかなかのものになる。

「これも入れて……あ、こっちも……」

次から次へと選んだ品を、マジックバッグへ放り込んでいく。
中に入っているはずなのに、重さはほとんど変わらない。

「金持ちの家に生まれて良かった!」

思わず本音が口から飛び出すと、隣でヴィルが肩をすくめた。

「はいはい。羨ましい限りですなー」

「ヴィルが欲しいものがあれば言って? 一応、付き添いなんだからさ」

そう言うと、彼は一拍置いてから、いつもの調子で口角を上げた。

「じゃあ、お前かな」

「バカ! 私は世界でたった一つの限定品なわけよ!? 軽々しく売るわけにはいかないゾ」

「ははは。確かにそうだな」

冗談を投げ合いながら歩くこの時間は、気を張る必要がなくて心地いい。
訓練も授業も忘れて、ただ街を歩いて、好きなものを選んで、笑うだけ。

なんという解放感だろう。

「開放されるー!!」

「だから、店の前で叫ぶな。ドア開けたらさっさと歩け」

そんなやり取りをしながら、最後の店を出る。
両手は空でも、マジックバッグの中身はすでにぎっしりだ。

気兼ねなく買い物ができるというだけで、こんなにも心が軽くなるなんて。
ストレス解消という言葉の意味を、今なら胸を張って理解できる。

街を離れ、学園へ戻る道。
空はすでに夕陽に染まり、橙と紫が溶け合うように広がっていた。
一日の終わりを告げるように、風が少しだけ涼しくなる。

「じゃあ、俺はこっちだな」

寮の分かれ道で、ヴィルが足を止める。

「はーい! おやすみー!」

軽く手を振って、私は治癒魔術科の寮へ向けて歩き出した。

……その時だった。

視界の端に、動かない影が映った。

ベンチ。
夕暮れの中庭。
そこに腰掛けていたのは――

エルンストだった。

心臓が、どくりと音を立てる。
意識する前に、視線が引き寄せられていた。

彼も、こちらに気づいたらしい。
立ち上がることはせず、ただ静かに顔を上げる。

視線が絡んだ。

訓練場とは違う。
張りつめた空気も、号令もない。
ただ、夕暮れの中で、互いに存在を認識しただけなのに。

「……戻ったか」

少し低い声。
短い言葉なのに、妙な圧を感じる。

「へ?」

間の抜けた声が出てしまった。
何を言われたのか、一瞬理解が追いつかなかったからだ。

エルンストは立ち上がり、ベンチの前に一歩出る。
夕陽を背にしたその姿は、やけに真剣で、逃げ場を与えない雰囲気があった。

「少し……話せるか?」

その一言で、空気が変わった。

冗談ではない。
訓練の延長でもない。
はっきりと、“個人”として向けられた言葉。

ふわりと風が吹き、私の髪を撫でた。
昼間の喧騒が嘘のように、周囲は静かだ。

胸の奥が、ぎゅっと締まる。

ヴィルと過ごした、気さくで楽しい時間。
笑って、ふざけて、何も考えずにいられた数時間。

その余韻が、急に遠く感じられる。

目の前にいるのは、
私を守り、命を救い、
そして――私の心を、確実に揺らしている人。

「……はい」

短く答えると、エルンストはわずかに目を細めた。
それが安心なのか、覚悟なのか、私にはまだわからない。

ただ一つ確かなのは。

この放課後は、
ヴィルとの“いつもの日常”から、
エルンストとの“何かが変わる時間”へと、静かに切り替わったということだった。

夕暮れの中庭で。
風に揺れる木々の下で。

私は、次の一歩を踏み出してしまった。


感想 28

あなたにおすすめの小説

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

前世の記憶しかない元侯爵令嬢は、訳あり大公殿下のお気に入り。(注:期間限定)

