メスガキに毎日魔法を教えていたら賢者と呼ばれるようになりまして

くらげさん

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悲しみ

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 賢者が復活する予兆はない。

 賢者二人が居た空間に何の変化がないことを確認して、視線を切る。

 ゴーディアスが言っていた『無敵』なんて名ばかりだな。


 輝夜たちは賢者二人がいた後方で落下中だ。

『ウィンドシール』

 風を蹴って、すぐに輝夜の側まで行き、輝夜を両手で抱きとめる。

「大丈夫か?」
「うん、凄い魔法見ちゃった」

 俺の戦闘を目で追えていたのか? 流石だな、輝夜はいつも俺を驚かせる。

「輝夜、お前は本当に肝が据わってるよ」

 目の前で理不尽な暴力の権化たる風魔法を見て、そんなキラキラとした目を向けられる輝夜には脱帽する。

 輝夜を両手から右手に持ち替えて、すぐ横を落ちてくるリッシュを左手で掴み取る。

「んッ!? 下民どこを触っている!」

 リッシュは何が気に食わなかったのか、赤面して両手両足を動かしながら、駄々をこねる子供のように暴れ出した。

「暴れるな」
「離せ、僕も飛行魔法ぐらい使える! だから離せ!」
「やめろ、ここで魔法を使えば死ぬぞ」
「何を言っているんだ!」

 リッシュは輝夜とは違い、俺の戦闘を認知していない。だからここで魔法を使うという馬鹿なことを平気で口にできる。

「空を見ろ」

 俺の言うことを聞いて、リッシュは首を回す。すると大きな目をさらに見開いて動きを止めた。

 流石にリッシュも『星が一辺欠けた魔法陣』がどういうモノかは分かっているらしい。

「お前ごときが魔法を使えば魔力操作ができずに肉塊になるのがオチだ」

 リッシュが俺を睨むその目は、明らかに怒りと羞恥で潤んでいる。泣きそうに見えるのは気のせいか?

 風魔法で空中の風に乗り、トントンと二段飛びの階段のように飛行していく。

「お前男なのに軽いな。飯食わないからだぞ」
「ッ! 下民うるさい! 不敬罪で処分してやる!」
「はいはい」

 リッシュの不敬罪を適当に流して、瓦礫が散らばってない所まで移動してきた。

 地面が近くなると、風が俺の体を押し上げ、ふわっとした動作で地面に降りる。

「ぐぇっ!」

 先にリッシュを地面に落として、輝夜は丁寧に降ろす。リッシュは全身で地面にダイブしていた。

「ありがと♡」
「あぁ」

 輝夜にお礼を言われて、輝夜の頭をぶっきらぼうに撫でる。

「もうやめてよ~♡」

 落ちたリッシュが顔を上げる。

「僕と差がありすぎるだろ!」
「そりゃそうだろ」

 土で顔を汚していたリッシュがそんな当たり前なことを叫んでいた。


 ガラッ!

