貴方は嘘をつきました。

豆狸

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第一話 私は信じました。

 この王国の貴族子女と裕福な平民の通う学園には、二階建ての大きな図書館があります。
 図書館の二階で窓際の席に座ると、噴水のある中庭の光景がよく見えました。
 私の婚約者であるマシュー王太子殿下は、今日も側近候補の方々と一緒に中庭で昼休みを過ごされています。中庭には食事をするための机や椅子も置かれているのです。

 噴水の水飛沫しぶきが飛び散って、眩しい陽光を浴びて煌めいています。
 私の瞳には、いつも殿下が煌めいて見えています。
 十年前に八歳で婚約者になったときから、ずっとです。今の殿下には、お隣にいる男爵令嬢のフェアリー様が煌めいて見えているのでしょうか。

 私は窓の向こうの光景から目を離すことができませんでした。
 目の前の机に開いた本は、先ほどから少しもめくっていません。
 こんなことではいけません。

 殿下は私を真摯な瞳で見つめて、誓ってくださったのです。
 私はそれを信じて受け入れたのです。
 今は未来の王太子妃としての勉強に励むときです。ああ、でも王宮での妃教育はもう終わってしまいました。王国法について書かれたこの本だって、学園に入学してから何度も何度も読んで暗記しているのです。

 ページをめくらなくても、次に書かれていることをそらんじられます。

 ――正妃に三年間子どもができなかったときに限り、王族は側妃を娶ることが許される。
 側妃は純潔であることを神殿に証明しなくてはいけない。
 愛と契約を尊ぶ女神様の代行者である神殿は、授けられた神具によってそれを確認するものとする。

 女神様は不貞をお嫌いです。
 でもご自身が認めた王家の血筋が絶えることはお望みではありません。
 苦肉の策で作られたのが側妃制度です。産んだ子どもに王位継承権が与えられる代わりに、側妃は純潔でなければなりません。どんなに王族に気に入られていても、純潔でない女性は側妃ではなく、産んだ子どもに継承権を与えられない愛妾にしかなれないのです。

 窓の向こう、フェアリー様が殿下に抱き着くようにして甘えているのが見えます。
 彼女は生まれながらの男爵令嬢ではありません。
 父親の男爵が下町で作った不貞の子なのです。

 いいえ、不貞ではありませんでした。
 男爵はフェアリー様の学園入学直前に追い出した正妻と婚姻する前に、彼女の母親と秘密結婚していたのです。
 そうなると、正妻との関係のほうが不貞になります。

 正妻と嫡子を追い出して、男爵はフェアリー様親娘を家へと迎え入れました。
 その行為と、長年男爵家に支援をしていた正妻の実家が自然災害で借金を背負い込んだことの関連性はわかりません。
 今度は男爵家のほうが正妻の実家を支援するべきではないか、という至極真っ当な意見は、フェアリー様が殿下の『お気に入り』になったことで握り潰されました。

「ここにいたんだね、姉上」
「ホ、ホリー様。ご機嫌いかがですか」

 聞き覚えのある声がして、私はやっと窓の向こうから視線を外すことができました。
 弟で未来の辺境伯であるルイスと、その親友のジェームズ様です。
 ジェームズ様は辺境伯家の寄子貴族の次男で、ふたつ年下のルイスとは同い年の幼馴染です。彼が私と同い年なら、きっと殿下の側近候補に選ばれていたと言われている優秀な方です。学園に飛び級で入学してはどうかと誘われたのをお断りになったのは、どうしてなのでしょうか。

「莫迦だな、ジェームズ。姉上のご機嫌が良いわけないだろう?」

 言いながら、ルイスはさっきまで私が見ていた光景に瞳を向けます。

「諦める必要なんかないよ、姉上。父上は魔獣の間引きのために領地へ戻ってしまったけれど、跡取りの僕には辺境伯家の代表としての権限がある。王家にまた、婚約解消の申し立てをしよう」

 殿下とフェアリー様を映す弟の瞳は、いつも凍りつきそうなほど冷たい光を帯びています。

「婚約解消が認められるまで何度でも申し立てをするよ。婚約の継続を望むのなら、問題を起こしているほうが改めるべきだ。それをしていないのだから、こちらが受け入れる必要はない」

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