モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

文字の大きさ
59 / 92

眠れない夜

しおりを挟む
夜は静かだった。
静かすぎるほどに。

討伐を終え、幕舎に戻っても、身体は休めと言うのに、心だけが落ち着かなかった。焚き火の残り香と、湿った土の匂い。遠くで警戒の足音が規則正しく続いている。そのすべてが“通常”であるはずなのに、世界の芯が欠けたような感覚だけが、消えない。

――アイナが、いない。

視界から消えた瞬間。
胸の奥が、音を立てて崩れた。

守る対象が消えた。
それは恐怖だった。喪失だった。
剣を握る理由が、一瞬で宙に浮いた。

探しに行きたい衝動を、歯を食いしばって押し殺した。指揮がある。隊がある。守るべき者は、彼女だけではない。そう自分に言い聞かせながら、魔物を屠り、治癒魔術師の盾となり、前線を維持した。

理不尽だ、と思った。
彼女がいないのに、世界は進む。
彼女を探せないまま、戦えと言う。

――その間、ヴィルの姿が脳裏をよぎった。

断片的な違和感。
わずかな判断の遅れ。
視線が交わった、あの一瞬。

確信に近いものが、胸に刺さる。
ヴィルは――何かをした。
いや、何かを“しようとした”。

だからこそ、あの合図が来た。

戦場の雑音の中、はっきりと届いた手信号。
短く、確かで、迷いのない動き。

「今から」
「あなたの元へ」
「かえります」

……理解に、時間はいらなかった。

胸の奥に溜まっていた闇が、すっと引いた。
同時に、ぞくりとするほどの安堵が走る。

――帰ってくる。
俺のところへ。

返した合図は、抑えきれない本音だった。

「了解」
「こちらへ」
「来い」

その瞬間、はっきりと悟った。
俺はもう、彼女以外を要らない。

守る、では足りない。
支える、でも足りない。
選ぶ、でも足りない。

――欲しい。

喪失を味わった今日だからこそ、はっきりわかる。
彼女が世界から消える恐怖に、俺は耐えられない。

幕舎の天井を見上げる。
眠気は来ない。
代わりに、胸の奥で熱が渦を巻く。

どうすれば、彼女は俺だけを見る?
どうすれば、二度と離れない?

答えは、まだ出ない。
だが、決意だけは固まっていた。

明日は、傍から離れない。
一瞬たりとも、視界から外さない。

――ヴィルから、彼女を守るためにも。

今夜はただ、想像する。
俺の腕の中に、彼女が戻ってくる光景を。

強く、強く、抱き締めて。
二度と、手放さない。

それだけを胸に刻み、眠れぬ夜をやり過ごした。






エルンスト視点
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?

夕立悠理
恋愛
 ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。  けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。  このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。  なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。  なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。

逆ハーレムの構成員になった後最終的に選ばれなかった男と結婚したら、人生薔薇色になりました。

下菊みこと
恋愛
逆ハーレム構成員のその後に寄り添う女性のお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした

ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。 しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義! そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。 「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」

処理中です...