モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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ネルケ辺境伯城へ凱旋

城門が見えた瞬間、思わず息を呑んだ。

旗が翻り、兵が並び、魔術師団が堂々と列を成している。
どう見ても――戦争帰りの凱旋だ。

「……え、これ私たち?」

思わず呟くと、隣でエルンストが涼しい顔で前を見据えていた。
その姿勢は騎士そのもの。
背筋は真っ直ぐで、視線は一切揺れない。

門が開く。

歓声と拍手。
どこから聞きつけたのか、使用人や兵士たちが集まっていた。

エルンストが一歩前に出て、手を挙げる。
それに合わせて、魔術師団長も胸を張る。

……私も、つられて手を挙げた。

なぜか分からないけれど、
今はそうするのが正解な気がした。

「おかえりなさーい!」
「無事でなによりです!」

声が飛ぶ。
私はぺこぺこと頭を下げながら、内心で首を傾げていた。

(温泉宿から帰ってきただけなんだけどな……?)

だが、その疑問はすぐに吹き飛んだ。

城の正面階段。
そこに立っていたのは、ネルケ辺境伯夫妻だった。

メリア夫人は、こちらを見た瞬間に目を見開き、
次の瞬間にはずんずん歩み寄ってきた。

「あなたって子は!!」

ビシッ、と指を突きつけられる。

「筋肉!筋肉!筋肉!!」
「温泉に行かせたはずが、なぜ筋肉を連れて帰ってくるの!!」

「ただいま……?」

精一杯の返事をすると、
メリア夫人は私の腕や肩を遠慮なく掴み、じろじろと観察する。

「……締まってる」
「しかも無駄がない」
「これは……鍛えたわね?」

「い、いえ、その……籠城戦で……」

「籠城戦!?」

背後で、魔術師団の誰かが誇らしげに咳払いをした。

一方、ドワイト辺境伯は朗らかに笑い、
エルンストの方へ歩み寄る。

「エルンスト君。無事に宿まで行けたようで何よりだ」
「いやはや、道を拓いた魔術師たちも張り切っていてね」

「お役に立てたなら幸いです」

エルンストは淡々と答えた。
だが、その目は静かに鋭く、満足しているのが分かる。

……この人、本気で“狩り”を終えた顔だ。

魔術師団長が、腕を組んで誇らしげに言う。

「婿殿の覚悟に応えるのが、我々の役目ですから」
「全力で雪を溶かしました」

「全力すぎたわよ!!」
メリア夫人が即座に突っ込む。

私はそのやり取りを眺めながら、
ようやく理解し始めていた。

――迎えに来た、の意味を。

これは優しい訪問じゃない。
様子見なんて建前だ。

彼は、私のいる場所を特定し、
環境を読み、
障害を排除し、
最短で辿り着いた。

狩人だ。

そう思った瞬間、背筋がぞくりとした。

でも、不思議と怖くはなかった。

むしろ――

「おかえりなさい、アイナ」
ドワイト辺境伯がそう言ってくれた。

その一言で、
胸の奥が、すとんと落ち着いた。

「ただいまです!」

思わず、はっきり答えていた。

城門の中へ進む。
雪に閉ざされた日々は終わった。

温泉宿で鍛え、
雪を越え、
魔術で道を拓き、
こうして帰ってきた。

まるで、ひとつの戦を終えたみたいに。

隣を歩くエルンストは、何も言わない。
ただ、わずかに距離を詰めてくる。

――逃がさない、という距離。

私は小さく息を吐いて、前を向いた。

どうやら私は、
とんでもない狩人に見つかってしまったらしい。



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