 遠くにあった瓦礫の山から音が聞こえてきた。自然と視線は瓦礫の山にいく。

 そして一拍もおかずに殺気と、濃密な魔力が瓦礫の山から漏れ出てきた。

「リッシュ早く立て。もうギャグパートは終わりらしい」
「な、なんだ!?」

 リッシュも俺と同じように異様な魔力を感じたのか、すぐさま立ち上がって、俺を盾にする。

 ガラガラと瓦礫が一斉に崩れ、空気が一気に冷たくなった。

 ドッドッドッドっと、空間が脈を打つように震え始め、殺気の圧で空気が薄くなる。


「ヴァイヴェルオ!!!」

 ドガンッ! と瓦礫が飛び散り、大きな咆哮が辺りに響き渡った。

 土ぼこりも一瞬で晴れ、翼をはためかした賢者が鋭い目で俺を睨んでいる。

「おじさん、また精霊王の魔法」
「あんなのがヒョイヒョイと打てるわけねぇだろ。俺は魔力が少ないんだ」

 テリトリーで空気中の魔素を騙し、俺の魔力として使っているが、それにもなけなしの魔力が必要で、ここまでの戦闘で俺の消費したテリトリーは半分。

 あと半分のテリトリーで賢者を倒せるのか正直分からない。

 一対一の状況では、賢者二人を倒した時のような隙は生まれないだろう。

 賢者三人が一人になったって、圧倒的な速度からの攻撃を繰り返されたら詰む状況は変わっていない。

 賢者を見れば分かるが、友好的な雰囲気でもない。

 どうするか、致命傷を与える魔法などは魔力の無駄。

 それならいっそ全テリトリーを使って、前方の見える範囲を丸ごと消し吹き飛ばす。もう俺にできることはそれぐらいしかない。

 この魔法が外れたら俺は勝負に負ける。

 随分わかりやすくなった。

 これぐらいのリスクを取らないと、神とは勝負にすらならない。

 保険で転移場所をいくつか作って、賢者の攻撃に備える。


 ふぅ、と呼吸を整えて、詠唱を紡ぐ。
 
『雷の精霊に告げる』

 右の手のひらに魔力を集め、祈るように握り込んだ。そして右腕にバチバチといくつもの雷の線がジグザグに這う。

『雷のめが……』


「待っておじさん」
「なッおま!」
「お兄ちゃんの洗脳が解けるよ」

 輝夜が俺の左腕を抱きしめてきた。俺は詠唱を止め、賢者の様子を見る。

 全知の魔眼は洗脳が切れるタイミングまで分かるのか。


「オォウアんで、なんヴァオゥオ!」

 俺が詠唱を止めた所で、賢者のうめき声にジジジと、ノイズが入る。

「ヴォれは、俺は、輝夜ちゃんを助けたいだけなのに。なんであなたは邪魔するんだ!!!」

 ノイズの音量がゼロになり、賢者の本来の声が聞こえてくる。

 神の力の影響で頭の欠損が回復していた時から洗脳が効かなくなるのは察していたが、まさかこんなに早く洗脳魔法が浄化されるなんて思わなかった。

 となれば、光魔法の耐性も当然無くなっている。

 ワルチャードは神を手懐けることはできなかったか。これで俺が手をくだすまでもなくなった。賢者はアンデットだ、あとは勝手に浄化して消える。

「輝夜を助けたいだと、寝言は寝て言え」
「ッ! 言葉が」

 賢者に俺の言葉も届いたらしい。
 
「一度でも輝夜を殺そうとした奴に輝夜を渡せるはずないだろ」
「俺は死んでも復活できると聞いていた!」
「今それを聞かされたらどう思う?」
「ッ!」

 賢者はハッとなり、あっという間に苦虫を噛み締めたように厳しい顔つきになった。

 賢者の反応から洗脳で正常な判断ができなかったことはうかがい知れた。

 洗脳魔法が浄化されたなら、次にくるのは。

「ぐっ! うぅぅ!」

 急に賢者は胸を抑えて苦しみ出した。

 賢者は両膝をつき、魔力炉を掴む勢いで握りこんでいる。
 
「俺に、なにを、した……ハッ、くっ!」
「洗脳魔法で誤魔化していた痛みが来たんだろ。俺は何もしていない。普通人の肌に魔法陣は描かないんだよ、お前のようになるからな」

 肌に魔法陣を描けば、神経を抉られていることと同義。魔法陣がある限り、その痛みが治まることはない。どんな屈強な精神の持ち主でも、一瞬で廃人に成り代わると聞く。
 魔法陣が刻まれたのが魔力炉だったら尚更深い痛みになっているはずだ。

「……教えてくれ、俺はこれからどうなるんだ?」
「さっきまで殺そうとしていた相手に向かって教えを乞うのか?」
「うん」

 軽い返事。賢者は輝夜をチラッと見て、口を開いた。

「あなたはゴーディアスさんよりもちゃんと教えてくれそうだ。だって最初から争う必要はなかった。輝夜ちゃんの顔を見れば分かる、あなたは優しい人ですって雄弁に語っているよ」

 俺は賢者の答えに、ふっ、と笑いが込み上げてくる。

「なんだそれ」

 これが本来の賢者か。

 輝夜はぺたぺたと自分の顔を触って、頬を赤く染めていた。

「俺にこれからどうなるかを聞いたってことは、お前も自分が長くないことを分かっているんだろう」
「……なんとなくね」
「教えてやる、お前はアンデットだ。今の痛みを持ちながら浄化されて消えることになる。神の力を使った贖罪は見ず知らずの魂が受け持つことになるからあんまり関係ない」
「教えてくれてありがとう。アンデットか。なんで気づかなかったんだろう」

 賢者は右手で胸を掴みながら立ち上がった。壮絶な痛みを感じているだろうに、それを表には一切出さない。

「一つ頼みたいことがあるんだ」
「なんだ?」

 賢者の体が、光に包まれた。

 ジリジリと音を立てながら、賢者の身体が透けていく。皮膚の下から浮かび上がる魔法陣が、まるで燃えるように赤く発光している。

「後ろで寝ている俺の大切な人を助けてくれ」
「うん、絶対おじさんが助けるよ!」
「おい!」

 輝夜が俺の代わりに返事をした。無理なことを平気で言う輝夜に俺は短く突っ込む。賢者は苦痛に顔をしかめながらも、ははっと優しく笑った。

「ありがとう。……もう……この痛みも……死んだら……消えるかな」
「……ああ。少なくとも、お前がワルチャードが負うはずの痛みで苦しむ必要はない」

「そうか」

 短い返事とともに賢者の身体は、まるで星屑のように輝きながら、ゆっくりと空気に溶けていった。

 風が一陣、賢者のいた場所を撫でる。


 静寂の余韻を受けて、

「さよなら……蒼介お兄ちゃん」

 輝夜がポツリとつぶやいた。





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