忘れられない恋になる。

豆狸

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最終話 恋を忘れて

「あら」
「どうしました?」

 ここは宮殿の中庭、私達は季節の花々の間の小径こみちを散策していました。

「いえ、その……」

 結婚式を数日後に控えた新しい婚約者、ホアン様が首を傾げます。
 お見合いの日におっしゃられた通り、ホアン様は品行方正な方ではありませんでした。
 むしろ子どものように感情豊かで、くるくると表情をお変えになります。前にそう告げたら、カロリーナ王女の前だからですよ、と照れたような笑みを浮かべられました。

「……私には秘密なのですか? 女王国の機密事項なら婚姻するまで聞きませんけれど」
「いいえ、その……先ほどホアン様の横顔を見ていて気付いたのです。ホアン様は獣王国の国王陛下に似てらっしゃるなあ、と」
「そうですか? 私は母似だと言われているのですがね」
「ほんの少しです。お鼻のところが……ああ……」

 私が気づいたことをホアン様は察したようでした。

ヘレミアス異母弟にも似ていましたか?」
「え、ええ少し……」
「まあ仕方がありませんね。父親が同じ男児なのですから、似ているところもあるでしょう」
「大人の男性でいらっしゃるのですから、唇を尖らせて拗ねないでください」
「拗ねていません。私は大人の男ですからね。愛する貴女が前の夫を思い出していたことに嫉妬しているのです」
「前の夫と言っても白い結婚だったことはご存じでしょう」

 光り輝く白銀の瞳が私を映します。

「白い結婚だったからといって、貴女がヘレミアスを愛していなかったということではないでしょう?」
「そうですね、愛していました。でももう過去のことです」

 本当のことでした。
 だって先ほどホアン様の横顔がだれかに似ていると感じたとき、真っ先に思い出したのはヘレミアス殿下ではなかったのですもの。
 私はきっといつか、ヘレミアス殿下に恋していたことも忘れてしまうのだと思います。事実としては覚えていても、そのときの感情は思い出せない記憶の断片に変わってしまうに違いありません。

「……『つがい殺し』を飲んだこと、後悔していらっしゃいますか?」
「いいえ」

 拗ね顔だった婚約者が笑顔に戻りました。

「あのとき飲まなかったら後悔していたかもしれませんが、飲んだことを後悔した日は一度もありませんね。私にとって大切なのは、つがいの熱情ではなく自分の意思で恋した貴女なのですから」

 貴女が好きですよ、とホアン様は笑顔からさらに相好を崩して微笑みました。

「私もホアン様が好きです。その……男性として見るようになったのはお見合いからですけれど、夜会で手を差し伸べてくださったときからずっと感謝していて、素敵な方だと思っていました」
「それは嬉しいですね」

 季節の花々の香りを運ぶ風が、ホアン様の白銀の髪を躍らせています。
 私はきっといつか、ホアン様に恋をするのでしょう。結婚のほうが先になってしまいますが、王女に生まれた以上仕方のないことです。
 いいえ、本当はもう恋しているのかもしれません。

「カロリーナ王女、貴女が黒髪で良かった」
「はい?」
「ええ、もちろん貴女がどんな髪色でも私は恋したと思います。でもこんな色鮮やかな花々の中でも貴女を見失わずにいられるのは、その黒髪のおかげだと感じたのです」
「私もホアン様に角があってくださって良かったと思います。どこにいらしても、貴方を見つけられますもの」

 瞳が探すのは、きっと心が求めているからでしょう。
 私達は手をつないで、季節の花々の間の小径こみちを歩きます。
 運命で結ばれていなくても、いつかホアン様に恋をしたならば、それはきっと忘れられない恋になる、そんな気がしました──

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