モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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幼馴染と私だけ

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崩れた。

そう感じたのは、音よりも先だった。

地面を踏み抜くような衝撃。
魔の森の奥で、何かが“意図的に”ずれた気配が走る。
叫び声と怒号が重なり、視界が一瞬、煙と粉塵で遮られた。

「陣形を保て!」
「後衛、下がれ!」

飛び交う指示。
けれど、その一つだけが、わずかに遅れた。

――違う。

遅れたんじゃない。
外された。

「アイナ!」

ヴィルの声が、やけに近い。
次の瞬間、私の腕を強く引く力が加わった。

「こっちだ!」

抵抗する暇もない。
足元の根が絡み、私は半歩よろける。
その一瞬で、視界の端から本隊が消えた。

「……え?」

魔物の咆哮。
金属の衝突音。
それらが、急に遠くなる。

代わりに、耳に残るのは――
荒い呼吸と、私の名前。

「アイナ。大丈夫だ」

振り向くと、ヴィルがいた。
血と土に汚れた姿。
剣は抜かれたまま、でも、魔物の気配はない。

不自然なほどに。

「ヴィル……? みんなは……」

「今は気にするな」

低い声。
いつもの軽さがない。
私の手首を掴む指に、力がこもる。

「俺がいる。俺が守る」

その言葉に、胸がざわついた。

守る?
今まで、何度も聞いてきた言葉なのに。
今日のそれは、違う。

周囲を見渡す。
倒木。
岩壁。
視界を遮る茂み。

――逃げ場が、ない。

「……合流しないと」

私がそう言うと、ヴィルは一瞬、黙った。
ほんの一瞬。
でも、その沈黙が、怖かった。

「今は無理だ」

きっぱりとした断定。
判断の速さ。
騎士としてのそれに、間違いはないはずなのに。

「ここは安全だ。魔物の気配もない」

そう言って、距離を詰めてくる。
近い。
近すぎる。

「ヴィル……?」

名前を呼ぶと、彼の視線が揺れた。
焦点が、私だけに合っている。

「怖かっただろ」

そっと、肩に手が触れる。
いつもなら、安心するはずの温度。

なのに――
胸の奥で、警鐘が鳴った。

「俺が間に合ってよかった」

その言葉に、違和感が走る。

間に合って?
何に?

ふと、脳裏をよぎる。

青い髪。
静かな視線。
治癒を頼む声。

――エルンスト。

その名が浮かんだ瞬間、ヴィルの指が、きゅっと強くなった。

「……離れるな」

命令に近い声音。

「ここでは、俺しかいない」

刷り込むように。
逃げ道を塞ぐように。

近づく顔。
息が、かかる距離。

心臓が早鐘を打つ。
怖い。
でも、それ以上に――混乱している。

「ヴィル、待っ……」

言いかけた瞬間。

脳裏に、二つの光景がフラッシュバックした。

焚き火の夜。
「必ず君を守る」と言った、あの声。

そして――
今、目の前にいる幼馴染の、熱を帯びた瞳。

(……だめ)

何かが壊れる予感がした。
一線を越えたら、もう戻れない。

ヴィルの腕が、抱き寄せる寸前で止まる。

彼の喉が、ごくりと鳴った。

――今なら。
誰にも見られず、奪える。

そんな思考が、彼の中を走ったことを、
私はまだ、知らない。

ただ。

彼の胸が、大きく上下し、
押し殺したように息を吐くのを、間近で見ていた。

「……行こう」

絞り出すような声。

「合流する」

手は、離れない。
でも、それ以上も、来ない。

極限で踏みとどまった理性と、
抑えきれない感情が、空気を張りつめさせていた。

私は、何も言えなかった。



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