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最終話 あなたの幸せを願うから
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夜会の日から三ヶ月ほどが過ぎました。オルランド様に言われた通り正直にすべてを話したイザッコ様は、騙されていただけで国家に対する反逆の意思はなし、とされて軽い罪で済みました。
といっても国境を守るジョルダーノ辺境伯家の次男としては問題があるとして、家は追い出されてしまったそうです。
国境近くの砦で雑用係をしているイザッコ様から届いた手紙には、私を傷つけてすまなかった、と書いてありました。
ファータを始めとするネーリ男爵に利用されていた工作員達は、叙情酌量の余地はあるものの敵国を利するという目的を理解しての行動だったため減刑は出来ない、ということで処刑されました。
ネーリ男爵はもちろん夫人もです。
夫人は許されない恋人達に協力していただけで夫の本当の目的は知らなかった、と主張したそうですが、侍らせていた青年貴族や貴族子息の配偶者や婚約者達の幸せを打ち砕いていたことを理解していなかった、彼女の口先だけの反省に意味はないと見做されました。
この件を解決したとして、オルランド様は王国騎士団の小さな隊の隊長に、前の隊長は昇進して団の幹部になられたそうです。
毎日お仕事でお忙しそうなのですけれど、なぜか三日に一度くらいの間隔で我が家にいらっしゃいます。
元婚約者のイザッコ様を通じて事件に巻き込まれた? 私を案じてくださっているのかもしれません。毎回花束や美味しそうなお菓子をお土産にくださいます。
「オルランド様はお嬢様をお好きなのだと思いますがねー」
「婚約を願う釣り書きも送って来てくださらないのに?」
ヨランダの軽口に答えて、私はお茶を唇に運びました。
イザッコ様との婚約解消が公表されてから、我が家にはたくさんの釣り書きが届いています。
マンチーニ子爵家は裕福なので縁を望む方も多いのです。
「あの方はそういうことには疎いとおっしゃっていました」
「まあ、どなたが?」
「……ウーゴが」
ヨランダは恥ずかしそうに答えます。
私の専属メイドに戻った彼女は、どうやらオルランド様の従者のウーゴと恋に落ちたようなのです。
ウーゴは、あの休憩室で私達を迎えてくれた人でもあります。
「あ、といっても常識に欠けているわけではないのですよ。お仕事では優秀でいらっしゃるのですもの。ご家族に愛されて育ったので、ご自身のことにだけ鈍くなったそうです」
「それは私も感じるわ」
「釣り書きこそ送ってないものの、オルランド様が子爵家に通ってお嬢様に贈り物をするようになるなんて、さすがに恋は人を変えるんだな、ってウーゴが言ってましたわ。オルランド様なら、十年くらい自分の気持ちに気づかなくてもおかしくないのに、とも」
「……十年はないでしょう?」
などと話していたら、オルランド様がいらっしゃいました。
自室でお茶を飲んでいた私は慌てて応接室へ向かいます。
そろそろいらっしゃるころだと思っていましたので、髪もドレスも準備万端なのです。
「久しぶりですね、アレッシア嬢。お元気でしたか?」
「三日ぶりでございますね、オルランド様。お仕事のほうはいかがですか?」
「なんとか隊長としての仕事にも慣れてきました。それで……」
ウーゴに合図して花束を受け取ると、オルランド様はいつものように私に差し出しました。
「今日は求婚に参りました。アレッシア嬢、俺と結婚してください!」
ウーゴは呆れたように、ヨランダはやっぱりね、とでも言いたげにふたりして頷いています。
私は花束を受け取ってオルランド様に尋ねました。
「ありがとうございます。でもお答えする前に教えてくださいませ、オルランド様。どうして私に求婚を?」
「初めはあなたの涙が美しかったのだと思っていました。でも本当に美しいのはあなた自身だったのです。そして、なにかを決意したときのあなたの凛々しい表情が俺の胸を射抜いたのです。俺はもうあなたに涙を流させたくない。泣いているあなたよりも、笑っているあなたのほうが美しいと知ってしまったから」
