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第四話 失恋した男
ホリーとマシュー王太子の婚礼の夜、ジェームズは王都辺境伯邸でルイスと酒杯を傾けていた。
この王国では学園入学時で飲酒が許される。
平民なら成人の年齢だし、貴族としても跡取り教育や就職活動で酒宴に出席する必要があるからだ。
「……ホリー様、お幸せそうでしたね」
「ああ、姉上は幸せそうだった。あんな男のどこが良いんだか」
「ルイスは早く姉離れをしなくてはなりませんよ。それに昔は王太子殿下のことを慕っていたではないですか」
「昔はね。姉上が称賛する言葉を信じて、素直に尊敬してたんだ」
「学園に在学していたときはともかく、卒業してからは本当にあの女とは手を切っていたじゃないですか」
「うん。姉上を同行せずに公務以外で足を向けるのは、側近で親友の公爵子息が暮らす王都の公爵邸だけだったからね。あの女は領地で跡取り教育を受けているから王都の男爵邸にはいないらしいし……でも、なんか気になるんだよなあ」
「ルイスの婚約者殿なら男爵領を調べられるのではないですか?」
ルイスの婚約者はフェアリーの異母姉だ。
男爵家を追い出されて母親の実家へ戻った彼女は、自然災害でできた借金の返済に尽力していた。
辺境伯家に新しく考案した事業への協力を依頼に来たときに出会って、年上好きのルイスが姉と同い年の彼女に恋をして婚約したのだ。事業の成功後、辺境伯家の協力に対してちゃんと配当を返したことでルイスとホリーの母にも気に入られている。男爵家のように他人の支援を食い潰すだけの人間は多いのだ。
「男爵家の話すると悲しそうな顔するからなあ」
「すみません、失言でした。あの女の愚行にも責任を感じて悩んでらっしゃるような方に、これ以上男爵家の尻拭いを押しつけるわけにはいきませんね」
そもそも母親の実家の借金も自然災害だけが原因ではない。
男爵家へ支援をしていなければ、自力で自然災害にも対抗できていたのだ。
秘密結婚が真実だとしても、それを隠して政略結婚したことへの賠償金を男爵家に求めているが、向こうの寄り親貴族の公爵家に邪魔されて上手く行っていない。辺境伯家が乗り出そうとすると、未来の国母の実家が一貴族家の肩を持つのか、と責められる。
「ジェームズが姉上を攫っちゃえば良かったのに」
「……」
「姉上のこと好きだったんだろ? 話を合わせるために王国法を暗記してさ、この法律が改定されたのはその数年前の事件によるものだろう、なんて話を楽しそうにしてたじゃん。僕は姉上のこと大好きだけど……嬉々として法律の話してるときはちょっとどうかと思ってた」
「王太子妃殿下として、未来の国母様として必要な知識です」
「なんかあったときに本で確認したんで良くない? 専門のことは専門家に任せておけば良いんだよ。僕はジェームズに任せるからね」
「はい、お任せください。ホリー様のぶんもルイスを支えさせていただきます。……ホリー様は王太子殿下を隣で支えるために頑張っていらしたのですよ」
ジェームズの顔は赤い。
あまり酒に強いほうではないのだ。
ルイスのほうは底なしだ。最近は貴族の集まりで跡取りとして当主の隣に座り、酒に弱い父の代わりに酒杯を空けている。ホリーも酒には強いほうだ。
「私はホリー様に相応しい男ではありません。座学には自信があるものの、武術のほうはからっきしです。お酒にも弱くて、学園の夜会で嫌がらせで飲ませようとする上級生からホリー様に助けていただいていたほど情けない男なのですから」
「でもあの女や王太子の側近達が姉上の悪評をばら撒いてたのを止めてくれたじゃん」
「ですがそれで、ホリー様が私と浮気しているなんて噂を流されて……」
「その噂はすぐに消えたよ」
「ええ、私がホリー様に相応しくないのが明らかだったからですね。こんなことなら飛び級の話を受けておけば良かった。でも、でもこの情けない私は、王太子殿下の隣で微笑むホリー様を見たくなかったのです。あのころの私はホリー様のお幸せを祈れない大莫迦者だったのです! 私が飛び級して王太子殿下の側近候補になっていたら、あんな女を近づけたりしなかったのにっ」
「あーもう」
苦笑して、ルイスはジェームズに布を渡した。
ジェームズは泣き上戸なのである。
失恋もあって、ジェームズの顔は涙でびしょ濡れだった。
「それでも僕はジェームズが姉上と結ばれてくれてたら良かったと思ってるよ。義兄上とは呼ぶ気はないけどね」
「ありがとうございます。私は……今の私はホリー様がお幸せならそれで幸せです。だって今は知っているのです。ホリー様は王太子殿下がどんな莫迦でも愛していらっしゃるのだと」
「僕も姉上が幸せだったら嬉しいよ。まあジェームズ、それはそれとして辺境伯家の繁栄のためにも頑張ってよね。もしかしたら、いつか姉上が辺境伯家へ戻ってくるかもしれないんだし」
「婚約者殿のためにもお早めの姉離れをお勧めします。……王家に嫁いだものは離縁を許されません」
「……うん」
