モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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離れた席

中庭の出来事から、空気が変わった気がしていた。
ほんの少し。ほんの一拍。
それだけの差なのに、胸の奥でははっきりと分かってしまう。

――距離が、縮まった。

エルンストと、ヒロインの間で。

その日の午前の授業が終わったあと、片付けをしている私に教官が声をかけた。

「アイナ君、少し話がある」

心臓が、びくりと跳ねた。
振り返ると、ヴィルがいつものように教室の外で待っているのが見えた。
目が合う。小さく顎を引いて「待ってる」と伝えてくる。

提出したレポートに抜けがあったらしい。
内容は初歩的で、普段なら絶対にしないミス。

「……すみません」

紙を受け取りながら、指先が冷たくなる。

教官は一瞬、私の顔を見て、それから肩をぽん、と軽く叩いた。

「道に迷いそうになったらな、先ずは周りを見なさい」

それだけ言って、去っていった。

その時は、その言葉の意味を考える余裕なんてなかった。
頭の中は、ずっと別のことでいっぱいだったから。

教室を出ると、ヴィルが自然に隣に並ぶ。

「食堂、行くぞ」

「……うん。今、糖分を欲してる」

「知恵熱で倒れるなよ」

「むー。大丈夫だし」

軽口に返した、その直後。

「俺がいるだろ」

低く、真剣な声。

私は返事ができなかった。
代わりに、ローブの裾をぎゅっと握りしめる。

食堂が見えてくる。
無意識に、視線が中を探していた。

エルンストは……
今日は、待ってくれているだろうか。

ヴィルが、鼻で小さく笑った。

その笑いの意味が分かってしまって、嫌だった。
それでも、私は視線を追ってしまう。

――いた。

長いテーブルの向こう。
向かい合って座る、二人。

エルンストと、ヒロイン。

談笑している。
ほんの短い時間。
私が呼び止められていた、その間に。

席は、もう埋まっていた。

ヒロインの笑顔は控えめで、でも確かに嬉しそうで。
光を集めるような、絶世の美貌がそこにあった。

胸の奥が、きゅっと縮む。

「俺たちだけで食うぞ」

ヴィルの声が、静かに落ちた。

「……うん」

それが精一杯だった。

初めてだった。
食堂で、ヒロインを避けるように席を探したのは。

視界の端に入らない場所。
声が届かない距離。

トレイを置いて、座る。
スープを一口飲んだはずなのに、味がしなかった。

向こうでは、エルンストが何かを言って、ヒロインが笑っている。
その光景が、胸の奥をじわじわと削っていく。

――離れた。

はっきりと、そう思った。

ほんの少し。
でも、取り返しがつかないほど、遠く。

ヴィルは何も言わず、黙々と食べていた。
その沈黙が、やけに重かった。

私は俯いたまま、スプーンを動かす。

いつまで、戻ってきてくれるんだろう。

その答えを考えるのが、怖くて仕方なかった。



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