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俺に組み敷かれてる女
雪は、音を消す。
吹雪のあとに残る白は、世界の角を丸くして、距離感まで曖昧にする。
訓練所の床は冷たい。
だが、身体は熱を帯びていた。息が白くなるより先に、肺が灼ける。
――組み敷いている。
俺の下に、アイナがいる。
背中は床、視線は天井。肩で息をして、唇がわずかに開いたまま。
「……動き、遅くなったな」
口にした声は、からかい半分。
けれど内心では、数え切れないほどの情報を拾っていた。
重心の癖。
呼吸の乱れ。
反射の鈍り方。
一ヶ月。
温泉と雪と、訓練の繰り返し。
身体は確実に変わっている。良くも、悪くも。
「まだ、いける」
その一言が、悔しさから出たものだと分かる。
だから、少しだけ圧をかける。
――ギブアップは、させない。
俺が教えたいのは、勝ち方じゃない。
逃げ方だ。
折れないための、選択肢だ。
「ほら、手ぇ出せ」
そう言うと、彼女は一瞬だけ迷ってから、指を伸ばす。
その“迷い”を、俺は見逃さない。
(……怖がってる)
でも、それは悪い兆候じゃない。
怖さを自覚できるのは、まだ余裕がある証拠だ。
体勢を崩す。
一瞬の隙。
彼女は、教えた通りに腰を切り、脚を絡め、爆発的に持ち上げる。
床が鳴った。
「……っ!」
転がされる。
視界が反転し、次の瞬間には、俺が下。
天井の梁が見える。
雪の気配。
彼女の息遣いが、すぐ上。
「やるじゃないか」
思わず、笑った。
それは純粋な称賛だった。
アイナは、必死だ。
勝ちたいからじゃない。
“負けたくない”から。
その違いを、彼女はまだ言葉にできない。
けれど、身体はもう知っている。
「……はぁ、はぁ……」
息を整えながら、彼女は膝をつく。
震えているのは、疲労だけじゃない。
(……この距離)
近すぎる。
だが、踏み込まない。
俺は幼馴染だ。
守る側で、逃げ道でもある。
それを崩すつもりはない。
手首を取る。
力を抜く。
わざと、逃がす。
「今日は、ここまでだ」
言い切ると、彼女は不満そうに眉を寄せた。
「……まだ、できる」
「その顔で言うな。倒れる」
肩を貸すと、素直に体重を預けてくる。
この“素直さ”が、危うい。
(……知らないでいてくれ)
俺が、どんな感情を抑えているかなんて。
どれだけ、この距離が甘い毒かなんて。
外を見る。
雪は、さらに積もっていた。
三階まで、白。
籠城戦みたいだな、と、さっき彼女は笑った。
違う。
これは――猶予だ。
世界が閉じた分だけ、選択は少なくなる。
だから、今は教える。
立ち方。
転び方。
逃げ方。
そして――戻り方。
「シャワー行け。湯、冷める」
そう言うと、彼女は小さく頷いた。
素直に。
いつものように。
その背中を見送りながら、胸の奥で、何かが軋む。
(……俺は)
組み敷いていた。
確かに、組み敷いていた。
けれど、欲しかったのは、支配じゃない。
彼女が、立って帰れること。
それだけだ。
……それだけで、いいはずだ。
ヴィル視点
吹雪のあとに残る白は、世界の角を丸くして、距離感まで曖昧にする。
訓練所の床は冷たい。
だが、身体は熱を帯びていた。息が白くなるより先に、肺が灼ける。
――組み敷いている。
俺の下に、アイナがいる。
背中は床、視線は天井。肩で息をして、唇がわずかに開いたまま。
「……動き、遅くなったな」
口にした声は、からかい半分。
けれど内心では、数え切れないほどの情報を拾っていた。
重心の癖。
呼吸の乱れ。
反射の鈍り方。
一ヶ月。
温泉と雪と、訓練の繰り返し。
身体は確実に変わっている。良くも、悪くも。
「まだ、いける」
その一言が、悔しさから出たものだと分かる。
だから、少しだけ圧をかける。
――ギブアップは、させない。
俺が教えたいのは、勝ち方じゃない。
逃げ方だ。
折れないための、選択肢だ。
「ほら、手ぇ出せ」
そう言うと、彼女は一瞬だけ迷ってから、指を伸ばす。
その“迷い”を、俺は見逃さない。
(……怖がってる)
でも、それは悪い兆候じゃない。
怖さを自覚できるのは、まだ余裕がある証拠だ。
体勢を崩す。
一瞬の隙。
彼女は、教えた通りに腰を切り、脚を絡め、爆発的に持ち上げる。
床が鳴った。
「……っ!」
転がされる。
視界が反転し、次の瞬間には、俺が下。
天井の梁が見える。
雪の気配。
彼女の息遣いが、すぐ上。
「やるじゃないか」
思わず、笑った。
それは純粋な称賛だった。
アイナは、必死だ。
勝ちたいからじゃない。
“負けたくない”から。
その違いを、彼女はまだ言葉にできない。
けれど、身体はもう知っている。
「……はぁ、はぁ……」
息を整えながら、彼女は膝をつく。
震えているのは、疲労だけじゃない。
(……この距離)
近すぎる。
だが、踏み込まない。
俺は幼馴染だ。
守る側で、逃げ道でもある。
それを崩すつもりはない。
手首を取る。
力を抜く。
わざと、逃がす。
「今日は、ここまでだ」
言い切ると、彼女は不満そうに眉を寄せた。
「……まだ、できる」
「その顔で言うな。倒れる」
肩を貸すと、素直に体重を預けてくる。
この“素直さ”が、危うい。
(……知らないでいてくれ)
俺が、どんな感情を抑えているかなんて。
どれだけ、この距離が甘い毒かなんて。
外を見る。
雪は、さらに積もっていた。
三階まで、白。
籠城戦みたいだな、と、さっき彼女は笑った。
違う。
これは――猶予だ。
世界が閉じた分だけ、選択は少なくなる。
だから、今は教える。
立ち方。
転び方。
逃げ方。
そして――戻り方。
「シャワー行け。湯、冷める」
そう言うと、彼女は小さく頷いた。
素直に。
いつものように。
その背中を見送りながら、胸の奥で、何かが軋む。
(……俺は)
組み敷いていた。
確かに、組み敷いていた。
けれど、欲しかったのは、支配じゃない。
彼女が、立って帰れること。
それだけだ。
……それだけで、いいはずだ。
ヴィル視点
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