死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸

文字の大きさ
14 / 22

14・男爵令嬢と大公

しおりを挟む
「男爵家が犯罪、ですか?」

 昼食を楽しみながら話をしていたら、ポール殿下の口から思いもかけない言葉が出てきた。
 ふたりとも白い貴婦人に関することには触れていない。
 口に出すのが怖いのだ。

「ああ。元から一家揃って派手好きの浪費家だったから、金蔓を欲しがってジェモー子爵家と縁を結んだんだろう。子爵家は代々吝嗇家で、家格の割に相当貯め込んでる。それだけならバティストの気持ちを無視してまでぶち壊す気はないが、どうもバティストやヤツの父親を利用して王宮に忍び込んで悪さをしているようなんだ」

 王宮で犯罪だなんて、私なら恐ろしくて考えるのも怖い。
 ポール殿下はバティスト様から愛想を尽かして婚約を解消するように、迫ってくるセリア様をわざと相手にしているそうだ。
 バティスト様が婚約を解消したら男爵家の犯罪の証拠を集めて断罪するという。今だと子爵家まで巻き込みかねないのだ。

「バティスト様ご本人には内緒にしているのですか?」
「それとなく言ってはいるが信じようとせぬ」
「でも……」
「ん?」

 私の知っている未来では、殿下とセリア様は仲睦まじかった。
 特に二学年目に上がってからは、生徒会室でキスしていたとか、もう男女の関係になっていて王都にあるお互いの別宅に泊まり合っている、なんて噂が流れていた。
 今もおふたりは仲が良いように見える。バティスト様が殿下の言葉を信じられない気持ちもわかるような気がした。

「いいえ、なんでも……殿下! そのサンドイッチは私の分です」
「間違えた、すまぬ」
「バティスト様が用意してくださった学食のものとは、まるで大きさが違うでしょう?」

 ポール殿下もサンドイッチを食べていた。
 しかしバティスト様が持って来たサンドイッチは、私のためにニナが持って来てくれたものの倍はある。挟んである肉もぶつ切りだ。
 武人で大食漢の殿下に合わせた大きさだった。

「……そなたが美味しそうに食べているから食いたくなった。反省している、すまぬ」
「もう!」

 私は吹き出してしまった。
 こんな子どものようなところがある方だったのか。
 いつも不機嫌そうな顔で武芸に打ち込んでいらっしゃるか、セリア様と睦まじくしている姿しか知らなかった。……不機嫌そうな顔は私のせいね。

「食べてしまったものは仕方がありません。次からは欲しいとおっしゃってからにしてください」
「わかった。代わりに俺のを食うか?」
「もうないじゃないですか! これも食べますか?……はい」
「すまぬ」

 海老と卵のサンドイッチは殿下が食べたのが最後だったので、私はニナがオヤツ用に入れてくれていた苺の砂糖漬けを挟んだサンドイッチを半分にして彼に差し出した。
 ポール殿下は一口で飲み込んで空を見上げる。
 今日は天気が良い。

「休みになったら、俺とそなたとクレマンで田舎の別邸にでも行くか。たっぷりサンドイッチでも持って」
「殿下……」
「俺はアイツを許さない。父上も母上も、事情を知っていた奴らすべてをだ。俺が王になる国で、偽りの平和のためにだれかを犠牲にするような真似は許さない。それくらいなら俺が差し違えてでも白い貴婦人とやらを滅してやる」

 エメラルドの瞳が燃えている。
 この方ならできるかもしれない、と私は思った。
 もうすぐ一学年が終わり、長期休暇になる。それが終われば二学年だ。

 私の記憶にある未来では二学年に上がる前にベリエ大公が生け贄になっていたのだろうか。接点が少なかったので、彼がいついなくなったのかは思い出せない。
 しかしちょうど卒業と重なって、いなくなっても怪しまれない時期だ。
 後からそれを知らされたポール殿下は怒りで自暴自棄になり、男爵令嬢の誘惑に身を任せてしまったのかもしれない。そしてその後はズルズルと──

「……」
「……もう一口だけ食べますか? ニナが私のために作ってくれたサンドイッチなので、後一口だけですよ」
「わかった」

 視線に気づいて自分の分のサンドイッチを差し出すと、ポール殿下はなぜか私が口を付けたほうを齧る。

「あ」
「……その様子だと、クレマンとキスもしていないのだな。そもそも名前でも呼んでいない。白い貴婦人とやらを退治したら、今度はそなたを奪い返すためにクレマンと戦うとしよう」
「殿下?」
「そなたが好きだと断言はできぬ。俺は頭の良いクレマンに昔から劣等感があったから、アイツが欲しがっている女が欲しいだけかもしれぬ。だが……どこのだれともわからぬ男を重ねてではなく、俺自身を見るそなたは好ましい」
「これまでは申し訳ございませんでした」
「かまわぬ。身代わりクレマンを差し出したことを黙ったまま、そなたに本当の自分を見て欲しいなどと思っていた俺が愚かだったのだ。……元気な女だ」
「はい?」
「生け贄になる運命を受け入れながら、クレマンが大公として働き財産を増やしていたのは、そなたに遺すためだったのかもしれぬな。あの女、その金をも狙い始めたようだぞ」

 ポール殿下の指差す先には図書室の窓の向こうで微笑み合う男爵令嬢セリア様と、ベリエ大公の姿があった。

 胸が痛んだ。──そんな資格など、ないのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。

山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。 姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。 そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

悪役令嬢として、愛し合う二人の邪魔をしてきた報いは受けましょう──ですが、少々しつこすぎやしませんか。

ふまさ
恋愛
「──いい加減、ぼくにつきまとうのはやめろ!」  ぱんっ。  愛する人にはじめて頬を打たれたマイナの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。  甘やかされて育ってきたマイナにとって、それはとてつもない衝撃だったのだろう。そのショックからか。前世のものであろう記憶が、マイナの頭の中を一気にぐるぐると駆け巡った。  ──え?  打たれた衝撃で横を向いていた顔を、真正面に向ける。王立学園の廊下には大勢の生徒が集まり、その中心には、三つの人影があった。一人は、マイナ。目の前には、この国の第一王子──ローランドがいて、その隣では、ローランドの愛する婚約者、伯爵令嬢のリリアンが怒りで目を吊り上げていた。

【完結】私を裏切った前世の婚約者と再会しました。

Rohdea
恋愛
ファルージャ王国の男爵令嬢のレティシーナは、物心ついた時から自分の前世……200年前の記憶を持っていた。 そんなレティシーナは非公認だった婚約者の伯爵令息・アルマンドとの初めての顔合わせで、衝撃を受ける。 かつての自分は同じ大陸のこことは別の国…… レヴィアタン王国の王女シャロンとして生きていた。 そして今、初めて顔を合わせたアルマンドは、 シャロンの婚約者でもあった隣国ランドゥーニ王国の王太子エミリオを彷彿とさせたから。 しかし、思い出すのはシャロンとエミリオは結ばれる事が無かったという事実。 何故なら──シャロンはエミリオに捨てられた。 そんなかつての自分を裏切った婚約者の生まれ変わりと今世で再会したレティシーナ。 当然、アルマンドとなんてうまくやっていけるはずが無い! そう思うも、アルマンドとの婚約は正式に結ばれてしまう。 アルマンドに対して冷たく当たるも、当のアルマンドは前世の記憶があるのか無いのか分からないが、レティシーナの事をとにかく溺愛してきて……? 前世の記憶に囚われた2人が今世で手にする幸せとはーー?

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

処理中です...