死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸

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最終話 指輪(三角関係END)

 魔術学院の一学年最後の日。校舎が夕暮れに染まっている。
 一学年だけでなく、私にとってはこの学院自体が最後の日だ。
 今日の夕方、私は馬車でヴィエルジ伯爵領へ発つ。最初に死に戻る前では考えたこともない状況だ。それでもお母様が遺してくださった領地と領民を守っていきたいと思う。

 すべての用事を済ませて、私は図書室横のお妃様の木の下へやって来た。
 そこには先客がいた。

「クレマン様!」
「……ドリアーヌ」
「卒業パーティには出席なさらないのですか?」
「だれかさんに婚約を解消されてしまったので、パートナーがいないんです」
「う……申し訳ありませんでした」
「いいんですよ。以前言ったように私の望みは君の幸せです」
「クレマン様……あ、もう婚約者ではなくなったので、ベリエ大公殿下とお呼びしたほうがよろしいでしょうか」
「ダメです。ずっと名前で呼んでください」
「ク、クレマン様さえよろしければ、そういたします」

 エメラルドの瞳の少年は、永遠に私の心から消えることはない。
 だけど、たぶんいつか私は新しく恋をするだろう。
 それは目の前に立つこの方かもしれないし──

「どうしてそなた達は、俺を除け者にするんだ」

 不機嫌そうな顔で、ポール王太子殿下が図書室の扉から現れた。

「ポール。君は生徒会長でしょう。卒業パーティの準備はどうしました。生徒会はひとり減って大変なのではないですか?」
「バティストに任せてきた。失恋の痛みを忘れるのには、忙しいのが一番だろう。……なあ、ドリアーヌ」

 枝に絡まったリボンを取ってくれた少年とは違うけれど、邪気のない笑みを向けてくるエメラルドの瞳を持つ青年にも心はざわめく。
 自分がこんなに気の多い女だったなんて知らなかった。
 ずっとずっと初恋の少年を思い続けて来たのが嘘のようだ。いいえ。きっと彼への想いがあったから、新しい恋の予感を感じることができているのだ。

 二度目に死に戻る前と同じように、サジテール侯爵家と男爵家は断罪されて処罰された。
 男爵家の領地と財産は王家が没収し、侯爵家は分家が引き継いだ。
 セリア様も異母弟も、もうこの世にはいない。

「ドリアーヌ」
「クレマン様?」

 彼はお妃様の木の頂上を指差していた。

「前に話しましたよね。あそこに心の色が煌めいていると」
「ええ」
「なにかが枝に引っかかっているのだと思うんです。君の力で取ってもらえませんか?」
「わかりました」

 英雄王の骸が倒された後、王国全体で魔術の力が高まっていた。
 不死者となりカロル王女を支配していた彼は、この国自体をも弱体化させていたのかもしれない。
 国王陛下ご夫妻も以前よりご健勝になられた。神殿とも話をして、ゆっくりとだが魔術師マティユ様の復権も始めていくという。

 私は魔術で起こした風を空へ昇らせた。

「中央の一番高い枝の先です」

 クレマン様の指示を受けて、それを取る。
 風を戻して手のひらに落としたのは、赤い夕陽を浴びて煌めく指輪だった。
 内側に文字が刻まれている。古語のようだ。クレマン様に渡すと、彼は声に出して読んでくださった。

「……愛しいカロルへ、マティユより……」
「やっぱりな」

 ポール殿下が頷いて同じような指輪を取り出した。
 梢から取ったものより、少し大きい。

「こっちにはこう書いてある。……愛しいマティユへ、カロルより」
「殿下も古語がお読みになられるのですね」
「王宮で私が読んだのを覚えただけですよね、ポール」
「……そうだ。こっちは王宮の木の下に埋められていた。クレマンの瞳の力が強まったから、あるのがわかって掘り出したんだ」

 おふたりがふたつの指輪を私の手のひらに落とす。
 遠い時を経て、やっと巡り会えたカロル王女と魔術師マティユの絆だ。心の色が残るくらい、おふたりがお互いを思い合っていたということでもある。
 私もいつか、そんなだれかと愛し愛されることができるのだろうか。

「見せてくださってありがとうございます」

 ふたつの指輪を戻そうとすると、おふたりは首を横に振る。

「それはそなたが持っておけ」
「君に心から愛する男ができたとき、彼と一緒に霊廟のおふたりに返しに行ってください」
「そんな……伯爵に過ぎない私が王宮の霊廟に入るなんて不敬です」

 骸を退治に行ったときは、おふたりが一緒だったから良かったのだ。
 ポール殿下が口角を上げる。

「未来の国王と一緒なら問題はなかろう」
「大公と一緒でも大丈夫ですよ」

 クレマン様が笑う。

「ポール王太子殿下、クレマン様?」
「殿下はいらぬ。クレマンのように俺も名前だけで呼べ」
「そ、そういうわけにはいきません。あの、私はおふたりとの婚約を解消した女ですよ?」
「常に勢力図が変化している貴族社会では珍しいことではありません。まあ君が最初に死に戻る前、卒業パーティで王太子がやらかした婚約破棄のような真似は大問題ですけどね」
「やってもない未来のことで見下されるのは気分が悪いな。同じ家に招いておきながらキスもできず、王宮で泊まり込んでいた男に莫迦にされたくはないぞ」
「ポールだって嫌われるのが怖くて、一度拒まれた後は近寄れなくなってたんでしょう?」
「だから、やってもいない未来のことで見下すな!」

 私は首を傾げた。
 この会話はなんなのかしら。
 なんだかおふたりが私を好きなように聞こえる。

「ドリアーヌ。俺は伯爵領まで訪ねていくからな。そのときには名前だけで呼べよ」
「ドリアーヌ。私も訪問させていただきますよ。これでも現役の大公です。領地の運営で困ったことがあったら、なんでも相談してくださいね」

 私がおふたりにときめいていることなど、心の色が見えるクレマン様にはお見通しだろう。
 ポール王太子殿下……ポール様はポール様で、クレマン様から聞き出しているに違いない。なんだかんだ言って、クレマン様はポール様を弟のように思っていらっしゃる。
 いっそどちらの方への想いのほうが大きいのかを聞いてみたいけれど、それは私が決めることだ。私が決めていいのだと、おふたりはおっしゃってくださっているのだ。

「はい、わかりました。お待ちしております」

 エメラルドの瞳のおふたりの微笑みが、私の胸に火をつける。
 この炎が燃え盛るのは、きっともうすぐだ。
 私はふたつの指輪を握り締めた。

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