モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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完全に理解してしまう瞬間

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壇上に立つ男を見た瞬間だった。

胸の奥が、ぎしりと音を立てて軋んだ。

整った姿勢。
余計な力の入っていない立ち方。
視線ひとつで場を制する圧。

――エルンスト・トゥルぺ。

学園で何度も剣を交えた相手。
強い。
それは、もう嫌というほど知っている。

だが。

ここは学園じゃない。
ここは――俺とアイナが生まれ育った場所だ。

ネルケ辺境伯領。
俺の縄張り。
俺が、アイナを守ると決めた土地。

なのに。

なぜ、あいつが、そこに立っている。

指揮官の隣。
まるで当然のように。
この場に“受け入れられている”という顔で。

ざわめく騎士団。
冒険者たちの視線。
領民の期待。

「……ふざけるな」

喉の奥で、低く呟いた。

あいつは客だ。
一時的な参加者だ。
それなのに――

まるで最初から、ここにいるべき存在のように見える。

そして。

俺は、見てしまった。

壇上のエルンストが、視線を落とした先。
ほんの一瞬だけ、柔らかくなる目。

――アイナ。

胸が、はっきりと痛んだ。

違和感が、形になる。
点だったものが、線になり、面になる。

思い返せば、そうだ。

野外訓練。
あの日。

俺が追いついた時には、
すでにエルンストがアイナを抱き留めていた。

「俺が背負う」

あの時の声。
迷いがなかった。

俺の役目だった。
ずっと、俺の役目だったはずなのに。

治療室で眠るアイナ。
無意識に呼ぶ名前。

――エルンスト。

その事実を、
俺はずっと、見ないふりをしていた。

だが今。

壇上で、堂々と立つエルンスト。
それを見上げるアイナ。

彼女の表情。

……なんだ、その顔は。

不安でも、警戒でもない。
信頼。
期待。
そして――

恋をしている女の顔。

喉が、きゅっと締まる。

ああ。

理解してしまった。

学園で、何が起きたのか。
野外訓練で、何が決定的になったのか。

アイナは、
もう“幼馴染の俺だけを見る存在”じゃない。

エルンストは、
彼女の世界に、深く入り込んでいる。

それも――
俺が守ると誓った場所にまで。

ぐちゃり、と感情が歪む。

奪われる。

このままじゃ、奪われる。

周囲はもう、
「アイナの相手」として、あいつを認識し始めている。

領主様。
両親。
騎士団。

――手が届かなくなる。

その恐怖が、背骨を駆け上がった。

だったら。

間に合ううちに。

理性が、最後の警鐘を鳴らす。

――やめろ。

――それ以上考えるな。

だが、もう遅い。

頭の中に浮かぶのは、
アイナの体温。
幼い頃から知っている匂い。
この腕に収まる感触。

俺のものだ。

ずっと、俺のものだった。

なら――
既成事実を作ればいい。

そうすれば、
誰も奪えない。

エルンストだろうと。
侯爵家だろうと。
世界だろうと。

俺の縄張りで。
俺のやり方で。

視線を落とすと、
アイナが心配そうにこちらを見ていた。

「ヴィル? 大丈夫?」

その声。

優しくて、無防備で。

……ああ、ダメだ。

この子を、失うなんて、耐えられない。

「アイナ」

低く、確かめるように名前を呼ぶ。

「俺から離れるなよ?」

冗談めかした口調。
だが、内側では必死だった。

頷くアイナ。

その仕草すら、
他の男に見せたくない。

胸の奥で、何かが完全に壊れた音がした。

守るだけじゃ、足りない。

縛らなきゃ。
囲わなきゃ。
奪われる前に、奪わなきゃ。

俺は、
幼馴染じゃなくなる。

――アイナを、手放さない男になる。

その決意が、
辺境の重い空気の中で、静かに固まっていった。






ヴィル視点
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