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学園を休んだ代償
私は今、終わりの見えない世界を走っている。
精神的ではない。
物理的に、だ。
砂を踏みしめる音。
肺の奥がひりひりと焼ける感覚。
太腿が重く、ふくらはぎが悲鳴を上げている。
「まだいける!」
前方から飛んでくる、聞き慣れた明るい声。
教官は今日も元気いっぱいだ。
元気すぎる。
(いけるわけがない)
喉まで出かかった本音を、必死に飲み込む。
なぜなら――ここは学園。
しかも私は、治癒魔術科。
週末を含めて七日間。
学園を休んだ代償は、きっちり、きっちり、容赦なく回収されていた。
「ほら! 遅れてるぞー!」
「隊列乱すなー!」
もう脚が棒だ。
いや、棒ならまだいい。
中身が抜けて、ぐにゃぐにゃの寒天だ。
視界の端で、治癒魔術科B班のみんなが応援してくれている。
「頑張って!」
「生きろ!」
「無理なら転がれ! 回復はする!」
声援が現実的すぎる。
(優しさが、沁みる……)
でも、立ち止まれない。
立ち止まった瞬間、終わる。
追加メニューが、もう一段階上がる未来が見える。
昨日は腕立て。
今日は持久走。
明日はたぶん、重り付き何か。
その次は……考えないことにする。
走りながら、頭の片隅に浮かぶ。
――ああ、これは完全に、あれのせいだ。
エルンスト。
あの人。
甘くて、近くて、逃げ場のない数日間。
朝も昼も夜も、距離感が崩壊していた。
幸せだった。
安心していた。
気を抜いていた。
そして――
学園は、そういう油断を見逃さない。
「アイナ! フォームが崩れてるぞ!」
教官の声に、我に返る。
腕を振り、背筋を伸ばす。
身体が、思い出したように動き出す。
(……あれ)
おかしい。
つらいのは、つらい。
でも、動けている。
呼吸は荒いが、判断は遅れていない。
脚も、完全には止まっていない。
船上訓練。
魔力循環。
あの無茶な水中戦。
命綱にぶら下がったまま回復を回し続けた日々。
全部が、ここで生きている。
「……っ」
歯を食いしばり、前を見る。
(エルンストに、会う前より……)
強くなってる。
それに気づいた瞬間、胸の奥に、小さな火が灯った。
走り切れ。
倒れるなら、最後まで走ってからだ。
B班の声が、少し大きくなる。
「いいぞ!」
「そのまま!」
「あと一周!!」
教官が、満足そうに腕を組む。
「そうだ、その目だ!」
息が切れる。
汗が目に入る。
でも、足は止まらない。
――逃げ場はない。
でも、それは悪いことじゃない。
私は、生きている。
鍛えられている。
ちゃんと、前に進んでいる。
学園を休んだ代償は、重い。
けれど――
それを支払えるだけの力は、
もう、確かにここにあった。
「……生きる!!」
自分でも驚くほど大きな声が、口から飛び出す。
B班が、笑った。
教官も、満足そうに頷いた。
そして私は、走り続ける。
終わりが見えなくても。
脚が震えても。
この世界で、生き抜くために。
精神的ではない。
物理的に、だ。
砂を踏みしめる音。
肺の奥がひりひりと焼ける感覚。
太腿が重く、ふくらはぎが悲鳴を上げている。
「まだいける!」
前方から飛んでくる、聞き慣れた明るい声。
教官は今日も元気いっぱいだ。
元気すぎる。
(いけるわけがない)
喉まで出かかった本音を、必死に飲み込む。
なぜなら――ここは学園。
しかも私は、治癒魔術科。
週末を含めて七日間。
学園を休んだ代償は、きっちり、きっちり、容赦なく回収されていた。
「ほら! 遅れてるぞー!」
「隊列乱すなー!」
もう脚が棒だ。
いや、棒ならまだいい。
中身が抜けて、ぐにゃぐにゃの寒天だ。
視界の端で、治癒魔術科B班のみんなが応援してくれている。
「頑張って!」
「生きろ!」
「無理なら転がれ! 回復はする!」
声援が現実的すぎる。
(優しさが、沁みる……)
でも、立ち止まれない。
立ち止まった瞬間、終わる。
追加メニューが、もう一段階上がる未来が見える。
昨日は腕立て。
今日は持久走。
明日はたぶん、重り付き何か。
その次は……考えないことにする。
走りながら、頭の片隅に浮かぶ。
――ああ、これは完全に、あれのせいだ。
エルンスト。
あの人。
甘くて、近くて、逃げ場のない数日間。
朝も昼も夜も、距離感が崩壊していた。
幸せだった。
安心していた。
気を抜いていた。
そして――
学園は、そういう油断を見逃さない。
「アイナ! フォームが崩れてるぞ!」
教官の声に、我に返る。
腕を振り、背筋を伸ばす。
身体が、思い出したように動き出す。
(……あれ)
おかしい。
つらいのは、つらい。
でも、動けている。
呼吸は荒いが、判断は遅れていない。
脚も、完全には止まっていない。
船上訓練。
魔力循環。
あの無茶な水中戦。
命綱にぶら下がったまま回復を回し続けた日々。
全部が、ここで生きている。
「……っ」
歯を食いしばり、前を見る。
(エルンストに、会う前より……)
強くなってる。
それに気づいた瞬間、胸の奥に、小さな火が灯った。
走り切れ。
倒れるなら、最後まで走ってからだ。
B班の声が、少し大きくなる。
「いいぞ!」
「そのまま!」
「あと一周!!」
教官が、満足そうに腕を組む。
「そうだ、その目だ!」
息が切れる。
汗が目に入る。
でも、足は止まらない。
――逃げ場はない。
でも、それは悪いことじゃない。
私は、生きている。
鍛えられている。
ちゃんと、前に進んでいる。
学園を休んだ代償は、重い。
けれど――
それを支払えるだけの力は、
もう、確かにここにあった。
「……生きる!!」
自分でも驚くほど大きな声が、口から飛び出す。
B班が、笑った。
教官も、満足そうに頷いた。
そして私は、走り続ける。
終わりが見えなくても。
脚が震えても。
この世界で、生き抜くために。
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