ホリーの幸せを心から願う男ふたりの夜が更けていく。
この王国では学園入学時で飲酒が許される。
平民なら成人の年齢だし、貴族としても跡取り教育や就職活動で酒宴に出席する必要があるからだ。
「……ホリー様、お幸せそうでしたね」
「ああ、姉上は幸せそうだった。あんな男のどこが良いんだか」
「ルイスは早く姉離れをしなくてはなりませんよ。それに昔は王太子殿下のことを慕っていたではないですか」
「昔はね。姉上が称賛する言葉を信じて、素直に尊敬してたんだ」
「学園に在学していたときはともかく、卒業してからは本当にあの女とは手を切っていたじゃないですか」
「うん。姉上を同行せずに公務以外で足を向けるのは、側近で親友の公爵子息が暮らす王都の公爵邸だけだったからね。あの女は領地で跡取り教育を受けているから王都の男爵邸にはいないらしいし……でも、なんか気になるんだよなあ」
「ルイスの婚約者殿なら男爵領を調べられるのではないですか?」
ルイスの婚約者はフェアリーの異母姉だ。
男爵家を追い出されて母親の実家へ戻った彼女は、自然災害でできた借金の返済に尽力していた。
辺境伯家に新しく考案した事業への協力を依頼に来たときに出会って、年上好きのルイスが姉と同い年の彼女に恋をして婚約したのだ。事業の成功後、辺境伯家の協力に対してちゃんと配当を返したことでルイスとホリーの母にも気に入られている。男爵家のように他人の支援を食い潰すだけの人間は多いのだ。
「男爵家の話すると悲しそうな顔するからなあ」
「すみません、失言でした。あの女の愚行にも責任を感じて悩んでらっしゃるような方に、これ以上男爵家の尻拭いを押しつけるわけにはいきませんね」
そもそも母親の実家の借金も自然災害だけが原因ではない。
男爵家へ支援をしていなければ、自力で自然災害にも対抗できていたのだ。
秘密結婚が真実だとしても、それを隠して政略結婚したことへの賠償金を男爵家に求めているが、向こうの寄り親貴族の公爵家に邪魔されて上手く行っていない。辺境伯家が乗り出そうとすると、未来の国母の実家が一貴族家の肩を持つのか、と責められる。
「ジェームズが姉上を攫っちゃえば良かったのに」
「……」
「姉上のこと好きだったんだろ? 話を合わせるために王国法を暗記してさ、この法律が改定されたのはその数年前の事件によるものだろう、なんて話を楽しそうにしてたじゃん。僕は姉上のこと大好きだけど……嬉々として法律の話してるときはちょっとどうかと思ってた」
「王太子妃殿下として、未来の国母様として必要な知識です」
「なんかあったときに本で確認したんで良くない? 専門のことは専門家に任せておけば良いんだよ。僕はジェームズに任せるからね」
「はい、お任せください。ホリー様のぶんもルイスを支えさせていただきます。……ホリー様は王太子殿下を隣で支えるために頑張っていらしたのですよ」
ジェームズの顔は赤い。
あまり酒に強いほうではないのだ。
ルイスのほうは底なしだ。最近は貴族の集まりで跡取りとして当主の隣に座り、酒に弱い父の代わりに酒杯を空けている。ホリーも酒には強いほうだ。
「私はホリー様に相応しい男ではありません。座学には自信があるものの、武術のほうはからっきしです。お酒にも弱くて、学園の夜会で嫌がらせで飲ませようとする上級生からホリー様に助けていただいていたほど情けない男なのですから」
「でもあの女や王太子の側近達が姉上の悪評をばら撒いてたのを止めてくれたじゃん」
「ですがそれで、ホリー様が私と浮気しているなんて噂を流されて……」
「その噂はすぐに消えたよ」
「ええ、私がホリー様に相応しくないのが明らかだったからですね。こんなことなら飛び級の話を受けておけば良かった。でも、でもこの情けない私は、王太子殿下の隣で微笑むホリー様を見たくなかったのです。あのころの私はホリー様のお幸せを祈れない大莫迦者だったのです! 私が飛び級して王太子殿下の側近候補になっていたら、あんな女を近づけたりしなかったのにっ」
「あーもう」
苦笑して、ルイスはジェームズに布を渡した。
ジェームズは泣き上戸なのである。
失恋もあって、ジェームズの顔は涙でびしょ濡れだった。
「それでも僕はジェームズが姉上と結ばれてくれてたら良かったと思ってるよ。義兄上とは呼ぶ気はないけどね」
「ありがとうございます。私は……今の私はホリー様がお幸せならそれで幸せです。だって今は知っているのです。ホリー様は王太子殿下がどんな莫迦でも愛していらっしゃるのだと」
「僕も姉上が幸せだったら嬉しいよ。まあジェームズ、それはそれとして辺境伯家の繁栄のためにも頑張ってよね。もしかしたら、いつか姉上が辺境伯家へ戻ってくるかもしれないんだし」
「婚約者殿のためにもお早めの姉離れをお勧めします。……王家に嫁いだものは離縁を許されません」
「……うん」
ホリーの幸せを心から願う男ふたりの夜が更けていく。
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