おにぎり屋さん111

豆狸

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7・夕飯前

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 ──学校の帰り、逢魔が時。
 寄り道したおにぎり屋さんで灰色ネズミに憑りつかれたわたしは、おにぎりを二個もらって家に帰ってきた。
 自分用の梅干しおにぎりと、弟の楽用の炊き込みご飯おにぎり。
 お肉大好きな楽のために選んだ炊き込みご飯には、鳥肉が入っている。

 自室で制服から私服に着替えて、わたしは居間に入った。
 テレビの前のソファーで寝そべって、楽がゲームに耽っている。

「座れないから寄って」
「えーやだー」
「……お土産あるのになー」
「姉ちゃんのくせに気が利くじゃん。……ごめーん、そろそろ時間だから抜けるー」

 オンラインで対戦(協力かも)プレイをしていた相手に断って、楽はヘッドホンを外して振り向いた。
 コントローラーはソファーの肘置きに放り出す。

「ちゃんと片づけないとお母さんに怒られるよ」

 姉である自分が怒っても聞かないことはわかっている、情けないわたし。

「はいはーい。それよりお土産ってなに」
「ほらこれ」
「おにぎり? あそこのコンビニの包装じゃないね」
「コンビニの向かいに……」

 言いかけて、言葉を濁す。
 あのお店はなんだか特別なもののような口ぶりだった。
 気軽に話していいところではないかもしれない。
 というか教えた後で楽が行ってお店がなかったら、勘違いだと思われてバカにされてしまうに違いない。ただでさえ地を這っている姉の威厳が埋まってしまう。

「……神社あるよね」
「あるよ?」
「……またそのうちモンスター捕まえに行こうか」
「なんかイベントあったっけ? でも冬花ばあちゃんいなくなっちゃったから、姉ちゃんの腕でボス倒すの無理じゃね?」

 言いながら、楽はおにぎりの包装を剥がして放り投げる。

「ちゃんとゴミ箱に捨てなさいよ」
「ふぇーい」

 わたしはせっかく座ったソファーから立ち上がり、楽が投げ捨てたおにぎりの包装をゴミ箱に入れた。
 コントローラーも手に取って、ヤツがプレイしていたゲームも終わらせる。
 夕食のときはニュース番組を見るけれど、今のところはテレビも消しておこう。

 琴乃ちゃんには、こういうことするから楽が調子に乗るんだって言われてる。
 でも怒っても聞かないし、放置したら放置したで、お姉ちゃんでしょ! ってわたしが叱られちゃうんだよー。
 楽も五歳くらいまでは可愛かったのにな。
 思いながら、おにぎりを口に運ぶ。

「ん!」

 口の中でほぐれるご飯。
 硬めで弾力があって、冷えていても瑞々しさがあった。
 お米のほのかな甘みを海苔の塩気が引き立てている。
 まだ梅干しとは巡り会っていないけど、ご飯だけでも十分美味しい!
 店名の“111”って、やっぱりお米が立ってますってことなのかも。

「……姉ちゃんのなに?」
「梅干しだけど……楽、自分のぶんもう食べちゃったの?」
「だって美味しかったんだもん! ねえねえ、ひと口! そっちもひと口ちょうだい!」
「夕飯前になに食べてるの、あなたたちは」

 食事の支度を終えたお母さんが、台所から出てきてテレビをつけた。
 そのままソファーの端に座る。

 我が家は四人家族。
 わたしと楽、お父さんとお母さん。
 母方の祖父母は他県、父方のおばあちゃんは隣町で香鈴ちゃんと一緒に暮らしている。
 香鈴ちゃんはお父さんの年の離れた妹だ。

「おにぎり。えーっと、学校の近くにお店ができてて……あ!」

 食べかけのおにぎりを楽に奪われてしまった。

「うめー! 梅だけに。てかこの梅干し、ほんのりカツオ節風味で俺が好きなヤツー」

 梅干し……ひと口も味わってなかったのに。

「お母さん!」
「楽も悪いけど夕飯前に間食すること自体が悪いんだから、お母さんは知りません」
「ううう……」

 適当にテレビのチャンネルを変えて、再放送のサスペンスドラマを観始めたお母さんに取りつく島はなかった。
 市の中心部にある会社に通うお父さんは、最近出世したので帰りが遅い。

 我が家はそう堅苦しい家じゃないけど、夕食だけは家族揃って食べる習慣だ。
 それ自体に不満はないものの、育ち盛りの姉弟が学校終了から遅い夕食までの時間を間食ナシで我慢するのは無理だった。
 お菓子買うと半分くらい楽に取られるし、お小遣いもなくなる。
 かといって家にあるものを食べてるとお母さんに叱られる、という逃げ場のない状態。
 せっかく出世したんだから、お父さんお小遣いアップしてくれないかなあ。
 ……遅いのはサービス残業っぽいから無理かなあ。

「姉ちゃんにしてはやるじゃん! またお土産買ってきて。てか俺も連れてって!」
「気が向いたらね」
「いいじゃん。肩揉んであげるから連れてってよ」
「……なんで肩?」
「帰ってからやたらと見てるから、凝ってるのかと思って」
「それならがっくん、お母さんの肩揉んでよ」
「しょーがねーなー」

 楽がお母さんの背中に手を伸ばしたので、わたしは自分の肩を見た。

『ん? アーシが見えてるわけじゃないと思うよ。視線合わないし』

 ピンクの鼻先をぴくぴくさせて、梅ちゃんが言う。
 楽には梅ちゃんは見えてないけど、わたしが梅ちゃんに目をやってることには気づいてたみたい。
 ……見えてないよね?
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