モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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船上用の準備

週末の朝。
まだ少し肌寒い風が吹く中、寮の前には治癒魔術科B班と騎士科B班が自然と集まっていた。

野外訓練。
しかも今回は――船。

その二文字が、全員の脳内で重く反響している。

治癒魔術科B班の一人が、真顔で袋を掲げた。

「先ずは酔い止め」

一瞬の沈黙。

「……天才かよ!!」
「完全に忘れてたわ!」

拍手が起きかける。
危なかった。致命傷になるところだった。

別の袋が差し出される。

「ビタミン剤」
「船上必須栄養素!」
「これがないと五日間もたない!」

治癒魔術科の準備は現実的で切実だ。
誰一人として“楽しい船旅”など想像していない。

その時、少し言い淀んだ様子で、別の生徒が手を挙げた。

「……恥ずかしい話なんだけど……」

自然と視線が集まる。

「どうしたの?」

「トイレとか……シャワーって、どうするのかな……?」

空気が、止まった。

……それは。
誰もが心の奥底で見ないふりをしていた、最重要案件だった。

「…………」

全員の視線が、ゆっくりとアイナに集まる。

「……それは……」

一拍、間を置いて。

「相棒と、相談?」

銀色のバケツが、きらりと光った。

治癒魔術科B班は静かに頷いた。
もう何も言うまい。
覚悟は決まっている。

その空気を、遠慮なく破壊したのが騎士科B班だった。

「トイレ?船外へポイだろ!」
「風呂?五日くらい入らなくてよくない?」

「却下!!!!」

治癒魔術科B班、即座に総ツッコミ。

「却下!」
「却下です!!」
「その発想が既に魔物!」

騎士科B班は首を傾げる。

「え?俺らいつもそんな感じだけど」
「なぁ?」

治癒魔術科B班の顔が、みるみる青ざめていく。

「……やっぱり過酷だ」
「戦場より精神削られる気がする」

アイナは、手元の相棒を見つめながら、静かに思った。

(去年は毒と重りと熊だった)
(今年は……船と酔いと生活環境……)

ジャンルが変わっただけで、地獄なのは同じだった。

「……生き残ろうね」
「うん……」

互いに声を掛け合いながら、荷物を確認する。

酔い止め。
栄養剤。
魔力回復薬。
そして――相棒。

船上の準備。

それは、戦闘以上に“生活との戦い”だった。

もう、様々な意味で。
過酷な未来しか、見えなかった。


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