豆狸一話完結読み切り短編集

豆狸

文字の大きさ
2 / 45
四月:婚約者の裏切り

ごめんなさい、私がすべて悪いのです。【婚約解消】

元婚約者様へ

 お元気ですか? いいえ、牢に投獄されていらっしゃるのですから、お元気とは言い難いでしょうね。

 ご実家の子爵家から絶縁されたとお聞きしました。
 冷たく硬い石造りの平民牢で処刑までの日々を過ごされるのは、どんなにお辛いことでしょうか。
 ごめんなさい、私がすべて悪いのです。
 貴方が初めて毒入りのお菓子をくださったときに、それを指摘していれば、ここまで酷い状況にはならなかったことでしょう。
 貴族には醜聞が命取りです。貴方との婚約が解消されて、私の伯母一家が経営している商会が子爵家から手を引くだけで、殺人未遂の罪自体は闇に葬られたことでしょう。

 そうです、私がすべて悪いのです。
 貴方はなにも知らなくて、毒でやつれていく私の姿を見て真実に気づいてくださるのではないかと夢見てしまいました。悪いのは貴方の心を奪った異母妹だけなのだと思いたかったのです。
 そうでなくても優しい貴方のことです。
 罪悪感に耐えられなくなって、私に毒入りのお菓子を贈るのをおやめになるのではないかと期待していました。
 最後にはもう、愛していた貴方に与えられた毒で死ぬのなら幸せなのではないかと考えるようになっていました。そんな愚かな私が悪かったのです。

 一度死にかけて解毒され、頭がすっきりすると、どんなに自分が悪かったのかがわかるようになりました。
 貴方に贈られたお菓子に毒が入っていたのを黙っていたことだけではありません。
 貴方のご実家の子爵家の羽振りが良くなったのは、私の母の実家で伯母一家が経営している商会と取り引きを始めたからだと、ひと言でも貴方と異母妹に告げてさえいれば!
 貴方は私を排除して愛人の娘の異母妹と結婚しても、私の母の実家からの援助で成り立っていた婿入り先の伯爵家は揺らがない、などとお思いにはならなかったことでしょう。異母妹だって、貴方のご実家の援助があれば私がいなくても贅沢な暮らしが続けられる、なんて考えなかったに違いありません。
 貴方をお金で買おうとしているとでも言われるのではないかと、勝手に怯えて黙っていた私が悪かったのです。

 そういえば異母妹……あの子は本当に私の異母妹なのでしょうか。
 愛人の本命は、今回貴方達に利用されたお菓子屋さんの会計係でした。
 お人好しの店主をいいように操って店の売り上げを横領していただけでは飽き足らず、商品のお菓子よりも甘い容貌で女性を誑かして金を貢がせたり、今回のように毒入りのお菓子を用意して暗殺を受け持っていた男です。
 彼に貢ぐのが目的で父に囲われていた愛人が、金蔓に過ぎない男の子どもを産むものでしょうか?
 まあ、父も愛人も異母妹も処刑されるので、もうどうでも良いことですね。

 父と言えば、私は父が母に今回と同じ毒入りのお菓子を贈っていたことを知っていました。
 貴方に贈られたお菓子を食べて舌に毒の刺激を感じたときに、母が泣きながら食べていたお菓子のことを思い出したのです。
 母の実家から援助を貪り続けようとした父によって、私は早くから伯爵家の正式な跡取りとして届けを出されていました。
 母が父を訴えたら私は、当主が夫人を毒殺しようとしたという醜聞付きの伯爵家を受け継がなくてはいけなくなります。
 それ以前に焦った父と愛人に、母がほかの方法で殺されていたかもしれません。残念ながら未遂くらいでは貴族家の当主は罰せられませんもの。

