モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

文字の大きさ
49 / 92

辺境訓練の現実

しおりを挟む
翌朝から、空気が違っていた。

夜明け前の冷たい風が、肌を刺す。
城内の訓練場に集まる騎士団と訓練参加者たちの表情は、学園で見てきたそれとはまるで別物だった。

軽口はない。
笑顔もない。
あるのは、研ぎ澄まされた緊張と、静かな覚悟だけ。

――ここは、辺境伯領。

我が家の領地は、魔の森を抱え、巨大な湖を越えれば隣国と接し、さらに未踏破の天然ダンジョンまで点在している。
陸の魔物だけじゃない。水棲魔物、飛行系、群れで襲う獣型。

つまり。

戦場が、日常だ。

城下には冒険者ギルドがあり、武器屋、錬金術師、行商人、そして戦いに慣れた領民たちが暮らしている。
規模だけ見れば、王都に劣らない。

……なんて言ったら、父に怒られるかもしれないけど。

それだけ広いということは、それだけ守るものが多いということだ。
賊の討伐も、魔物の排除も、「特別な任務」じゃない。

当たり前の日常。

誰だ。
学園の外は平和だなんて思ったやつ。

現実は、こんなもんよ。

「現実はね……過酷なもんよ……」

ぼそっと呟いた私の横で、ヴィルが肩を竦めた。

「またなんか言ってる」

いつものやり取り。
なのに、今日はその声が少し低い。

今日は、実戦。

辺境訓練という名の、本物の戦場。

訓練場の壇上に、指揮官たちが上がる。
その中に――私は、自然と視線を向けていた。

エルンスト。

騎士たちの中でも、一段と目を引く立ち姿。
鎧に身を包み、無駄のない動きでそこに立つ姿は、学園で見ていた彼よりも、ずっと現実的で、ずっと遠く感じた。

紹介と挨拶が始まる。

彼の名が呼ばれた瞬間、周囲の空気がわずかに引き締まるのがわかる。
信頼されている。
それが、はっきりと伝わってくる。

その横で。

ヴィルの雰囲気が、がらりと変わった。

背筋が伸び、呼吸が浅くなり、纏う圧が重くなる。
いつもの幼馴染じゃない。
辺境伯領の騎士としての顔。

「……ヴィル?」

思わず声をかけると、彼は一瞬だけこちらを見た。
その瞳は、真剣で、少しだけ焦りを含んでいた。

「アイナ……俺から離れるなよ?」

低く、強い声。

冗談でも、軽口でもない。
命令に近い響き。

理由を聞こうとして、言葉が喉に詰まった。
今は、聞くべきじゃない。
そう直感が告げていた。

「……うん」

頷くことしか、できなかった。

私の視線は、再び壇上へ戻る。
エルンストは前を向いたまま、微動だにしない。

でも――

なぜか、ほんの一瞬。
こちらを見た気がした。

錯覚かもしれない。
それでも、胸の奥がきゅっと締まる。

これは、学園の延長じゃない。
恋を眺める場所でもない。

命を守る場所。
奪われないために、戦う場所。

そして私は、もう「モブ」でいるつもりはない。

エルンストの隣に立つ未来を、はっきりと意識してしまったから。

重たい空気の中、指揮官の号令が響く。

辺境訓練、開始。

――ここからが、本当の現実だ。



しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

逆ハーレムの構成員になった後最終的に選ばれなかった男と結婚したら、人生薔薇色になりました。

下菊みこと
恋愛
逆ハーレム構成員のその後に寄り添う女性のお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?

夕立悠理
恋愛
 ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。  けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。  このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。  なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。  なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

処理中です...