モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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船上野外訓練二日目

ゆら……ゆら……。

目を開ける前から、身体が揺れているのが分かる。
でも、不思議と怖くない。

むしろ――

「……気持ちいい……」

ハンモックって、すごい。
昨日あれだけ船が飛んだというのに、夜はちゃんと眠れた。
揺れに逆らわず、揺れと一緒に寝るという発想。
先人の知恵、恐るべし。

ゆっくりと身を起こすと、視界に同じように揺れる影がいくつも見えた。
治癒魔術科B班、生存確認タイムである。

「……おはよ……」
「……ああ……生きてる……」
「筋肉痛……昨日の波……」

全員、声が低い。
低すぎる。

「水……水を……」
「相棒……相棒はどこ……」

銀色のバケツは、誇らしげに足元にあった。
今日も頼りになる相棒だ。

甲板に出ると、昨日の嵐が嘘みたいに、空は少しだけ明るい。
雨は霧のように細かくなり、海面はうねりながらも落ち着いている。

「……平和だね」
「フラグ立てるな」
「言うと思った」

即ツッコミが飛ぶ。
ブレないB班。

騎士科はすでに起きていた。
筋肉痛? 何それ? みたいな顔で装備の点検をしている。
魔術科は船縁で海を眺めながら、魔力循環の練習中。

……昨日、あんな波を立てて船を飛ばした人たちが、何事もなかった顔をしている。

「やっぱりあれ、魔術科の仕業だったんだね」
「船が飛ぶ理由、他にないもん」
「魔物じゃなくて物理が敵」

納得しかない。

朝食は簡易配給。
固めのパンとスープ。
胃に優しい。
ありがたい。

「……生き延びた味がする」
「それ、昨日も言ってた」

食べながら、昨日の光景が頭をよぎる。
船が飛び、命綱にぶら下がり、相棒が活躍し、騎士科が水棲魔物を斬り伏せる。

改めて思う。

命綱って、命を繋ぐ紐なんだな。

誰が考えたか知らないけど、感謝状を送りたい。

今日の訓練は、船上での魔力維持と応急対応。
大きな戦闘はなし、という教官の言葉に、治癒魔術科は一斉に小さくガッツポーズした。

「このまま……」
「無事に……」
「終わってほしい……」

切実な願い。

アイナは甲板の端で、海を見つめた。
潮の匂い。
風。
揺れる船。

隣を見ると、エルンストがいた。
視線が合う。

何も言わない。
でも、分かる。

大丈夫だ、っていう顔。

胸の奥が、少しだけ温かくなる。

ヴィルは前方で警戒に当たっている。
いつも通り、剣を構え、目を光らせて。

それぞれの役割。
それぞれの場所。

昨日ほどの無茶はない。
今日は、順調だ。

……たぶん。

「何も起きませんように」
「フラグ立てるなって言ったでしょ!」
「もう遅いかもしれない!」

わちゃわちゃしながら、船は進む。

揺れて、進んで、生きている。

船上野外訓練二日目。
今のところ、全員無事。

このまま――
このまま終わればいいな、と。

誰もが、心の底から思っていた。


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