メスガキに毎日魔法を教えていたら賢者と呼ばれるようになりまして

くらげさん

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「久しぶりじゃな。アイク・エル・ファランド」

 賢者の男が俺の名前を口にした。


 ここで話し出すということは、時間稼ぎ。

 白い翼が出てきた神域の空間と、この世界の亀裂がまだ閉じていないことから、まだ神域魔法は完璧に成立していない。

 賢者たちが動かないのは亀裂が関係しているは明白。その場に固定されて、動かないじゃなく、動けないんだろう。

 この状況で俺が取れる手段なんて限られている。

 それは神域魔法を阻止することだ。コイツと話している時間は無い。

「俺はお前を知らない」

 速攻で片付ける。

 両の手を広げ、加速している魔力の流れに手を突っ込む。

『光の精霊よ』

 呪文を詠唱すると、魔力が魔法を形作る。右手の下には白く輝く小さな輪が一つ一つ出来上がっていく。

 左の手には無詠唱で転移魔法を構築し、この場所を固定。

『我の声を聞き、応じたまえ』

 右手を賢者たち三人に向けると、右手にあった光の輪が消えて、賢者一人一人を囲むように何百と重なり合った光の輪が出現した。


 千の頂きに至らんとする魔法の同時発動。


「やれやれじゃの、無駄だと言うのに」

 真ん中の賢者の男は首を左右に振って、「呆れて言葉もないわい」と続けた。

 言わせておけばいい。

「その余裕顔がいつまで続くかな」

 光魔法に耐性があると言っても、一つでも魔法が通ればいい。魂の解放というのはそういう物だ。


『リピュア』


 ザザザッ! と、光魔法が何重にも白く瞬く。

「おじさん凄い!」
「こんな魔法見たことない!」

 輝夜とリッシュの声が聞こえてきた。

 辺りの風景が真っ白に塗りつぶされる。

 暖かな光、浄化の光だ。


 強烈な光が収まると、魔法の音が止む。


 しん、と静寂が支配する時間、真っ白の風景に色が映り始めた。


「やったか!」

 リッシュの大声だけがその場に響き渡ると、三人の賢者の姿が現れた。

 だが見た目からしても、先程と何も変わっていない。

 光魔法も全くと言っていい程に手応えがなかった。

「なんで……」

 リッシュは驚きのあまり押し黙ってしまう。

 俺は舌打ちして自分の状況を確認して見れば、はぁはぁと息を漏らし、肩を上下に揺らしている。

 賢者たちは光魔法の耐性があるというよりも、光魔法の無効化を実現しているらしい。

 真ん中の男の余裕顔は崩せなかった。

「だから言ったじゃろ。聖刻剣士パラディンは無敵じゃと」

 無敵か。『リピュア』が効かないとなるとアンデットの倒し方がわからない。中級、上級とリピュアのレベルを上げても無理だろうことは理解した。解放する魂の取っ掛りも探せなかったからな。

 完璧に対策されていた。

「ソイツらが無敵なのは分かった。耐性があるならなおさらだ。お前が時間稼ぎをする理由がない」
「時間稼ぎではないのじゃよ」

「は?」

 コイツ、何を言ってやがる?

「怪訝な顔じゃな。たしかに神域魔法はまだ完成していない、この世界に神が適応するまで時間が掛かる。お前さんの言うとおり『時間稼ぎ』という答えに行き着くのも分かるんじゃ」

 賢者の後ろの亀裂が段々と閉じていく。
 
「時間稼ぎでもなかったらどうしてお前はこの戦いに水を差す。俺と喋りにでも来たか?」
「ああそうだ。アイク、私はお前さんが死ぬ前に話してみたかったのじゃ」
「厄介な俺のファンということか」

 どこから意識を飛ばしているのかを探る。すると何重にも絡まり合った意識の糸が見えた。

 めんどくさいな。居場所が分からないようにこっちも対策済みか。

「神域魔法が完成すれば、お前さんたちの人生は終わる。少しの間、老人の暇つぶしに付き合ってくれんか?」
「お前が賢者たちに洗脳魔法を施したのか?」

 賢者の余裕な顔が一瞬引きつった。

「うむ。ただ、ただの洗脳魔法とは違うのじゃよ」
「洗脳魔法に細工して、人の真似事をさせているんじゃないのか?」
「それでは人形と対して変わらん。私はそれ以上を求めた。それがなにか分かるかの?」
「なに?」

 よくよく観察しても、普通のアンデットにしか見えない。

 それに俺は今日初めてアンデットを見たんだ。普通のアンデットとレアなアンデットなんか見分けがつくはずもない。俺の目の前にいるアンデットは神域魔法を使っている以外に目新しい特徴もないしな。

「時間切れじゃ」
「じゃ、さっさと教えてくれよ」


 答えを催促すると、賢者は両手を開いて、

「アンデットに心を与えたのじゃよ」

 そう愉快そうに笑った。


「へ……心? まさかッ!?」

 俺は唖然として、ゴクリと喉を鳴らす。

 縛られた魂の他に、もう一つの魂があるのか。

「お前さんのような聡明な頭があるならもう分かったじゃろう」
「賢者の中には魂が二つあるのか?」
「正解じゃ。まぁ心が二つあるおかげか、洗脳魔法で意識を触発してあげないと立ったまま動かなくなるが欠点じゃがのぅ」

 魂とは、魔力炉という器官にあると言われていて、無力者なんて魂がないから人ではないと差別する国も多い。

 だから身体に魔力炉を移植すれば単純に魂と魔力量が増える。

 魔力を増やす方法に『魔力炉の移植』を選択したどの国も、沢山の命を無駄にしただけで魔力炉の移植に失敗した。

 二つになった魔力炉の魔力は交わらずに反発する。身体は反発の衝撃に耐えられなくなって、爆発する。

 それが結果のはずだ。成功なんてありえない。

「魔力炉の移植は不可能だと歴史が証明しているんだぞ」
「そうじゃな。でも歴史が証明しているのは生きた人間に対してだけじゃ。死んだ人間に魔力炉を移植したケースは今までにあったかのぅ?」
「そんなのあるわけ……ッ!?」

 死んだ後に魔力炉を移植?

「魂はどうす……。いや……有り得るのか。アンデットの魔力炉をアンデットに移植したら魂も移せる」
「さすがアイクじゃ。種明かしするワクワク感もない」

 ワルチャードでこんなぶっ飛んだ発想をする人間を俺はコイツしか知らない。

 この世界で殲滅魔法をユニーク魔法に変えた人物。


「生きていたのか。『ゴーディアス・ルクレール』」


「お初にお目にかかりますじゃ。アイク・エル・ファランド。やっとお互いを認識したのに名残惜しいが、暇つぶしは終わった。ここからは私の最高傑作と遊んでくれ」

 真ん中の男から濃密な殺気が漏れ出る。

「楽しかったわい」

 ゴーディアスの意識が途切れ、賢者たちの背後にある亀裂が完璧に閉じた。







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