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第十話 忘れられない恋~王太子ヘレミアス~
結婚式の数日前に、ペサディリャからヘレミアスに手紙が届いた。
せっかく巡り合った番なのだから一度だけ、一度だけ逢瀬をしようと誘う手紙である。
ヘレミアスは莫迦らしいと感じた。兄のように慕う専属護衛騎士の妻となる女性の発言だと思うと怒りが湧いた。このまま結婚を待てば良いと思っていたが、『番殺し』を飲んでしまおうかとも考えた。
(なのに……)
ヘレミアスはペサディリャに会いに行ってしまった。
自分なら大丈夫だから、番の熱情に流されることはないから、結婚式直前にこんな莫迦げたことを考えるペサディリャを叱責してやろうと考えたから。
だがヘレミアスはペサディリャを抱いてしまった。番の熱情は逆らえないほどのものではないのに、酒杯を傾けながら話をしているうちに流されてしまったのだ。
専属護衛騎士は結婚後にヘレミアスとペサディリャが番だと気づき、自ら姿を消した。辞職し、離縁届けを残して出奔したのだ。
ヘレミアスは遅まきながら『番殺し』を飲もうとしたが、一滴舌に落ちただけの苦痛にさえ耐えきれなかった。
息子に番が現れたことに浮かれる母王妃によって、夫に去られたペサディリャは側妃となった。すべて自分が悪いのだとわかっていてもヘレミアスは、ペサディリャに会いに行ったときの自分の耳に母王妃の、可哀相なヘレミアス……という言葉が響いていたような気がしてしまう。
季節の花々の香りを運ぶ風が黒髪を躍らせるけれど、ここは女王国の宮殿ではない。
風に遊ばれる黒髪の向こうには獣の特徴が覗いている。
ヘレミアスの瞳がいつもだれかを探しているように、ペサディリャの瞳もいつもだれかを探している。ペサディリャは離れた位置で見守っている獣王国宮殿の護衛騎士に視線を送り、その髪色や獣の特徴がいなくなった夫とは違うと確認してから目を逸らす。
(私もペサディリャも番の熱情に流された。溺れてしまった。でも、だけど私達が本当に恋をしていたのは……)
ヘレミアスには忘れられない恋がある。
十五歳で再会して、番除けを外したときのカロリーナになにも感じなかったときの絶望を覚えている。
十八歳で結婚して、ヴェールを上げて口付けを交わしたときの高揚を記憶している。
ペサディリャはまだ、夫の残した離縁届けに署名をしていない。
もっともそれを主張したところで、だれも話を聞いてはくれないだろう。
彼女はもうヘレミアスの側妃だ。王家に認められ、番を尊ぶ獣人族に支持されている。
きっとペサディリャは身勝手な夢を見たのだ。
愛し愛されている幼馴染と結婚しながら、番の王太子に求められる素晴らしい自分の姿を夢見て酔いしれていたのだろう。
だけど一時の熱情は、すぐに冷める。後はしがみ付くことしか出来ない。
ほかに行くところはないのだから、ペサディリャはヘレミアスの逃げ場所を奪うしかなかった。
もう熱情すら感じていなくても、自分ひとりのものにしておかなくてはいけなかった。お前も共犯者なのだと睨みつけ、ひとりだけ幸せにはさせないと腕を掴んだ。
彼女の夫は去ってしまったのだから。どんなに願っても戻って来てはくれないのだから。
運命によって結ばれたたったひとりの相手、番のふたりの胸には忘れられない恋があって、いつもだれかを探している。
(もしかしたら父上も今も……)
だからこそ母王妃は番にこだわっているのかもしれない。
だが、もう考えても仕方がないことだ。
カロリーナはヘレミアスの異母兄ホアンと再婚する。異母兄が王家へ戻るわけではない。獣王国の宮殿ではもう二度とカロリーナの黒髪は見つけられない。
風が花びらを運んでいった。
せっかく巡り合った番なのだから一度だけ、一度だけ逢瀬をしようと誘う手紙である。
ヘレミアスは莫迦らしいと感じた。兄のように慕う専属護衛騎士の妻となる女性の発言だと思うと怒りが湧いた。このまま結婚を待てば良いと思っていたが、『番殺し』を飲んでしまおうかとも考えた。
(なのに……)
ヘレミアスはペサディリャに会いに行ってしまった。
自分なら大丈夫だから、番の熱情に流されることはないから、結婚式直前にこんな莫迦げたことを考えるペサディリャを叱責してやろうと考えたから。
だがヘレミアスはペサディリャを抱いてしまった。番の熱情は逆らえないほどのものではないのに、酒杯を傾けながら話をしているうちに流されてしまったのだ。
専属護衛騎士は結婚後にヘレミアスとペサディリャが番だと気づき、自ら姿を消した。辞職し、離縁届けを残して出奔したのだ。
ヘレミアスは遅まきながら『番殺し』を飲もうとしたが、一滴舌に落ちただけの苦痛にさえ耐えきれなかった。
息子に番が現れたことに浮かれる母王妃によって、夫に去られたペサディリャは側妃となった。すべて自分が悪いのだとわかっていてもヘレミアスは、ペサディリャに会いに行ったときの自分の耳に母王妃の、可哀相なヘレミアス……という言葉が響いていたような気がしてしまう。
季節の花々の香りを運ぶ風が黒髪を躍らせるけれど、ここは女王国の宮殿ではない。
風に遊ばれる黒髪の向こうには獣の特徴が覗いている。
ヘレミアスの瞳がいつもだれかを探しているように、ペサディリャの瞳もいつもだれかを探している。ペサディリャは離れた位置で見守っている獣王国宮殿の護衛騎士に視線を送り、その髪色や獣の特徴がいなくなった夫とは違うと確認してから目を逸らす。
(私もペサディリャも番の熱情に流された。溺れてしまった。でも、だけど私達が本当に恋をしていたのは……)
ヘレミアスには忘れられない恋がある。
十五歳で再会して、番除けを外したときのカロリーナになにも感じなかったときの絶望を覚えている。
十八歳で結婚して、ヴェールを上げて口付けを交わしたときの高揚を記憶している。
ペサディリャはまだ、夫の残した離縁届けに署名をしていない。
もっともそれを主張したところで、だれも話を聞いてはくれないだろう。
彼女はもうヘレミアスの側妃だ。王家に認められ、番を尊ぶ獣人族に支持されている。
きっとペサディリャは身勝手な夢を見たのだ。
愛し愛されている幼馴染と結婚しながら、番の王太子に求められる素晴らしい自分の姿を夢見て酔いしれていたのだろう。
だけど一時の熱情は、すぐに冷める。後はしがみ付くことしか出来ない。
ほかに行くところはないのだから、ペサディリャはヘレミアスの逃げ場所を奪うしかなかった。
もう熱情すら感じていなくても、自分ひとりのものにしておかなくてはいけなかった。お前も共犯者なのだと睨みつけ、ひとりだけ幸せにはさせないと腕を掴んだ。
彼女の夫は去ってしまったのだから。どんなに願っても戻って来てはくれないのだから。
運命によって結ばれたたったひとりの相手、番のふたりの胸には忘れられない恋があって、いつもだれかを探している。
(もしかしたら父上も今も……)
だからこそ母王妃は番にこだわっているのかもしれない。
だが、もう考えても仕方がないことだ。
カロリーナはヘレミアスの異母兄ホアンと再婚する。異母兄が王家へ戻るわけではない。獣王国の宮殿ではもう二度とカロリーナの黒髪は見つけられない。
風が花びらを運んでいった。
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