モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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駆り出された魔術師団

我らはネルケ辺境伯領きっての優秀な魔術師の集まりである。
選ばれし者。
鍛え抜かれし者。
ついでに、暇を持て余していた者。

そんな我々が、なぜ今――
吹雪の山中で、隊列を組み、魔術陣を展開し、全力で雪を溶かしているのか。

理由は、ひとつ。

「婿殿が温泉宿へ向かわれる」

その一言だった。

発端は、城の応接室。
いつものように穏やかに微笑み、礼節を完璧に守った青年――エルンスト殿が、淡々と告げたらしい。

「アイナが一ヶ月以上戻ってきていないと伺いました。
 雪深いと聞きます。様子を見に参ります」

あくまで“様子見”。
声も穏やか。
姿勢も完璧。

だが。

その言葉を聞いた瞬間、ドワイト辺境伯様の目が輝いた。

「――よし!」

拳を握りしめ、立ち上がり、叫んだ。

「魔術師団を集めろ!!
 婿殿が行かれる道を、完璧に整えろ!!」

こうして我らは召集された。

最初は半信半疑だった。
雪深い温泉宿まで道を拓く?
しかも“全力”で?

だが、辺境伯様の指示は本気だった。

「魔術陣を三重に!
 氷結層は下から崩せ!
 崖は削れ!
 ついでに新人も鍛えろ!」

……ついでに。

こうして、いつの間にか我々は、
冬季・魔術師強化特訓行軍
という名の大騒動に巻き込まれていた。

久しぶりだった。
遠慮なく、全力で魔術を撃っていいと言われるのは。

雪が溶ける。
氷が砕ける。
道が拓ける。

「気持ちいいな!」
「これぞ魔術師!」
「雪山が悲鳴を上げてるぞ!」

テンションは最高潮。
若手は目を輝かせ、ベテランは腕を鳴らす。

……その時だった。

隊列の前方。
魔術陣の外側。

ひとり、異質な存在がいた。

エルンスト殿。

剣を帯び、外套を翻し、
雪の中に立つその姿は、あまりにも静かだった。

魔術が炸裂するたび、
道が拓けるたび、
彼は一歩ずつ、確実に前へ進んでいく。

そして――
温泉宿のある方向を見つめていた。

満面の笑みで。

いや、正確に言えば――
“獲物を見定めた狩人の顔”だった。

嬉しそう。
楽しそう。
それでいて、逃がす気は一切ない。

「……なあ」
隣の魔術師が、小声で囁いた。

「あれ、婿殿だよな?」
「そうだが?」
「なんで、あんな顔してるんだ?」

誰も答えられなかった。

魔術師団長である私ですら、背筋が冷えた。

ぞわり。

足元から、嫌な寒気が這い上がってくる。

魔術による寒さじゃない。
雪でもない。

――執念だ。

あれは、“想い”という言葉で包んでいいものなのか。

「……最大火力に切り替える」
私は、静かに号令を出した。

誰も異を唱えない。

「最大火力!」
「展開完了!」
「座標固定!」

そして――

「放てぇええええええええ!!」

轟音。
閃光。
雪山が一気に白から蒸気へと変わる。

道は、完全に拓かれた。

その先にある温泉宿を、
エルンスト殿は真っ直ぐに見据えている。

笑みは、崩れない。

ああ……なるほど。

我々は理解した。

この行軍は、婿殿のためではない。
魔術師団の訓練でもない。

これは――
彼が、愛しい人の元へ辿り着くための“狩りの道”なのだ。

誰が止められるだろうか。

この男を。

雪よりも冷たく、
炎よりも熱い執念を抱いた、
未来の婿殿を。



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