神々の遠い記憶を継ぐ者

まるねこ

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第一章 神祇官へ

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「宵闇、おかえり。どうしたんだ?」

 神祇官の官衙かんがに戻ると、番紅花様がちょうど本殿から戻ってきたところだった。番紅花様は私を見るなり何か気づいたようだ。

「先ほど太政官だじょうかんへ書類を渡しにいったのですが、竜田姫たつたひめ様から西の方で植物の生育不良が目立ち始めており、人間たちは不安がっていると聞いたそうです」

「そうか。まだ春隣はるとなりからは何もきていないが、そのうちこちらにも詳しいことがくるだろう。知らせがくればすぐに対応できるようにしておく」
「はい」

「宵闇、明日は少しやってもらうことがあるから今日はもう帰っていいぞ」
「わかりました。明日も宜しくお願いします。ではお先に失礼します」
「宵闇、また明日」

 番紅花様の言葉で私は荷物を持ち、他の人たちと挨拶をしてから神祇官を後にする。

 いつも夜遅くまで訓練と勉強をして寝に帰るだけの家に今日は少し早い時間に心がおどる。

 私の家は小さな木造の家だ。天上人は酒も食事も趣味として摂取するが、食事を摂らなくてもなんら問題ない。

 折角早く帰ってきたんだからたまには羽織紐はおりひもでも作ろうかな。

 私は思い立ち、いくつもの引き出しが付いた小物入れから一つの翡翠ひすいを取り出し、削り始める。

 人間界に降りた時に拾ってくる石を集めてこうして少しずつ時間を掛けて玉にし、穴を開け、装飾品を一から作っていく。滑らかな手触りにうっとりと笑みが浮かんでしまう。

 誰かにあげるものでもないため、自分の納得のいくものを作りたい。集中していくつかの翡翠の玉ができた。

「今日はここまでかな……」

 集中している間に外はすっかり帳が降りたようだ。私は布団へ入り眠りについた。


 翌日もいつもと変わらず神祇官へと向かった。
「宵闇、待っていたわ!」
「そんなに慌ててどうしたのですか?」

 私を見つけると、すぐに受付の人が声を掛けてきた。

「悪しきものが各地で涌き始めたの。番紅花様や名無し様をはじめ、各国の衛門府の官衙かんがや神祇官の官衙からも人が出て対応中なの。私はここで各所の連絡と取っているんだけど、人が足りないみたい。場合によっては白帝様と番紅花様が神降かみおろしの儀式を行うことになっているの」

「えっ。大丈夫なのですか?」
「残念ながら状況は良くないのかもしれない。本来なら新人の宵闇はここで待機していなきゃだめだけど、そうも言っていられないみたい。番紅花様からの指示で宵闇は衛門府の誰かと組んで東の朝生の森に向かって」
「わかりました」

 私は詳しい話を聞く前に急いで衛門府に向かった。

 一体どうなっているんだろう?名無し様が駆り出されるほどの悪しきものが各地に涌いているなんて。何かが起ころうとしているのかな。

「宵闇、衛門府の方の力を借りにきました」

 衛門府でも殆どの者が出ていて残っている人達も慌ただしく動いている。

「ああ、宵闇か。封印が出来る者が来てくれて助かる」
「火影様、番紅花様から『衛門府の方と東の朝生の森に向かうように』と言われてきました」
「……朝生の森か。あそこに向かえる者は限られる。俺が出るとする」

「火影様、ありがとうございます」
「準備は出来ているか?」
「はい。いつでも行けます」
「では行こう」

 私は火影様の後ろに付いていく形で歩いていく。火影様はいつもよりも増して厳しい表情をしている。転移門までの道すがら火影様に気になることを聞いてみた。

「火影様、昨日までは何も起きていなかったのに今朝、神祇官に出てみれば各地で悪しきものが涌いていると報告がありました。何か悪いことが起ころうとしているのでしょうか」

「わからん。報告に上がってきただけでも数百はくだらない。各国も慌ただしく動いていて今は何も言えんが、そのうち分かるのかもな。俺達がやることはただ一つだ」

 そう言ったところで転移門をくぐり、私達は東の朝生あそうの森に転移した。

 朝生の森は普段から霧が濃く、神秘的な森として人間達はあまり足を踏み入れることがない森だ。

 悪しきものが涌いて時間が経っていないためか木々はまだ枯れていないが、森はいつになく静かで嫌な気配が既に漂っている。

「宵闇、戦闘準備をしておくんだ」
「はい」

 私は薙刀をふわりと出し、いつでも戦闘準備ができるような態勢をとりながら歩き始めた。

 火影様もつかに手を掛けていつでも剣を抜けるようにしている。

 私達は森の中の瘴気を感じる方へと向かって歩いていく。

 互いに話をすることもなく足音が緊張や不安を掻き立てる。悪しきものといっても見た目も強さも千差万別せんさまんべつだし、火影様が出るということはかなりの強さなのかもしれない。

 次第に濃くなっていく瘴気に緊張し武器を持つ手に力が入る。今までとは違う。

「……宵闇、そろそろだ。気を抜くな」
「はい」

 周囲を見回すと、途轍とてつもない速さで木々が枯れている。この瘴気の濃さなら封印玉が出来るかもしれない。

 何度も練習している間に少しずつだがコツを掴んできた。

 悪しきものを巻き込む形なら封印の玉が出来る。薄い瘴気だけでは玉は出来ず瘴気を散らすだけになる。

 だが、悪しきものが生まれるほどの濃い瘴気の場合は封印の玉が出来るのだと思う。

 まだ悪しきものの姿が見えていないのに封印玉が出来そうなほどの瘴気の濃さだ。

「火影様、瘴気を吸っていった方がいいですか?」
「封印玉が出来るほどか」
「この濃さであれば作れると思います」
「そうか。だが、今ここで能力を使うのは止めておけ」
「わかりました」

 いくら瘴気に耐性があるとはいえ、濃い瘴気に長時間さらされてしまうとやはり体力が削られ倒れることになるが、山査子さんざし様が作った武器のおかげで瘴気からは守られている。

「……見えた」

 火影様がそう言葉を発し、歩みを止めた。

 私は火影様の視線の先を追うと、今まで見たこともないほどの大きさの悪しきものがいた。

 弱い物ほど漠然とした形なのだが、その悪しきものは六本の腕が付いていて熊に近い形を取っている。

 強さも相当なものなのだろう。

 火影様は瞬時に刀を抜き、斬りかかった。だが、悪しきものは瘴気を盾のように圧縮し、攻撃を防いでしまった。あれでは本体に致命傷を与えられない。
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