モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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幼馴染の安全圏

授業と授業の合間。
回廊には、生徒たちの足音が反響し、窓から差し込む柔らかな光が床に帯を作っていた。

「アイナ」

聞き慣れた声に、反射的に振り返る。

そこに立っていたのは、いつものヴィルだった。

「次、同じ教室だろ。移動しよう」

「うん」

短く返事をして、自然と並んで歩き出す。
考えなくても合う歩幅。
無理に合わせる必要のない距離。

――この感じ。

胸が跳ねることも、息が詰まることもない。
触れられた記憶が、指先に残ることもない。

安全だ。

「今日の座学、眠くなかったか?」

「なった。三回ほど魂が抜けかけた」

「だろ。顔に出てたぞ」

くすっと笑われて、思わず肩をすくめる。

こんなやり取りは、何年も前から変わらない。
幼い頃から、当たり前のように続いてきた会話。

幼馴染。
それは、安心と同義だった。

「ちゃんと寝てるか?」

「寝てるよ。……多分」

「多分かよ」

軽口を叩き合いながら、階段を下りる。
気を遣う必要も、距離を測る必要もない。

ヴィルの隣は、いつだって“戻れる場所”だった。

胸がざわついた時。
考えすぎてしまった時。
誰かの視線に、心が揺れた時。

無意識に、ここへ戻ってきてしまう。

(……安全圏)

そうはっきり言葉にできてしまった瞬間、
ほんの少しだけ、胸の奥が痛んだ。

その時だった。

ヴィルが、ふっと歩く速度を変え、
自然な動きで私の立ち位置を入れ替える。

「?」

小さく首を傾げると、ヴィルは前を見たまま言った。

「眠い目だと、他の生徒とすれ違いざまに吹っ飛ばされるかもしれないからな」

「踏ん張れるよ!」

「まず落ちそうな瞼を踏ん張れ」

確かに、それはそうだ。

私は苦笑して、歩き続けた。

―――――
(ヴィル視点)

危なかった。

ほんの一瞬、
アイナの視線の先に、あいつが入りそうだった。

エルンスト・トゥルペ。

あいつの存在が、アイナの視界に入り続ける距離は危険だ。
今はまだ、“幼馴染”という立場が機能している。

安全圏。
戻ってこられる場所。

それを壊すわけにはいかない。

俺は歩調を整えながら、
何でもない顔で前を向いた。

――大丈夫だ。

今は、まだ。


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