「……私、オルランド様の前で泣いたことなどないと思うのですけれど」
「あ。……その、あの夜会で俺がダンスを申し込む前、泣きそうだったでしょう? あなたを泣かせたくなくて、婚約者のいるあなたに最初のダンスを申し込んではいけないと思いながらもダンスを申し込んでしまったのです。ハンカチのほうが良かったでしょうか?」
「いいえ。確かにあのときは泣きそうでした。そうですわね。オルランド様のおかげで涙は消え去ってしまいましたわ」
「良かった。……伯爵邸の休憩室でイザッコ殿がいなくなった後、あなたが見せてくれた微笑みが俺の気持ちは確かに恋なのだと気づかせてくれました。自分があなたを抱き締めて口付けしたいと思っていたこともわかりました。でも……」
「でも?」
「もし俺と結婚することであなたの幸せが失われるというのなら、この求婚は断ってください。俺が一番に願っているのは、あなたの幸せなので」
しばらく考えて、私はもうひとつ質問をしました。
「オルランド様」
「はい」
「オルランド様の幸せは、私と結婚しても失われることはないですか? 私と結婚することでオルランド様が幸せになられるのなら、この求婚をお受けしたいですわ」
まあ、お父様の許可を得る必要はあるのですが。
もっとも釣り書きは私に渡してくれるものの、だれを選ぶかは聞いて来ないお父様のことだから、こうなるのを予想していたのかもしれません。
オルランド様は満面に笑みをお浮かべになりました。
「ありがとうございます! あなたと結婚出来たら俺は幸せです。もう死んでも良いくらい幸せです!」
「死なないでください」
私の言葉にウーゴとヨランダが首肯しています。
イザッコ様からの心変わりが早過ぎると言われてしまうかもしれません。
ですがあの夜会の休憩室で、ご自身の役目を果たされただけなのに私の幸せまで案じてくださったオルランド様を好きにならずにいることは出来ませんでした。
「それでは改めて求婚をお受けしますわ、オルランド様」
「ありがとうございます。……愛しています、アレッシア嬢」
これから私達は、互いの幸せを願いながら生きていくのです。
といっても国境を守るジョルダーノ辺境伯家の次男としては問題があるとして、家は追い出されてしまったそうです。
国境近くの砦で雑用係をしているイザッコ様から届いた手紙には、私を傷つけてすまなかった、と書いてありました。
ファータを始めとするネーリ男爵に利用されていた工作員達は、叙情酌量の余地はあるものの敵国を利するという目的を理解しての行動だったため減刑は出来ない、ということで処刑されました。
ネーリ男爵はもちろん夫人もです。
夫人は許されない恋人達に協力していただけで夫の本当の目的は知らなかった、と主張したそうですが、侍らせていた青年貴族や貴族子息の配偶者や婚約者達の幸せを打ち砕いていたことを理解していなかった、彼女の口先だけの反省に意味はないと見做されました。
この件を解決したとして、オルランド様は王国騎士団の小さな隊の隊長に、前の隊長は昇進して団の幹部になられたそうです。
毎日お仕事でお忙しそうなのですけれど、なぜか三日に一度くらいの間隔で我が家にいらっしゃいます。
元婚約者のイザッコ様を通じて事件に巻き込まれた? 私を案じてくださっているのかもしれません。毎回花束や美味しそうなお菓子をお土産にくださいます。
「オルランド様はお嬢様をお好きなのだと思いますがねー」
「婚約を願う釣り書きも送って来てくださらないのに?」
ヨランダの軽口に答えて、私はお茶を唇に運びました。
イザッコ様との婚約解消が公表されてから、我が家にはたくさんの釣り書きが届いています。
マンチーニ子爵家は裕福なので縁を望む方も多いのです。
「あの方はそういうことには疎いとおっしゃっていました」
「まあ、どなたが?」
「……ウーゴが」
ヨランダは恥ずかしそうに答えます。
私の専属メイドに戻った彼女は、どうやらオルランド様の従者のウーゴと恋に落ちたようなのです。
