愛していたのは昨日まで

豆狸

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中編 世紀の愛は面倒くさい。

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 私がお母様と連絡を取り、聖術師に依頼をしたのが一か月前のことです。
 そして今日、侯爵領の片隅で謹慎生活を送っていた私を訪ねてきた聖術師は言いました。

「彼らは魅了されていませんでした」
「嘘でしょう?」
「本当です。魅了されていたのはあなたです」
「嘘でしょう?」

 同じ問いを繰り返す私とは違い、テーブルの横に立って給仕をしてくれていたナンナには思い当たるものがあるようです。しきりに頷いています。
 聖術師はテーブルの上の皿からクッキーを手に取って齧り、言いました。

「このクッキー美味しいですね」
「ありがとうございます」

 侯爵領の片隅にある田舎の一軒家で謹慎生活を始めてから、毎日クッキーを作っています。体形を崩すほどは食べていませんよ?
 考えてみるとクッキーは、お母様が作ってくれた大好きなオヤツでした。
 そして、王太子教育に疲れたアーチボルト殿下へ持っていって喜んでいただけた──

「って! クッキーはどうでもいいんです! 私が魅了されているとはどういうことですか? あの女に魅了されて、あの女に都合が良いように行動していたということですの?」
「いいえ。あなたに魅了がかけられたのは十年ほど前、おそらく王太子殿下との婚約が結ばれたころでしょう。術者は国王陛下ですね。王族は魅了にかからないよう、魅了封じと魅了の術を我々から学ぶのです」

 伝説だと思っていましたが、聖術師は今も密接に王家とつながっているようです。
 私も王太子殿下と結婚していたら教えてもらえていたのでしょうか。

「そうだったんですか、知りませんでした。……あの、でも私は国王陛下のことは別に……」
「ああ、もちろん王太子殿下を好きになるように魅了されていますよ。ご自分が浮気女で痛い目を見たから、息子に同じ苦労はさせたくなかったのでしょう」

 お亡くなりになった王太子殿下の母君、王妃様が男爵令嬢プロースティブラと同じように取り巻きを率いていたことは以前から知っていました。
 お母様からの手紙で、若き日の父も取り巻きのひとりだったこと、そして父以外の取り巻きは王妃様と肉体関係があったことを知りました。
 私と王太子殿下が異母兄妹なのではないかと案じて父を問い詰めたら、父だけは肉体関係がなかったことが明らかになったそうです。だからこそ父は亡き王妃様を神格化していて、自分の娘である私を彼女の息子と結婚させたがったのかもしれません。

 国王陛下は本来の婚約者との関係を破棄した後で恋人の不貞に気づきました。
 ですが大々的に婚約破棄をした手前、すべてを無しにはできません。捨てられた婚約者の一族もそれを許しません。
 彼女を王妃にする以外、選ぶ道はありませんでした。

「いっそ王太子殿下が国王陛下の種でなければ、どちらも亡くなったことにして新しいお妃様を迎えられたでしょうけど、王太子殿下は明らかに国王陛下の血筋でしたからね。でもあの段階でお妃様を処分できただけ良かったですよ。……あ、これ秘密ですよ?」
「はい。聞かなかったことにします」

 口の軽い聖術師です。
 でもまあそうですよね。本来の婚約者を捨てて、世紀の愛と喧伝して結ばれた挙句、実はただの尻軽女に騙されただけでしたー、とは言えません。
 生まれた子どもが国王陛下に生き写しな以上、偽りの愛を守り続けなくてはいけません。世紀の愛の結晶がありながら後妻を迎えたりしたら、王家の威信にかかわります。

 王太子殿下はこのことを知っていらっしゃるのでしょうか。
 ……あら? この一ヶ月、殿下のことを思い出すたびに痛んでいた胸がぴくりともしません。
 私はクッキーに手を伸ばしました。お行儀悪いですが、お客様も食べているのだからいいでしょう。情報が多過ぎます。頭に糖分が必要です。

「……私にかかった魅了は解いていただけますか?」
「もう解けてますよ」
「そうなんですか?(我ながら、このクッキー美味しいわー)」
「病気や死に関する呪いは、かけられたかもしれないと仄めかすだけで効果が出ますが、恋愛に関する呪い……魅了は、存在を仄めかすだけで解けるものなんですよねー」

 なんとなくわかる気もします。
 魅了の呪いをかけられていたなんて聞いたら、それだけで気持ちが冷めます。

「王太子殿下と取り巻き達は魅了もかけられていないのに、どうして男爵令嬢に夢中だったのでしょう?」
「いやー。若い男の子は、ね?」

 聖術師が差し出した茶碗にお茶を注いで、ナンナが頷きます。

「お嬢様、若い男の子は頭と尻の軽い女の子が大好きなんですよ」
「私がぼかしたのに、はっきり言っちゃいます?」
「お嬢様がまだ王太子に幻想を抱いていたら大変だと思いまして」
「もう夢なんか見ていません」
「それとお嬢様、誤解なさらないようお気を付けください。若い男の子は頭と尻の軽い女の子が大好きですが、本当に愛して大切にするのはそうでない女の子のほうですから」
「というより、女性を愛して大切にできる男性は、頭と尻の軽い女の子に群がりませんから」
「聖術師様もおっしゃいますねえ」

 笑い合うナンナと聖術師を見ながら、私はクッキーを食べ続けました。
 明日はお母様がここを訪れてくださいます。やっと父の許可が取れたのです。
 お母様にお出しするクッキーは、やっぱり最初に教えていただいた基本のものが良いですかねえ。あー、お茶も美味しいですわ。ナンナは出過ぎた発言が多いものの、ほかのことは完ぺきな侍女なのです。
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