勇者の凱旋

豆狸

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前編 勇者の旅立ち前夜

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 魔王が復活して二十年。
 まさかうちの村から勇者が現れると思わなかった。
 それも私の家の隣に住む、幼なじみのデビッドが勇者だったなんて驚きだ。

 デビッドは明日王都に発つ。
 王都の騎士団で何ヶ月か修業をしてから、神殿に聖女として認定された王女様や美し過ぎる賢者と呼ばれている方々と旅に出るのだ。
 母親とふたりで暮らす彼が、この辺り一帯を治める伯爵家のご落胤だということはみんな知っていた。ときたま見回りに訪れる美丈夫の伯爵様と端正な顔立ちがそっくりなのだ。眩しい金髪と透き通った青い瞳を母親のおばさんから受け継いだデビッドは、伯爵様より麗しいかもしれない。

 村のほとんどの女の子は、デビッドが初恋だと思う。
 そのデビッドに夕暮れの森に呼び出されて、私は心臓の動悸が激しくなるのを感じていた。
 彼は、私になにを言うつもりなんだろう。

「……レスリー」

 森の入り口で待ち合わせる予定だったけど家を出るのが同時だったので、結局ふたりで森まで歩いてきた。
 いつもならおしゃべりしながら森まで来るのに、今日はふたりとも無言だった。
 デビッドが村を出て行ったら、もう二度と会えないかもしれない。そんなことを思いながら、彼の涼やかな声が続きの言葉を紡ぐのを待つ。

「何年かかるかわからないけど、僕が魔王を倒して戻ってくるまで待っててくれないか。君のことが好きなんだ。僕のお嫁さんになって欲しい」

 私は微笑み、首を横に振った。

「デビッドは勇者なのよ? こんな地味な村娘のことなんかすぐに忘れてしまうわ。ううん、忘れて。厳しい旅を支えてくれる方達を大切にして、幸せになって」
「……レスリーはどうするの?」
「私のことは気にしないで大丈夫」
「……冒険者のバーナードさんはギルド受付のマリナさんと付き合ってるよ?」
「バーナードさんの弟のバークさんは彼女いないから……って、デビッド?」

 いつもの彼が浮かべている好青年然とした表情が、私とふたりでいるときだけ見せる意地の悪さを隠さない素顔になっている。

「あのさ、あんなにメロメロな顔してバーナードさん見つめておいて、僕が気づかないとでも思ってたの? マリナさんにも睨みつけられてたじゃない。黒髪で逞しい体に厳つい顔……レスリーっておじさん大好きだよね」

 私は頷いた。
 小さいころはお父さんのお嫁さんになりたかった。
 そっか。昔からデビッドに求婚されるたびにお父さんのほうが好きって言って断ってたんだから、私の好みを知られてるのは当たり前か。

 くそう。心臓をドキドキさせながら、旅立つ勇者デビッドを思いやる良い幼なじみを演じたのはまったくの無駄だったってことか!
 求婚されるのは予想通りだったんだけどなー。
 私は正直に本心を伝えることにした。

「うん、そうなの。だから細身で端正な顔のデビッドは全然好みじゃない」
「勇者として見出される前から体を鍛えてたのに、いつまで経ってもおじさんみたいな体にはなれないんだよね」

 溜息をついて肩を落とすデビッドの背中をぽん、ぽん、と叩く。

「体質や遺伝があるから仕方がないよ。私に好かれなくてもデビッドはモテるんだからいいじゃない。聖女のお姫様もきっとデビッドを好きになるよ。前にモンスターを追って村に来た姫騎士もデビッドにひと目惚れしてたじゃない」

 おばさんともども王侯貴族受けのする顔なんだと思う。
 まあ、それが幸せかどうかは謎だけどね。
 デビッドは頬を膨らませて叫ぶ。

「僕はレスリーが好きなの! ほかの女に迫られたって嬉しくもなんともないよ!」
「真面目な話、デビッドは私のどこが好きなの? 村の中でも一、二を争う地味顔だし、器用でもないし特殊な恩恵ギフトも授かってないし、性格も悪いよ?」

 村に迷い込んできたモンスターの子どもは可愛いと感じる前に美味しそうだと思うし、捕らえられた盗賊が涙の過去を語っても再犯防止のために始末したほうがいいと思う。
 お母さんに怒られるから家の手伝いをしてるだけで、本当は働かずに寝て暮らしたい怠け者だ。
 残念ながら、十五歳の成人の儀で戦闘向きの恩恵ギフトが発動したら冒険者になってたまに働いて後はゴロゴロして過ごそう、という野望は三年前に海の藻屑となったけど。これからでもなんか目覚めないかなー。高額素材モンスターを指先ひとつで倒せるような恩恵ギフト

「レスリーの全部が……好き」
「そんなに真っ赤になって言われても、好みじゃないから嬉しくないよ?」
「そういうところも好き。僕が稼いで家事もするから、レスリーはいてくれるだけでいいんだ。だから結婚して!」
「でも好みじゃないんだもん」
「怠け者のくせに、なんでそんなに好みにこだわるの!」
「怠け者だからだよ」

 私はたぶん、一生に一度しか恋をしない。
 回数をこなす気がない代わり厳選するつもりなのだ。好みの相手が振り向いてくれなかったら、今回の人生は(次の人生があるかどうかは知らないけど)恋愛なしでいいと思ってる。
 ちなみにバーナードさんへの想いは憧れだ。ギルド受付のマリナさん怖いからね!

「……わかった」

 やがて、デビッドは溜息をついた。

「今日のところは諦めるよ」
「うんうん。たぶん旅に出たら私のことなんか忘れて、ほかの女の子が魅力的に思えてくるよ。旅先だと性愛くらいしか楽しみがないだろうしね」
「……そういう身も蓋もないことをあっさり言っちゃうところも好き」

 どういう趣味だ。
 デビッドはきっと、隣の家で育った幼なじみへの情を恋愛と勘違いしているだけだろう。人間も動物も発情期が来たら手近なところで間に合わせようとするものだしね。
 その後は、デビッドが家まで送ってくれた。

「普通は振ったばかりの男と一緒に帰ったりしないと思うよ」
「隣同士なんだから、別れて帰ったら遠回りになるじゃない」

 もう辺りが真っ暗になってるのに、わざわざ時間をかけて帰る理由が見当たらない。
 田舎の村暮らしは朝が早いんだから、少しでも早く寝て惰眠を貪るのだ!
 そう言うと、デビッドはなんだか嬉しそうに微笑んだ。私のこういうところも好きらしい。
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