 単体では死にまで至らないものの、少しずつ蓄積されて死を招く毒を摂取しながら、母は私を守るための手続きをしてくれていたのです。
 あのとき私が気づいて母を救えていたら……これも私がした悪いことです。
 悪いことをしたというより、善きことを出来なかったというべきでしょうか。
 単体では死に至らず調べても検出されない毒は、死を招くほど蓄積されれば死後何年も経った遺体からでも検出されます。母を殺したのが父と愛人だとわかって、ちゃんと罰を受けさせることが出来るのは善きことでしょうか。
 醜聞にまみれた伯爵家自体が無くなって、私が正式な跡取りという立場から解放されたことを亡き母が喜んでくれていると嬉しいのですけれど。

 巻き込まれたお菓子屋さんが潰れたことも私のせいのような気がしてなりません。
 どこかでなにかしていれば……考えても仕方がないとわかってはいるのですが。
 せめてもの罪滅ぼしにと思い、私を引き取ってくださった伯母一家にお願いして、お菓子屋さんの無実の店員達を雇ってもらいました。
 母のとき会計係に脅されてお菓子に毒を入れていた店員は、横領の罪を着せられた挙句自殺に見せかけて殺されていたので救えませんでしたが、名前を変えて密かに修業をしていた彼の息子は雇えたので、良かったと考えることにします。
 今回異母妹に誘惑されて私のお菓子に毒を入れていた店員が処刑されるのは、仕方がないと思います。

 処刑の前に私と面会したいというお申し出についての返事のつもりでしたのに、余計な話ばかり書いて申し訳ありませんでした。
 その件についてはお断りいたします。
 だって私はもう貴方の婚約者ではありません。貴方の罪が確定した時点で婚約は解消されていると、ちゃんとお聞きになっていますよね?
 それに私は今、伯母一家が経営している商会の保養地に来ているのです。
 どこまでも続く青い海と青い空が綺麗な南国です。珍しい果実や香料がたくさん採れるんです!

 その珍しい果実や香料で、潰れたお菓子屋さんから雇った店員の方々が毎日美味しい新作お菓子の試作品を作ってくれるんです!
 どれも絶品で、ほっぺが落ちるとはこのことなのだと感じます。
 貴方はもうすぐほっぺどころか首が落ちるのでしたわね、ご愁傷様です。
 私も従姉妹も従兄弟の奥方達もお菓子に夢中ですので、そちらへ帰るころには太っていそうですわ!
 もっとも従兄弟の奥方達がふっくらして来たのは、お菓子だけが理由ではないと思うのですけれどね、うふふ。

 一番美味しいお菓子を作るのは、私の母のお菓子に毒を入れさせられていた店員の息子です。
 材料の果実や香料が少なくて試作品の数が足りなかったときに、こっそり私にだけくださるのは私への罪悪感からなのでしょうか。
 私は彼も、彼の父親も悪くはないとわかっています。
 そして今回、貴方からの面会のお申し出を断ったことについても、私は悪くないと思っています。
 貴方の中の私が毒でやつれていたときの姿で終わるのは悲しいですが、貴方と話している暇があったら彼と話していたいのです。

 え? 彼ってだれか? うふふ、聞きたいですかー? 実はですねえ……ヒ、ミ、ツです!
 なんてふざけてみましたが、愛してもいなかった元婚約者に過ぎない私のことになど、貴方は興味ないでしょうね。
 もし少しでも心配してくださっているのなら、ご安心ください。
 私は幸せです。
 この土地の珍しい果実や香料はお菓子の材料としてだけではなく、料理の材料としても秀逸なのです。今夜の夕食も楽しみです。私達がそちらへ戻って新しいお菓子屋さんや料理店を開いたら、新たな食の旋風が吹き荒れますよ!

