忘れられない恋になる。

豆狸

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第一話 番避け

 ここは宮殿の中庭、季節の花々に取り囲まれた私達の間を風が吹き抜けていきます。

つがい避けの宝石ですか?」

 ヘレミアス様に首飾りを渡されて、私は首を傾げました。
 首飾りに嵌められた宝石の放つ虹色の光沢が初めて見るものだったからです。
 私は女王国の王女カロリーナ。私とヘレミアス様は同い年の十二歳で、先日婚約したところです。今日は贈り物があるとおっしゃって、わざわざ女王国の宮殿まで訪ねてきてくださったのです。

 ヘレミアス様は私の質問に頷いて、説明を始めてくださいました。
 彼は獣王国の第二王子です。
 獣王国の王家は強い魔力を持つ龍人族です。光り輝く黄金の髪と黄金の瞳を持つ王子様は今日、ふたりを隔てる激しい急流を強い魔力で乗り越えていらっしゃったのです。

「うん。獣王国でも滅多に産出しない珍しいものだ。父上に用意してもらったんだよ。我が国に来た君が、だれかのつがいだとわかって攫われてしまっては嫌だもの」

 そう言う彼は苦しげな顔をしています。
 ヘレミアス様のご両親はつがいです。
 運命によって結ばれたたったひとりの相手、つがいは獣王国の獣人族にとって大切な存在です。出会った瞬間に互いがそうであることがわかるのだと聞きます。結ばれたつがいは必ず幸せになり、周囲にも福をもたらすのだとも。

「……私はヘレミアス様のつがいではないのでしょうか?」

 私が尋ねると、彼は優しく微笑みました。

「それはまだわからないよ。私達は子どもだもの。つがいかどうかは成人しなくてはわからない」

 獣人族も私達ヒト族も十五歳が成人とされています。

「では、私がヘレミアス様のつがいかもしれませんね」
「そうだね。……そうだったら嬉しいな。結婚式の後で君がつがい避けを外して、初めて気づくんだ。私の婚約者で妻となった君こそが、運命で結ばれたつがいだったんだ! って……」

 私達が結婚するのは十八歳になってからの予定です。
 成人ということになっていても、十五歳では身体も精神も未熟なのです。
 そして、結婚して男性と結ばれた女性は、べつにつがいがいても認識されなくなると言われています。野性のけもののように、子を殺してでも女性を奪おうとする男性が出ないように神様が気を配ってくださったのでしょう。

「ふふ、そうだったら素敵ですね」

 私とヘレミアス様の婚約は政略的なものです。

 獣王国は巨大な河に多くの恵みを与えられた肥沃な中州にあります。
 激しい急流に囲まれていて、魔力が強く身体能力の高い獣人族にしか行き来の出来ない場所です。
 中州は獣人族の楽園でした。けれど近年獣王国の人口が増え、中州だけでは民の口を賄えなくなる未来が見えてきています。それだけでなく、満ち足りた生活で魔力が弱まり身体能力の落ちた獣人族は中州と外界との行き来が難しくなってきているのです。

 中州を守る急流の外は緩やかな流れになっていて、急流ほどではないものの河岸の土地に恵みを与えてくれています。
 我が国は獣王国の中州に近い河岸にあります。
 獣王国は内側から、我が国は外側から橋を伸ばし、最終的にはつなげてひとつの橋にしよう、という計画が進められているのです。私の母である女王が獣王国と立てた計画です。

 獣王国の未来を案じて、というのが大きな理由ですけれど、我が国に利益がないわけではありません。
 獣人族の口が賄えない未来はまだ来ていません。今の獣王国は豊かなのです。
 それにこのつがい避けの宝石のように、隔てられた獣王国には外界では知られていない珍しいものが多々あることでしょう。

 母が獣王国と計画を立てたのは、私が生まれる前でした。
 もし私がそのころ生まれていたら、婚約者は第二王子ヘレミアス様ではなく、前の王妃殿下のご子息ホアン様だったことでしょう。
 獣人族にとってつがいは大切な存在です。
 母と獣王国の未来について語り合った前の王妃殿下は、ヘレミアス様の母君が現れたことで身を引かれたのです。

 第一王子ホアン様も母親の違う王子の存在で国が乱れることを案じて、王位継承権を放棄して神殿へ入り聖職者となりました。
 今のホアン様が獣王国神殿の最高位である聖王猊下となられているのは、王族の血筋の七光りではありません。
 強い魔力やそれを制御するという角は龍人族である王家の血筋から受け継いだものでしょうが、彼が聖王猊下に選ばれたのは自身の叡智と人を引き寄せる魅力によるものです。

 ……と、母が言っていました。
 そしてその叡智と魅力はホアン様が母君の前の王妃殿下から受け継いだものなのだとも。
 獣王国の秘を知ってしまった前の王妃殿下は国王陛下と離縁して野に降ることは許されず、かといって側妃となることも受け入れられず、毒杯を仰いでお亡くなりになっています。

「ねえ、カロリーナ姫」

 黄金の髪の王子様が、黄金の瞳に私を映します。
 光り輝くその瞳に、心の奥底まで見通されているような気がしました。
 でも不思議と嫌な気持ちではありません。

「もし君が私のつがいでなかったら、私に君以外のつがいが見つかったとしたら、私は『つがい殺し』を飲むよ」

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