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8・婚約証明書
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魔術学院にいる間は好奇心に満ちた視線を浴びせられた、と思うのだけれど、少しも記憶に残らなかった。
リボンのことが気になっていたのもあるし、放課後ベリエ大公のお宅に帰ることで頭がいっぱいになっていたのもある。
本当にいいのかしら? そもそも私とポール殿下の婚約が解消されて、大公との婚約が結ばれているということ自体真実なの?
どんなに考えても答えは出ない。
大公はいないし、彼が言った通り殿下も登校していなかった。
当事者は私だけだ。
──授業が終わり、ニナが迎えに来てくれて大公の馬車で帰路につく。
王都の大公邸で降ろされて、私のものだという部屋に案内される。
白を基調に、仕舞わなくてはと思いながらも握り締めたまま手放せないでいるリボンと同じ、エメラルドの緑を散りばめた心地良い部屋だった。
不思議な既視感が訪れた。
今より壁の色合いが落ち着いていたこの部屋で、とても安らぎを感じた記憶が蘇る。
最初に一度行っただけなのであまり覚えていないけれど、ここは王妃個人の財産として与えられた別宅と同じ建物ではないかしら。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ドリアーヌ様がお勉強なさっている間に市場へ行って、新鮮な食材を仕入れて参りました。下ごしらえは済ませていましたが、仕上げをしたのはたった今です。出来立ての温かい料理をお召し上がりくださいませ」
「ありがとう」
ニナが腕を振るってくれている間は、別のメイドが相手をしてくれていた。
彼女は大公邸に昔からいるメイドだそうだが、突然現れた私にも礼を尽くしてくれた。
ベリエ大公はまだ王宮から戻らないので、やっぱりひとりの夕食だったけれど、ニナに給仕されながら温かい料理を食べるのは楽しかった。いつもの倍くらい食べてしまった気がするわ。
部屋に戻って窓から外を見ると、どこか懐かしい景色が広がっている。
お母様の好きだった花畑と同じ花、同じ配置?……まさかね。
そんなことあるわけないのに、握り締めたまま手放せないままでいるエメラルドのリボンを見ると、そうなのではないかと思えてくる。ベリエ大公は何者なのだろう。
「ポール王太子殿下の従兄で、国王陛下の亡き兄君のご子息。私達よりふたつ年上で、心の色が見える魔術をお持ちで……」
指折り数えても、それ以上のことは浮かんでこない。
「……今日から私の婚約者?」
恐る恐る新しい指を折る。
目を閉じてベリエ大公のエメラルドの瞳を思い出す。
違う、この人ではない、という呟きは聞こえてこない。どうしてだろう。本人が目の前にいないから? それとも……彼が『彼』なのかしら?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ベリエ大公が帰ってきたのは、かなり遅い時間だった。
「お食事は?」
「食べましょうかね。ドリアーヌ嬢、君もきちんと食べましたか?」
「はい。ですが……同じテーブルにいてもよろしいでしょうか?」
大公のご両親は早くに亡くなっている。
彼と使用人達との仲は友好なようだけど、だからといって一緒に食事をするわけにはいかない。使用人達だって、気を張らず仲間同士で食事をしたいだろうから。
「ええ。ありがとうございます、ドリアーヌ嬢」
ベリエ大公の微笑みに、なんだか心臓の動悸が激しくなる。
単純すぎる自分が恥ずかしい。初夜のときまで、ずっとポール陛下をお慕いしていたのに。いいえ、あの後も彼が好きなのだと思い続けていたのに。
大公本人を前にしても心は、違う、この人ではない、と言わなかった。
大公の食事が終わり、私達は応接室に移った。
香りの良いお茶を楽しみながら小菓子を摘まむ。
そういえば実家の侯爵家では、こんな時間はなかったわ。お母様が生きていらっしゃったころ、侯爵領の屋敷で過ごした記憶がうっすらとあるだけだ。
「ふふ」
「ベリエ大公殿下?」
「その香草を効かせたお菓子がお好きなのですね」
「え、ええ。気に入りました。……エメラルドのように美しい緑色だったので」
「そうですか。……そろそろ君にいろいろな事情の説明をさせてもらいましょう。まずはこちらをご覧ください」
大公がテーブルの上に出したのは、私と彼の婚約証明書だった。
リボンのことが気になっていたのもあるし、放課後ベリエ大公のお宅に帰ることで頭がいっぱいになっていたのもある。
本当にいいのかしら? そもそも私とポール殿下の婚約が解消されて、大公との婚約が結ばれているということ自体真実なの?
