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アップデート

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 ログアウトした後の俺はスムーズだった。

 部屋着から着替え、部屋の鍵を閉める。

 あの状況ではもう弁解の言葉は思い浮かばなかった。

 脳裏を過ぎるのは首を刃が生々しく通り過ぎる感触。

 あと数秒遅ければ俺は死に戻りをしていただろう。

 危なかった。

 コンビニでおにぎりやジュースを買い込み一時身を隠すことにする。

 俺の部屋も安全とは限らずリアルで血を見るのは勘弁願いたい。

 アカネは俺の部屋の鍵を持っている。

 ゾクッと身震いしながら公園を目指した。






 シュシュシュシュ、シュシュ。

 木の枝を振り回しながらリアルではゲームのように上手くいかないなと試行錯誤を繰り返す。

 基本的にゲームは有り得ない動きを可能にするが詠唱キャンセルが無いだけで行動力が大幅に減退するな。

「おい、シン何やったんだ?」

 敵が現れ俺は木の棒を振り回す。

「うぉっ!」

 二回キャンセル出来ていれば確実に仕留められたなと敵が避けて木の棒が空を切る。

「俺に用か?」

「凄くアカネが怒ってたぞ? 家に居ないからってメールでシンの捜索願いが俺に届いた」

 もう既に俺の自宅は占拠されているのか。

 俺の居所が知れたらコイツは生きては返せないな。

「俺を裏切るって言うのか」

 ギリッと木の枝を握る拳に力が入る。

「まだ死にたくないんでな」

 ポイっと木の枝を捨ててジュースを袋から取り出す。

「なんだ?」

「ワイロだ。受け取れ」

 敵はジュースを受け取ると首を縦に振った。

 買収成功だ。

「所で本当に何やったんだ?」

「ハーレムしてる所をアカネに見られた」

「それにしては部屋まで押し掛ける程の事なのか?」

「これは二度目だ」

 今回は目がガチだった。

「それはお前が悪い。彼女とアカネの前だったんだろ」

 ゴフッと肩にパンチを食らわす。

「お前知ってんじゃねえか」

「俺とアカネは似てるからな」

 アカネとトモヤは似ている。メールは細々と記入する事は知っていた。

「俺も一緒に謝ってやるから帰ろうぜ」

 ……。

「トモヤお前って奴は」

 俺はこんな出来た親友を持って幸せ者だな。

「お前はなんにも分かってない! トモヤが妹に勝ててる所を見た事がないからな!」

 そうだ。コイツは……。

 昔の記憶が思い出される。


『トモ兄さん、シン兄。今から友達来るから物音一つ立てず黙ってて』

『『はい』』



 俺達はアカネに勝てた試しがない。

 そんな雑魚を引き連れても負け戦は見えている。

「シンのアディショナル防衛の映像凄かったよ」

 トモヤはベンチに腰掛けると空を見ながら話し出した。

「17万5千人ものプレイヤーが参加したんだってな。それを魔物の協力があったからってソロで決着させるんだもんな」

 お前は本当にすげぇよとトモヤは続けた。

「エンチャント4重ってなんだよ。本当に人間か? この公園で一緒に技を磨いてた頃が懐かしいぐらいだ」

 俺はあの時から変わってねぇよ。

「あれを見た後にクラン戦ではエンチャントを重ね掛けして戦う戦闘スタイルが流行ってな。どのプレイヤーも2重のエンチャントが掛かった瞬間に会場の壁にぶつかって自滅すんだよ。笑えるだろ? かく言う俺もその口だ」

 ベンチから腰を上げるとトモヤはポンっと俺の肩を叩く。

「プレイヤーの限界を超えたお前に恐れるものはないだろ」

「いや、俺は騙されない」

 話を丸く納めたような雰囲気を出しても帰らない物は帰らん!

 俺の決意は固い。

 唐突にピコンッとトモヤのメールが鳴る。

「サクヤって人もシンの家に来たみたいだ」

「トモヤ何してんだ! 早く帰るぞ!」

 俺は公園の出入口からトモヤを急かすように呼びかける。



 リアルのサクヤに会えるともなれば早く帰らねば。

 あと俺の部屋は少し困る。

 すぐさま帰宅した俺を待っていたのは。

『正座』

『『はい』』

 ゲームの中と同じ姿の美女二人に怒られている正座中の男二人。

「なんで俺まで」

「トモ兄さんうるさい」

「はい」

 流石に武器などは所持してなく安心する。

 チラッとサクヤに視線を向けると恥ずかしそうに俯く姿が可愛らしい。

 リアルで会うとなるとまた違った緊張感があり初々しいのだ。

 アカネのお叱りを受けながら俺はサクヤの可愛さに惚けていた。

「アカネそれはダメだ!」

 トモヤの切羽詰まった声に反応してアカネに目を向けるとアカネの手には包丁が握られていた。

 ……死んだ。

 俺は死を悟り目をつむる。

「トモ兄さん。違うから」

 まぁ、玄関で正座中の俺でもわかる。

 俺の部屋ではあまり嗅ぐことの無い暖かな料理の匂いが立ち込めていた。

「もういいから二人とも手を洗って来て、どうせシン兄はマトモなご飯食べてないんでしょ」

「なぜ分かった」

「ゴミ箱にカップ麺しか入ってないんですけど」

 最後にマトモな飯を食べたのはアカネが手料理を振舞ってくれてその残り物を毎日食べてた期間だけだった。

 それ以降はカップ麺にシフトチェンジしていた。

「今回はサクヤちゃんも料理してるんだよ」

 マジか!

 サクヤを見れば。

「頑張りました」

 小さく言い放つ。

 俺はすぐ手洗いに行き、テーブルがある部屋へ足を運んだ。

 前にアカネが手料理を振舞ってくれた時のように豪勢な食事が並ぶ。

「トモヤお前の家っていつもこんな豪華なのか?」

「そんな事ある訳ないだろ」

 そんな事はないらしい。

 いただきますをしてテーブルを囲む。

 四人の食事というのは懐かしい。

「そう言えば最新情報でアップデートが来るらしいな」

 トモヤが口を開くとアカネが反応した。

「結構前に出てたよね」

「私も知ってます」

 サクヤも知ってたみたいだが俺は知らなかった。

「……」

 和気あいあいとアップデートの事前情報を三人で話していたのを横目に俺は豪華な料理を腹一杯に堪能したのだった。

 俺の日常はこれぐらいが丁度いい。

 少し幸せすぎる気もしなくはないが。






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