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6・預けたリボン
ポール殿下の怒号を受けベリエ大公に婚約を申し込まれた日も、これまでと同じように過ぎていく。
一度死んで過去に戻ったという私の記憶が間違いで、ただ悪夢を見ただけかのように一日が終わっていく。
父と義母、異母弟とは別に冷たい夕食をひとりで摂り、冷たい目をしたメイドが整えた振りをした固いベッドで眠りに就く。王宮に登城するときだけはきちんと身繕いをしてくれるから、まだいいのだけれど。
……大公殿下は本気なのかしら。どうしていきなり、私と婚約したいだなんておっしゃったのでしょう?
ポール殿下を激昂させてしまったことを父には伝えていない。
すべて私が悪いのだと言われて怒られるだけだ。
そして義母や異母弟、メイド達が、それを楽しそうに見物する。……死ぬ前の王妃だったときも、今も、私はひとりだ。
でも本当のポール殿下を見ようとせず、過去の初恋にしがみついていた私も良くなかったのだと思う。
明日からはどうしたらいいのかしら?
明日、からは……
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夢を見た。
幼い日の夢だ。
何度も何度も繰り返し見ている、大切な夢。
「すごいな。ドリアーヌはもう魔法が使えるのかい?」
「はい!」
あのころは、彼といるのが楽しくてたまらなかった。
エメラルドの瞳の私の王子様。
肌は今より白く、髪の色も薄い焦げ茶色で……あら? 体が小さいのもあって、ポール殿下よりもベリエ大公に似ていらっしゃる?
いいえ、考え過ぎだわ。
今日あんなことがあったから、彼のことを意識しているだけ。
そういえば、ベリエ大公と初めて会ったのはいつだったかしら。
「ポール殿下にお見せいたしますね」
「うん、見せて」
中庭、魔術学園のお妃様の木の枝を挿し木された木の下で両手を合わせて念じると、手と手の間に風が渦巻く。
それは、ふわり、と浮かび上がって──
「きゃあ」
「ドリアーヌ、大丈夫?……あはは」
「ポール殿下?」
「君の頭、鳥の巣みたい」
浮かび上がった魔術の風は、私の髪をグシャグシャにしてリボンをほどいていた。
「どうしましょう、こんな頭で戻ったらメイドに叱られてしまいます」
「ドリアーヌ。王妃教育のためだと言って王宮で暮らしたらどうだい? はっきり言わせてもらうけど、サジテール侯爵は娘である君のことを愛していない。君と異母弟が同い年だということがなにを意味するか、わかってるよね? 彼は後妻に夢中で、君を放置することが侯爵家の格を落とし、王家への侮辱になることも気づいていないよ」
「でも……私が家を出たら、お母様の遺してくれた花畑を世話するものがいなくなってしまいます」
実際は私がいてもお母様の花畑はなくなった。
世話をしていた庭師もメイドのように義母のお気に入りに変えられ、植える花も義母の好みのものになったのだ。それでも当時の私は心のどこかで、家族がいつか自分を愛してくれるかもしれないと夢を見ていた。
エメラルドの瞳の王子様は、ご自分の櫛で私の髪を梳かしてくださった。梳かした髪をまとめてリボンで結って、
「リボンが一本しかないな。……ああ、あんなところに」
私の風の魔術に飛ばされて、リボンは木の枝に絡まっていた。
「ちょっと待っていて。すぐに取ってきてあげる」
「危ないです。この木は折れやすいと聞きます」
「僕は軽いから大丈夫」
言葉の通り枝は折れなかったのだけれど、彼は木から降りるときに失敗して落ちてしまった。
「ポール殿下!」
「そんなに泣かないで、ドリアーヌ。大丈夫だよ。ほら、君のリボンだ」
お母様の形見のリボンは緑色。
私の王子様の瞳と同じエメラルド。
「……殿下が持っていてくださいませ」
「どうしたの? そうか、汚れているとメイドに叱られるんだね? わかった。じゃあ今度会うときまでに洗っておくよ」
「違います。あの……家にあると、無くしてしまうかもしれないので」
「家で?……ああ」
「二本ありますので、ふたりで一本ずつ持っていたら、どちらかが無くなっても大丈夫だと思うのです」
「君の母君の形見なんだっけ」
「そうです」
「うん、わかったよ。ずっと持っておく。君の持っているリボンが無くなったとしても、僕が持っているから安心して」
私が持ち帰ったリボンはその日のうちに、二本で対のものが一本になったのなら不要でしょう、と言われてメイドに捨てられてしまった。
こっそり拾って仕舞っておこうと思ったけれど、異母弟に見つかって取り上げられて、目の前で切り刻まれてしまった。
ポール殿下に預けたリボンは──いいえ、期待するのはやめましょう。あのこと自体忘れていらっしゃったのだもの。
その後騎士団で訓練を始めたポール殿下と会うことは少なくなって、久しぶりに会ったときはもう今と同じ感じになっていた。
今の殿下は少し乱暴で怖い気もするけれど、成長に従って彼が選んだ姿なのだ。
婚約者として受け入れて愛していかなくてはならない。
ベリエ大公の発言は冗談……本気だとしても無理、ですわよねえ?