 お楽しみに、と言いたいところですが、そのころには貴方はいないのですよね。
 少し寂しいですけれど、仕方がありません。
 貴方のぶんも私が人生を楽しもうと思います。それでは永遠にさようなら。

貴方に毒殺されかかった元婚約者より

<終>

あなたにおすすめの小説

え〜婚約者さん厳しい〜(笑)私ならそんなこと言わないのになぁ

ばぅ
恋愛
「え〜婚約者さん、厳しい〜。私ならそんなこと言わないのになぁ」 小言の多い私を笑い、マウントを取ってくる幼馴染令嬢。私が言葉に詰まっていると、豪快で声のデカい婚約者が笑い飛ばした。 「そうだな、だからお前は未だに婚約相手が決まらないんだろうな!」 悪気ゼロ(?)の大声正論パンチで、幼馴染をバッサリ撃退! 私の「厳しさ」を誰よりも愛する太陽の騎士様との、スカッと痛快ラブコメディ。

病弱な姉は、何でも許されると勘違いしている。だから、あえて婚約者を譲ってやった。が、姉は知らない。彼は「病弱な幼馴染」を最優先することを

ぽんた
恋愛
※全七話 ラン・ブラックバーン伯爵令嬢には、病弱な姉がいる。姉は、病弱をいいことにランからいろいろなものを奪っている。そして、今回は婚約者。ランの生まれながらの婚約者をよこせという。ランは、抵抗した。婚約者を姉にさしだすことを渋った。しかし、姉を愛する両親と兄からも譲るようきつく言われ、ランはついに了承する。しかし、ランの婚約者には「病弱な幼馴染」がいて、ランの婚約者はすべてにおいてその「病弱な幼馴染」を優先するのだった。はたして病弱な姉は、「病弱な幼馴染」に勝てるのか? ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

「お産の手伝いなど下女の仕事だ」と追放された産婆令嬢、公爵夫人の難産を、誰も取り上げられなかった

Lihito
ファンタジー
産婆の技を「まやかし」と蔑んだ宮廷医師に婚約を破棄され、王都を追われたフィリーネ。 山あいの町で医師カールと出会い、産婆不在の地で母子の命を守り始める。 やがて王都では逆子の分娩に失敗した元婚約者が信頼を失い、若い女性医師マルガレーテが自らの意志でフィリーネを訪ねてくる。 三日間の実技指導で産婆術を託されたマルガレーテは王都に戻り、その報告が医学院を動かす。 産婆術は正式な医療技術と認定され、元婚約者は資格を剥奪された。 命を迎える手は、静かな町で今日も温かい。

これは一周目です。二周目はありません。

基本二度寝
恋愛
壇上から王太子と側近子息達、伯爵令嬢がこちらを見下した。 もう必要ないのにイベントは達成したいようだった。 そこまでストーリーに沿わなくてももう結果は出ているのに。

【完結済】25年目の厄災

恋愛
生まれてこの方、ずっと陽もささない地下牢に繋がれて、魔力を吸い出されている。どうやら生まれながらの罪人らしいが、自分に罪の記憶はない。 だが、明日……25歳の誕生日の朝には斬首されるのだそうだ。もう何もかもに疲れ果てた彼女に届いたのは…… 25周年記念に、サクッと思い付きで書いた短編なので、これまで以上に拙いものですが、お暇潰しにでも読んで頂けたら嬉しいです。 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

あなたに何されたって驚かない

こもろう
恋愛
相手の方が爵位が下で、幼馴染で、気心が知れている。 そりゃあ、愛のない結婚相手には申し分ないわよね。 そんな訳で、私ことサラ・リーンシー男爵令嬢はブレンダン・カモローノ伯爵子息の婚約者になった。

私、悪役令嬢に戻ります!

豆狸
恋愛
ざまぁだけのお話。

妃が微笑んだまま去った日、夫はまだ気づいていなかった

柴田はつみ
恋愛
「セラフィーヌ、君は少し、細かすぎる」 三秒、黙る それから妃は微笑んで、こう言った。 「そうですね。私の目が曇っていたようです」 翌朝から、読書室に妃の姿はなかった。 夫への礼は完璧。公務も完璧。微笑みも完璧。 ただ妻の顔だけが、どこにもなかった。