モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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秋季、野外訓練三日目。

朝。

テントの外は、澄み切った秋の空気――のはずだった。

……寒い。

いや、違う。
寒いのではない。

私たちが、冷え切っている。

治癒魔術科のテントは、もはや戦場だった。
静かに横たわる者。
うめき声をあげる者。
テントの入口から、這い出てくる影。

「……待って……」
「勝手に……殺さないで……」

地面に頬を擦りつけながら現れたのは、B班の仲間だった。
髪は乱れ、目は虚ろ、足元はおぼつかない。

「……気持ち悪い……」

それを見て、私は思った。

(……うん、生きてる)

生きてるだけで、奇跡。

「血の気が引きすぎて……」
震える声で呟く。
「秋の気温が、もう真冬!!」

歯が、がちがちと鳴る。
毒の影響なのか、恐怖なのか、両方なのか。
分からないけど、止まらない。

毛布をかぶっても、温まらない。
もちろん治癒魔術は効かない。

治癒魔術科。
完全に、消耗戦のど真ん中だった。

「……なぁ」
地面に顔を伏せたまま、仲間が呟く。
「騎士科の人たち……」

視線の先。
少し離れた場所で、騎士科が装備を整えている。

……立っている。

普通に。

顔色も、そこまで悪くない。
いや、悪いのは悪い。
でも、倒れていない。

「……あの人たち」
別の班員が、弱々しく続ける。
「死にかけまくってきたから……」
「毒耐性、やばいんだって……」

理解してしまった。

彼らは、
「死にかける」ことを、何度も越えてきた人たちだ。

「……超えた先で」
誰かが、震えながら言う。
「なお立つ戦士……」

……言ってることは、ものすごく格好いい。

けど。

発言してる本人、
ほっぺ、地面についてる。

「……起き上がってから言おうか……」

声に出す元気もなく、心の中でツッコミを入れた。

その時。

元気すぎる声が、森に響いた。

「さぁ!盛り上がってきたぞー!!」

教官だった。

元気。
異常に元気。

「これから!」
「魔物を追い込んでくるから!」
「待ってなさーい!!」

……。

一瞬、時間が止まった。

「……追い込む?」

誰かが、かすれた声で復唱する。

「追い込む……?」
「……え?」

脳が、理解を拒否する。

(待って)
(待って待って待って)

追い込む、って。

今?
この状態で?
毒が回って?
震えが止まらなくて?
視界がたまに揺れて?

「……魔物を」
誰かが、ひくりと笑った。
「……サービス精神旺盛だな……」

「……死ぬ前に、盛り上げてくれるってこと?」

「やめて……優しさが……重い……」

テントの中に、乾いた笑いが広がる。

私たちは、知っていた。

これは訓練だ。
生存率を上げるための。
理不尽を当たり前にするための。

でも。

(……キツい)

心臓が、重たい。
身体が、自分のものじゃないみたいだ。

それでも。

治癒魔術師は、立つ。

詠唱する。
手を伸ばす。
命を、繋ぐ。

「……行くよ」
私は、震える足で立ち上がった。
「まだ……生きてる」

仲間が、頷く。
誰かが、拳を握る。

恐怖はある。
限界も近い。

でも。

ここで倒れたら、
それこそ本当に、終わる。

遠くで、魔物の咆哮が聞こえた。

追い込まれてきている。

私たちの方へ。

「……来たね」

誰かが言った。

治癒魔術科、三日目。

まだ、死なない。

――死ねない。


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