ウーゴは、あの休憩室で私達を迎えてくれた人でもあります。
「あ、といっても常識に欠けているわけではないのですよ。お仕事では優秀でいらっしゃるのですもの。ご家族に愛されて育ったので、ご自身のことにだけ鈍くなったそうです」
「それは私も感じるわ」
「釣り書きこそ送ってないものの、オルランド様が子爵家に通ってお嬢様に贈り物をするようになるなんて、さすがに恋は人を変えるんだな、ってウーゴが言ってましたわ。オルランド様なら、十年くらい自分の気持ちに気づかなくてもおかしくないのに、とも」
「……十年はないでしょう?」
などと話していたら、オルランド様がいらっしゃいました。
自室でお茶を飲んでいた私は慌てて応接室へ向かいます。
そろそろいらっしゃるころだと思っていましたので、髪もドレスも準備万端なのです。
「久しぶりですね、アレッシア嬢。お元気でしたか?」
「三日ぶりでございますね、オルランド様。お仕事のほうはいかがですか?」
「なんとか隊長としての仕事にも慣れてきました。それで……」
ウーゴに合図して花束を受け取ると、オルランド様はいつものように私に差し出しました。
「今日は求婚に参りました。アレッシア嬢、俺と結婚してください!」
ウーゴは呆れたように、ヨランダはやっぱりね、とでも言いたげにふたりして頷いています。
私は花束を受け取ってオルランド様に尋ねました。
「ありがとうございます。でもお答えする前に教えてくださいませ、オルランド様。どうして私に求婚を?」
「初めはあなたの涙が美しかったのだと思っていました。でも本当に美しいのはあなた自身だったのです。そして、なにかを決意したときのあなたの凛々しい表情が俺の胸を射抜いたのです。俺はもうあなたに涙を流させたくない。泣いているあなたよりも、笑っているあなたのほうが美しいと知ってしまったから」
「……私、オルランド様の前で泣いたことなどないと思うのですけれど」
「あ。……その、あの夜会で俺がダンスを申し込む前、泣きそうだったでしょう? あなたを泣かせたくなくて、婚約者のいるあなたに最初のダンスを申し込んではいけないと思いながらもダンスを申し込んでしまったのです。ハンカチのほうが良かったでしょうか?」
「いいえ。確かにあのときは泣きそうでした。そうですわね。オルランド様のおかげで涙は消え去ってしまいましたわ」
「良かった。……伯爵邸の休憩室でイザッコ殿がいなくなった後、あなたが見せてくれた微笑みが俺の気持ちは確かに恋なのだと気づかせてくれました。自分があなたを抱き締めて口付けしたいと思っていたこともわかりました。でも……」
「でも?」
「もし俺と結婚することであなたの幸せが失われるというのなら、この求婚は断ってください。俺が一番に願っているのは、あなたの幸せなので」
しばらく考えて、私はもうひとつ質問をしました。
「オルランド様」
「はい」
「オルランド様の幸せは、私と結婚しても失われることはないですか? 私と結婚することでオルランド様が幸せになられるのなら、この求婚をお受けしたいですわ」
まあ、お父様の許可を得る必要はあるのですが。
もっとも釣り書きは私に渡してくれるものの、だれを選ぶかは聞いて来ないお父様のことだから、こうなるのを予想していたのかもしれません。
オルランド様は満面に笑みをお浮かべになりました。
「ありがとうございます! あなたと結婚出来たら俺は幸せです。もう死んでも良いくらい幸せです!」
「死なないでください」
私の言葉にウーゴとヨランダが首肯しています。
イザッコ様からの心変わりが早過ぎると言われてしまうかもしれません。
ですがあの夜会の休憩室で、ご自身の役目を果たされただけなのに私の幸せまで案じてくださったオルランド様を好きにならずにいることは出来ませんでした。
「それでは改めて求婚をお受けしますわ、オルランド様」
「ありがとうございます。……愛しています、アレッシア嬢」
これから私達は、互いの幸せを願いながら生きていくのです。
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