どんなに考えても答えは出ない。
大公はいないし、彼が言った通り殿下も登校していなかった。
当事者は私だけだ。
──授業が終わり、ニナが迎えに来てくれて大公の馬車で帰路につく。
王都の大公邸で降ろされて、私のものだという部屋に案内される。
白を基調に、仕舞わなくてはと思いながらも握り締めたまま手放せないでいるリボンと同じ、エメラルドの緑を散りばめた心地良い部屋だった。
不思議な既視感が訪れた。
今より壁の色合いが落ち着いていたこの部屋で、とても安らぎを感じた記憶が蘇る。
最初に一度行っただけなのであまり覚えていないけれど、ここは王妃個人の財産として与えられた別宅と同じ建物ではないかしら。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ドリアーヌ様がお勉強なさっている間に市場へ行って、新鮮な食材を仕入れて参りました。下ごしらえは済ませていましたが、仕上げをしたのはたった今です。出来立ての温かい料理をお召し上がりくださいませ」
「ありがとう」
ニナが腕を振るってくれている間は、別のメイドが相手をしてくれていた。
彼女は大公邸に昔からいるメイドだそうだが、突然現れた私にも礼を尽くしてくれた。
ベリエ大公はまだ王宮から戻らないので、やっぱりひとりの夕食だったけれど、ニナに給仕されながら温かい料理を食べるのは楽しかった。いつもの倍くらい食べてしまった気がするわ。
部屋に戻って窓から外を見ると、どこか懐かしい景色が広がっている。
お母様の好きだった花畑と同じ花、同じ配置?……まさかね。
そんなことあるわけないのに、握り締めたまま手放せないままでいるエメラルドのリボンを見ると、そうなのではないかと思えてくる。ベリエ大公は何者なのだろう。
「ポール王太子殿下の従兄で、国王陛下の亡き兄君のご子息。私達よりふたつ年上で、心の色が見える魔術をお持ちで……」
指折り数えても、それ以上のことは浮かんでこない。
「……今日から私の婚約者?」
恐る恐る新しい指を折る。
目を閉じてベリエ大公のエメラルドの瞳を思い出す。
違う、この人ではない、という呟きは聞こえてこない。どうしてだろう。本人が目の前にいないから? それとも……彼が『彼』なのかしら?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ベリエ大公が帰ってきたのは、かなり遅い時間だった。
「お食事は?」
「食べましょうかね。ドリアーヌ嬢、君もきちんと食べましたか?」
「はい。ですが……同じテーブルにいてもよろしいでしょうか?」
大公のご両親は早くに亡くなっている。
彼と使用人達との仲は友好なようだけど、だからといって一緒に食事をするわけにはいかない。使用人達だって、気を張らず仲間同士で食事をしたいだろうから。
「ええ。ありがとうございます、ドリアーヌ嬢」
ベリエ大公の微笑みに、なんだか心臓の動悸が激しくなる。
単純すぎる自分が恥ずかしい。初夜のときまで、ずっとポール陛下をお慕いしていたのに。いいえ、あの後も彼が好きなのだと思い続けていたのに。
大公本人を前にしても心は、違う、この人ではない、と言わなかった。
大公の食事が終わり、私達は応接室に移った。
香りの良いお茶を楽しみながら小菓子を摘まむ。
そういえば実家の侯爵家では、こんな時間はなかったわ。お母様が生きていらっしゃったころ、侯爵領の屋敷で過ごした記憶がうっすらとあるだけだ。
「ふふ」
「ベリエ大公殿下?」
「その香草を効かせたお菓子がお好きなのですね」
「え、ええ。気に入りました。……エメラルドのように美しい緑色だったので」
「そうですか。……そろそろ君にいろいろな事情の説明をさせてもらいましょう。まずはこちらをご覧ください」
大公がテーブルの上に出したのは、私と彼の婚約証明書だった。
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