一度死んで過去に戻ったという私の記憶が間違いで、ただ悪夢を見ただけかのように一日が終わっていく。
父と義母、異母弟とは別に冷たい夕食をひとりで摂り、冷たい目をしたメイドが整えた振りをした固いベッドで眠りに就く。王宮に登城するときだけはきちんと身繕いをしてくれるから、まだいいのだけれど。
……大公殿下は本気なのかしら。どうしていきなり、私と婚約したいだなんておっしゃったのでしょう?
ポール殿下を激昂させてしまったことを父には伝えていない。
すべて私が悪いのだと言われて怒られるだけだ。
そして義母や異母弟、メイド達が、それを楽しそうに見物する。……死ぬ前の王妃だったときも、今も、私はひとりだ。
でも本当のポール殿下を見ようとせず、過去の初恋にしがみついていた私も良くなかったのだと思う。
明日からはどうしたらいいのかしら?
明日、からは……
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夢を見た。
幼い日の夢だ。
何度も何度も繰り返し見ている、大切な夢。
「すごいな。ドリアーヌはもう魔法が使えるのかい?」
「はい!」
あのころは、彼といるのが楽しくてたまらなかった。
エメラルドの瞳の私の王子様。
肌は今より白く、髪の色も薄い焦げ茶色で……あら? 体が小さいのもあって、ポール殿下よりもベリエ大公に似ていらっしゃる?
いいえ、考え過ぎだわ。
今日あんなことがあったから、彼のことを意識しているだけ。
そういえば、ベリエ大公と初めて会ったのはいつだったかしら。
「ポール殿下にお見せいたしますね」
「うん、見せて」
中庭、魔術学園のお妃様の木の枝を挿し木された木の下で両手を合わせて念じると、手と手の間に風が渦巻く。
それは、ふわり、と浮かび上がって──
「きゃあ」
「ドリアーヌ、大丈夫?……あはは」
「ポール殿下?」
「君の頭、鳥の巣みたい」
浮かび上がった魔術の風は、私の髪をグシャグシャにしてリボンをほどいていた。
「どうしましょう、こんな頭で戻ったらメイドに叱られてしまいます」
「ドリアーヌ。王妃教育のためだと言って王宮で暮らしたらどうだい? はっきり言わせてもらうけど、サジテール侯爵は娘である君のことを愛していない。君と異母弟が同い年だということがなにを意味するか、わかってるよね? 彼は後妻に夢中で、君を放置することが侯爵家の格を落とし、王家への侮辱になることも気づいていないよ」
「でも……私が家を出たら、お母様の遺してくれた花畑を世話するものがいなくなってしまいます」
実際は私がいてもお母様の花畑はなくなった。
世話をしていた庭師もメイドのように義母のお気に入りに変えられ、植える花も義母の好みのものになったのだ。それでも当時の私は心のどこかで、家族がいつか自分を愛してくれるかもしれないと夢を見ていた。
エメラルドの瞳の王子様は、ご自分の櫛で私の髪を梳かしてくださった。梳かした髪をまとめてリボンで結って、
「リボンが一本しかないな。……ああ、あんなところに」
私の風の魔術に飛ばされて、リボンは木の枝に絡まっていた。
「ちょっと待っていて。すぐに取ってきてあげる」
「危ないです。この木は折れやすいと聞きます」
「僕は軽いから大丈夫」
言葉の通り枝は折れなかったのだけれど、彼は木から降りるときに失敗して落ちてしまった。
「ポール殿下!」
「そんなに泣かないで、ドリアーヌ。大丈夫だよ。ほら、君のリボンだ」
お母様の形見のリボンは緑色。
私の王子様の瞳と同じエメラルド。
「……殿下が持っていてくださいませ」
「どうしたの? そうか、汚れているとメイドに叱られるんだね? わかった。じゃあ今度会うときまでに洗っておくよ」
「違います。あの……家にあると、無くしてしまうかもしれないので」
「家で?……ああ」
「二本ありますので、ふたりで一本ずつ持っていたら、どちらかが無くなっても大丈夫だと思うのです」
「君の母君の形見なんだっけ」
「そうです」
「うん、わかったよ。ずっと持っておく。君の持っているリボンが無くなったとしても、僕が持っているから安心して」
私が持ち帰ったリボンはその日のうちに、二本で対のものが一本になったのなら不要でしょう、と言われてメイドに捨てられてしまった。
こっそり拾って仕舞っておこうと思ったけれど、異母弟に見つかって取り上げられて、目の前で切り刻まれてしまった。
ポール殿下に預けたリボンは──いいえ、期待するのはやめましょう。あのこと自体忘れていらっしゃったのだもの。
その後騎士団で訓練を始めたポール殿下と会うことは少なくなって、久しぶりに会ったときはもう今と同じ感じになっていた。
今の殿下は少し乱暴で怖い気もするけれど、成長に従って彼が選んだ姿なのだ。
婚約者として受け入れて愛していかなくてはならない。
ベリエ大公の発言は冗談……本気だとしても無理、ですわよねえ?
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