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1章
1章
しおりを挟む――なんで連れてきちまったんだろ。
成瀬智弥はその全く力の入っていない身体を自宅のソファに転がすように寝かせて、深く息をついた。肩からギターケースも降ろし、その場に座り込む。
「あー……くそっ、明日筋肉痛かもな……」
成人男性一人とギターを抱えて駅前から徒歩約二十分。自宅マンションの階段をこんなに果てしなく感じたのは初めてだ。
智弥に多大なる迷惑をかけた張本人は、あどけない顔ですやすやと寝息をたてている。
喉元が苦しそうに見えて、白いネクタイを少し緩めてやる。スーツはあまり馴染みがないので、よけいにそう感じるのかもしれない。
真っ赤に上気した頬。あきらかに酔っ払いだ。手に持っていた大きな紙袋には、駅前にそびえ立つホテルのロゴが印字されている。袋の隙間から、披露宴の式次第らしい台紙が垣間見える。
結婚式で飲みすぎたってやつか。でも何故かこの男は。
『なんで、そんな曲歌うんだよ……っ!』
路上で歌ってると酔っ払いに絡まれるのはしょっちゅうだ。いつもだったら相手になんかしないのだが。
そのとき歌っていたのは、失恋の歌だった。告白もせず終わった恋。遠くからきみの幸せを祈ってるよ、という内容の。
それまで静かに聴いていたのに、この曲を弾き始めたとたん、急に止めろ、と突っかかってきた。
そして口論の最中でなんと寝入ってしまったのだ。
『おい! 嘘だろ!?』
寝るか普通この状況で!?
放置してそのまま帰ることも考えたが、この寒空の中、もし何かあったら後味が悪い。だからといって警察のお世話になるのは、路上で無断に歌っている身としては遠慮願いたかった。
男にしては細身のヤツで助かった。プロレスラーみたいな相手だったら連れて帰ろうなんて微塵も思わなかっただろう。
「顔ちっちゃ……」
綺麗な顔をしている。さらりとした黒い髪。長くて濃い睫毛。半開きになった、艷やかな紅い唇。顔だけ見ていると一瞬、女かと見まごうほどだ。この顔を明るいところでじっくり見てみたい、と思ったのも連れて帰った理由のひとつかもしれない。
スーツも着慣れてない感じがする。二十歳の智弥と同じくらいだろうか。
ん、と身じろぎして苦しそうに眉を寄せた。起きるかと思って近づいたが、その気配はなかった。ただ一言、
「……山崎……」
目尻から一粒、光るものが零れた。
その名前はさっき見た。披露宴の式次第。山崎典彦――新郎の名前だった。
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