miy
恋愛
(※長編なため、少しネタバレを含みます) ある日目覚めたら、そこは見たことも聞いたこともない…異国でした。 ここは、どうやら転生後の人生。 私は大貴族の令嬢レティシア17歳…らしいのですが…全く記憶にございません。 有り難いことに言葉は理解できるし、読み書きも問題なし。 でも、見知らぬ世界で貴族生活?いやいや…私は平凡な日本人のようですよ?…無理です。 “前世の記憶”として目覚めた私は、現世の“レティシアの身体”で…静かな庶民生活を始める。 そんな私の前に、一人の貴族男性が現れた。 ちょっと?訳ありな彼が、私を…自分の『唯一の女性』であると誤解してしまったことから、庶民生活が一変してしまう。 高い身分の彼に関わってしまった私は、元いた国を飛び出して魔法の国で暮らすことになるのです。 大公殿下、大魔術師、聖女や神獣…等など…いろんな人との出会いを経て『レティシア』が自分らしく生きていく。 という、少々…長いお話です。 鈍感なレティシアが、大公殿下からの熱い眼差しに気付くのはいつなのでしょうか…? ※安定のご都合主義、独自の世界観です。お許し下さい。 ※ストーリーの進度は遅めかと思われます。 ※現在、不定期にて公開中です。よろしくお願い致します。 公開予定日を最新話に記載しておりますが、長期休載の場合はこちらでもお知らせをさせて頂きます。 ※ド素人の書いた3作目です。まだまだ優しい目で見て頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。 ※初公開から2年が過ぎました。少しでも良い作品に、読みやすく…と、時間があれば順次手直し(改稿)をしていく予定でおります。(現在、146話辺りまで手直し作業中) ※章の区切りを変更致しました。(9/22更新)

心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。

三月べに
恋愛
古川七羽(こがわななは)は、自分のあか抜けない子どもっぽいところがコンプレックスだった。 新たに人の心を読める能力が開花してしまったが、それなりに上手く生きていたつもり。 ひょんなことから出会った竜ヶ崎数斗(りゅうがざきかずと)は、紳士的で優しいのだが、心の中で一目惚れしたと言っていて、七羽にグイグイとくる! 実は御曹司でもあるハイスペックイケメンの彼に押し負ける形で、彼の親友である田中新一(たなかしんいち)と戸田真樹(とだまき)と楽しく過ごしていく。 新一と真樹は、七羽を天使と称して、妹分として可愛がってくれて、数斗も大切にしてくれる。 しかし、起きる修羅場に、数斗の心の声はなかなか物騒。 ややヤンデレな心の声!? それでも――――。 七羽だけに向けられるのは、いつも優しい声だった。 『俺、失恋で、死んじゃうな……』 自分とは釣り合わないとわかりきっていても、キッパリと拒めない。二の足を踏む、じれじれな恋愛模様。 傷だらけの天使だなんて呼ばれちゃう心が読める能力を密かに持つ七羽は、ややヤンデレ気味に溺愛してくる数斗の優しい愛に癒される? 【心が読める私に一目惚れした彼の溺愛はややヤンデレ気味です。】『なろうにも掲載』

乙女ゲームのモブに転生していると断罪イベント当日に自覚した者ですが、ようやく再会できた初恋の男の子が悪役令嬢に攻略され済みなんてあんまりだ

弥生 真由
恋愛
『貴女との婚約は今夜を持って破棄させて貰おう!』  学園卒業祝いの夜会の場に、凛と響いた王太子殿下の一声。  その瞬間、私は全てを思い出した。  私が前世ではただの手芸とゲームが好きなインドア派女子大生だったこと。そして、ゲーム世界に転生して尚も趣味は変わらず、ライバルキャラですらないモブになってしまっていたことを。  幼い頃に一度出会ったきりの初恋の彼と学園で再会出来たらなぁ、なんて淡い期待を抱いて通っていたのに、道理で卒業式までなんにも起きなかったわけだ。  ーーなんて、ひとり納得していたら。  何故だが私が悪役令嬢の断罪イベントの目撃者として名指しされ、一気に渦中の人物に!?  更に、王太子以外の男性陣は皆様悪役令嬢に骨抜き。なので自然と私には、彼女の潔白に繋がる証言が求められる。  しかしながら、私は肝心の事件の日の記憶が訳あって曖昧だったので、致し方なく記憶を呼び覚ます治療を受けさせられる羽目に。  タイムリミットは1年間。  その1年間の私への護衛につけられたのは、悪役令嬢に心奪われた初恋の彼でした。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

モブ令嬢、当て馬の恋を応援する

みるくコーヒー
恋愛
侯爵令嬢であるレアルチアは、7歳のある日母に連れられたお茶会で前世の記憶を取り戻し、この世界が概要だけ見た少女マンガの世界であることに気づく。元々、当て馬キャラが大好きな彼女の野望はその瞬間から始まった。必ずや私が当て馬な彼の恋を応援し成就させてみせます!!!と、彼女が暴走する裏側で当て馬キャラのジゼルはレアルチアを囲っていく。ただしアプローチには微塵も気づかれない。噛み合わない2人のすれ違いな恋物語。