モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで

ChaCha

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陸の素晴らしさ

はっ!
治療室じゃ……ない!

目を開けた瞬間、見慣れた天井が目に入った。
寮の、自室。
自分のベッド。

――帰ってきた。

胸の奥で、じわっと安堵が広がる。

無事に学園へ戻り、最後の気力を振り絞って野外訓練を終えた記憶はある。
あるけれど、そこから先は霧の向こうだ。

今日はもう、ベッドから出ない。
ぜったいに、出てなるものか。

そう固く誓った直後。

ぐぅ~~~

……お腹は、裏切らない。

「……食堂だけ」

負けた。

ローブを羽織り、ふらふらと廊下へ出る。
足取りは幽霊そのものだった。

角を曲がったところで、治癒魔術科B班と鉢合わせる。

「生きてた……」
「陸だ……床が動かない……」
「船じゃないって最高……」

互いに顔を見合わせ、無言でうなずく。
生還者同士の無言の連帯。

そのまま一緒に食堂へなだれ込み、席についた瞬間、全員が深く息を吐いた。

「陸の素晴らしさを讃えよう」
「風呂!あったかい湯!」
「ご飯が揺れない!!」

拍手が起きる。
意味は分からないが、心から賛同できた。

話題は自然と、あの五日間へ流れていく。

「円、覚えてる?」
「覚えてるじゃない、あの魔力ループ」
「治癒魔術科だけで回してたやつ」

治癒魔術科は、円を組んだ。
一人が落ちれば全体が崩れる、魔力循環の輪。

誰かが魔力を吐けば、誰かが受け取り、また次へ。
自分たちの中で回し続けながら、外へ――騎士科へ、治癒を飛ばす。

「魔力も体力も、切らしたら終わりだったよね」
「でも、円があったから、折れなかった」

その円の外で。

「騎士科、泳ぎながら戦ってたの狂気だろ」
「船と一緒に移動してたの意味わからん」

笑いながら言うが、誰も本気で否定しない。
あれは、狂気だった。

そこへ、騎士科B班がどっと合流してきた。

「生きてるー?」
「治癒班、マジで命の恩人」

さらに遅れて、エルンストとヴィルが現れる。

「あ、エルンスト」
「ヴィルも」

席が自然と詰められ、人数が増える。
食堂のざわめきが、心地いい。

「でもさ」
誰かが言った。
「最後まで誰も欠けなかったの、すごくない?」

一瞬、静かになる。

そうだ。
円も、海も、魔物も、船も――全部、地獄だった。

それでも。

「生き残ったな」
ヴィルが、いつもの調子で言う。

エルンストが小さくうなずく。
「ああ。全員な」

その言葉で、胸の奥がきゅっと締まった。

陸は、偉大だ。
ベッドは、正義だ。
食堂は、天国だ。

でも。

あの船上で、円を組んで、歯を食いしばって、
「生きる」だけを考えていた時間も――

たぶん、もう忘れられない。

「……水中訓練は」
私はスプーンを置いて言った。
「次からは、プールでやろう」

全員が、全力でうなずいた。


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